28話「黄金の狙撃手」

 サツキが地面に倒れこみ担架で運び出されたあと、俺が連戦を希望すると闘技場内には狙撃銃を手にしたメアリーオルコットが姿を現した。そして俺達は再び一定の距離を空けて視線を合わせると、あとはベリンダの試合開始の合図を待つだけとなった。


「両者! 試合開始!」


 ベリンダが再び目視で俺とメアリーの位置を確認したあと、叫び声にも似た合図を周囲に響き渡らせる。するとその刹那、メアリーが神に祈りを捧げるような仕草を見せると共に初手で聖法を発動させると、自らの背中に天使のような羽を具現化させていた。


「ほう、どうやらお前の近距離戦対策は相手を近づけさせないことを前提としているようだな」


 その羽の意味を瞬時に理解すると、それは彼女の戦術の一つなのであろう。

 それからメアリーが両足を地面から離して一気に空へと上昇して、一定の高度に達すると同時に狙撃銃を構えて銃口を向けてきた。


「ふむ、大分高く飛んだな。確かにあれでは並みの者なら近づけまい」


 彼女は今現在地上から約630メートル離れた上空で羽を動かして滞空している状態だ。

 普通の人族であれば肉眼で捉えることすら難しいかも知れんが俺ならその点は無問題である。


「ふふっ、この高さまで上がれば幾ら貴方と言えども、そう簡単には近づけませんわね」


 なんとも余裕のある笑みを浮かべて勝利を確信しているような言葉を呟くメアリー。

 

「はっ、何の問題もないな。俺が飛ばずとも次期にお前は地に落ちてくるさ」


 そう言葉を返しつつ足元に転がる小石を一つ拾い上げて、手元で遊ばせると狙いを彼女の羽に定めて投げ放つ。それは音もなく一直線に飛ぶと優雅に、それも文字通り高みの見物をしていたメアリーの羽をいとも容易く貫通していく。


「きゃっ!? な、なんですの一体!?」


 どうやら彼女は小石で羽を貫かれた時点で自分の身に起きたことを認識したようで、小石の弾道すらも自らの目で追えていないように見受けられる。

 やれやれ、この程度も目で追えないのであれば狙撃手としては三流以下と言えよう。


「まさかこんなことで相手のレベルが分かるとはな。はぁ……」

 

 彼女の現状の戦闘能力が容易に理解出来てしまうと、それは失望にも似た感情が込み上げて溜息が漏れ出ていく。だが今は決闘の最中である。

 故に例え相手の戦闘能力が低くとも礼儀は弁えなければならない。


「ほら、撃ってみろ。俺はこの場から一歩も動かないでおいてやる」


 メアリーを挑発するような言葉と共に手を動かして攻撃を誘うことにした。

 今の彼女と戦うのであれば、これぐらいの手加減は必要であろう。

 それにサツキと違いメアリーとは手加減しないという約束はしていないからな。


「ぐっ……わたくしを煽るとはいい度胸ですわね。ですが良いでしょう。その言葉を直ぐに後悔させてあげますわ!」


 額に青筋を張りながら彼女は狙撃銃のスコープを覗くように自身の瞳を近づけると、そのまま狙いを定めて引き金に指を添えていた。

 しかしこうも簡単に挑発に乗るとは貴族というのは本当に扱いやすい者たちだ。


「ふむ、この角度に銃口の位置、それに視線の先は……なるほど。狙いは心臓か」


 メアリーの全体を視界に捉えて分析すると、どうやら狙いは心臓部だということが分かった。

 まったく、意外と容赦ない女だな。模擬弾が使われていると言えど、まさか心臓に狙いを定めるとはな。


 だがその殺意の込められた姿勢は嫌いじゃない。

 寧ろ俺的には好きな部類に入ると言っても過言ではないだろう。


「この一撃で全て終わりにしますわ! お覚悟あそばせ!」


 その言葉を言い放つとメアリーは引き金に添えていた指に力を込めて、弾丸を射出させると重たい銃撃音を上空で鳴り響かせていた。


 そして心臓を穿つ為に発砲された弾丸は一直線に空を切りながら進んでくるが、その弾丸には聖なる祈りが込められているのか聖力を微量ながら感じ取れた。


 だが聖なる祈りが込められた弾丸とは自身の聖力を弾丸に流し込むことで完成し、威力が増すことは無論のこと魔族にとって厄介な弾丸である。一撃でも受ければ聖剣に切られるのと同様に聖痕が残るのだ。


 けれどそれが一体どうしたというのが現状だ。

 たかが有精卵如きの弾丸なんぞ小虫と同等の価値しかない。


「はぁ……。随分と舐められた者だな俺も」


 またもや自然と溜息が漏れ出ていくが、そのまま右手を伸ばすと飛んできた弾丸を人差し指と親指で摘むようにして受け止める。その際に指からは微かに皮膚の焼ける香ばしい匂いが鼻腔を抜けていくが、特に食欲がそそられるような良い匂いとかではない。


「なあっ!? わたくしの狙撃を指で受け止めたですって!? な、なんという冗談めいた芸当を……」


 だがその光景はメアリーにしては衝撃的なものらしく驚愕の声が聞こえると、着実に焦りを募らせているということが言動から見て取れた。


「ふむ、もう少し聖力を込める練習をした方がいいな。これでは雑念が多く混じり、威力が半減してしまい致命傷にはならんぞ」


 受け止めた弾丸を手元で転がしながら助言を与えてやると、弾丸を持ち主のもとへと送り返すべく小石を投げる時と同様に投擲を行う。

 するとメアリーは聖力を自らの瞳に集中させるような素振りを見せると、


「チッ! やらせはしませんわッ!」


 即座に狙撃銃を構えて引き金を引いて弾丸を射出させていた。

 そして俺の投げた弾丸と彼女が放つ弾丸が衝突すると、空中で小規模の爆発を巻き起こし相殺させていた。


 どうやら今度はちゃんと目で弾丸を追えていたようで状況判断については及第点と言えるだろう。だがそれが出来るのであれば最初から行うべきである。


 それからメアリーがスコープから目を離すと安堵したように肩を落としていたが、誰も弾丸だけを投げて返したとは口にしていないことに気が付いていない様子だ。


「さぁ、これをどう受ける? メアリー=オルコットよ」


 視線を彼女に向けたまま呟くと、その直後に無数の小石がメアリーを負傷させる為に襲いかかる。そう、弾丸を投げると同時に足を巧みに使い周囲に転がる無数の石を蹴り上げて事前に放っておいたのだ。


 常人の目では動いていないように見えるだろうが、先程みたいに瞳に聖力を集中させて警戒を怠らなければ無傷でいられただろう。だが怠るというのは自らが生んだ慢心、故にその身を持ってして学ぶといい。天使の羽を模倣し黄金の狙撃者よ。

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歴代最強の10代目魔王はやり直す。~全ては幼馴染の勇者を救い、争いのない世界を実現させる為に~ R666 @R666

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