エピローグ

 週明け、月曜日。

 ラジオ体操で始まり、プールに通うのが小学生の夏休みだ。夏の晴天の下で、僕はヒロトくんとシュウくんと学校に行った。

 そしてその帰り道、遊びに誘われた。火曜日も、水曜日も、木曜日も、そして金曜日も遊ばなかったので、久しぶりに二人と遊びたかった。けれど。

「ごめん」

 今日は先約があるのだ。明日遊ぶ約束をして、僕は家に帰った。そしてお昼ご飯を食べてすぐ、リュックに宿題を詰め込んで自転車に乗った。

 行く先は勿論、科学館。月曜日なので千夏さんが働いている日だ。

 僕は自転車を飛ばした。


 夏休みということもあって、科学館はやはり人が多かった。様々な実験装置の周りに小さな人だかりができている。そしてその内の一つ、プラズマブースにできた人だかりの中心に、よく知った顔があった。

 そこでプラズマの説明をするお姉さんは、やっぱり大人っぽくて、何より楽しそうだった。その笑顔だけは演技では作れないはずだと、外から見て思った。お姉さんは一度、自分でこの顔を見た方が良いと思う。

 そんなことを思っている内に説明が終わったようで、人だかりは段々と小さくなっていった。お姉さんは疲れたように、額を拭った。人が多いので忙しそうだ。

「千夏さん」

 声を掛けると、千夏さんは僕を見て微笑んだ。

「来たんだ」

「そりゃあ、行くって言ったから」

「でも、ゴメンね。なんだか忙しいみたい」

「うん。夏休みだもんね」

 千夏さんと話したいことは沢山ある。学校であったことも話したいし、自由研究の相談だってしたい。

 けれど今はどうやら忙しいみたいだ。仕事の邪魔をしても悪いので、僕は別の装置のところに行こうと思った。

「あ、待って」

 しかし千夏さんが引き留めた。

「最後にちょっとだけ」

 そう言ってポケットから何かを取り出した。

「じゃん」

「あ」

 それは日記帳だった。

「私もね、日記つけることにしたんだ。ちゃんと記録しようと思って」

 それを聞いて、なんだか嬉しくなった。自分の勧めたものが、千夏さんの人生の一部になったのだ。それにお揃いの習慣というのも、わくわくする。

 僕は微笑んで

「いいでしょ、日記」

 そう尋ねた。しかし千夏さんは困ったように笑った。

「日記って難しいね」

「そうかな?」

「うん。私、何にもないから、何書いていいかわかんないよ。それでちょっとだけ、憂鬱になっちゃう」

 確かに、何もなかった日は書くことに困る。

 けれど

「でも、今日は心配いらないね」

 僕が言うと千夏さんは目を瞬かせ、そして笑顔になって「そうね」と頷いた。今日、僕は千夏さんと会った。千夏さんは僕と会った。それだけで日記は埋まるのだ。忘れられない思い出になっていくのだ。

 これから、僕達の日記は輝く思い出で埋められていくことだろう。同じ思い出が、それぞれの記憶と感情によって、それぞれの日記に書かれていく。

 この夏、一体どんなことが待っているのだろう。どんな思い出ができるのだろう。

 千夏さんと過ごす初めての夏に、僕の胸は躍っている。

 夏休みは始まったばかり。

 僕達の希望に溢れた一週間が、また始まる。

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