第2話 獣医と小間使い。
『若様!』
《邪魔しないでよ!》
僕の大事な小間使が、僕の盾となった。
そして花瓶で頭を打たれ、ゆっくりと床へ倒れ込み。
『わ、かさ、ま』
《あぁ、分かったわ、アナタ達って男色家だったのね。なら最初から断れば良かったじゃないの!どうしてっ!》
彼女が僕の贈ったガラスのつけペンを振り上げたので、僕は小間使いに覆いかぶさると。
何度も何度も腰を刺された。
その時の傷で、まさか下半身が動かなくなるとは思わなかったけれど。
例え知っていても、同じ事をしただろう。
彼は僕の大事な小間使なのだから。
『若様』
「あぁ、無事だったんだね」
『はい、すみません』
「いや、良いんだよ、ひ弱な僕ならあの花瓶で殺されていた筈だ。ありがとう、守ってくれて」
『ですが』
「良いんだ、コレで好きに生きられる様になった、安いモノだよ」
ガラスの破片を取り除く為に時間が掛かり、下半身が幾ばくか麻痺した。
立っているだけなら出来るけれど、歩行は不可能と診断され。
排泄にも問題が出た。
刺激を与えなければ排泄が出来ず、子を成す機能を、感覚を失ってしまっていた。
『ずっと、お傍に居ります』
「頼むよ」
彼は顔を布団に埋めると、静かに泣き出した。
僕は彼の頭を撫でながら、今後の事を考えた。
『こうなるとは、本当にすまなかった』
母は今回の事を気に病み、臥せっているらしい。
けれど、どうせ合わせる顔が無いだけ、だろう。
母がゴネていた事は、とうに知っていたのだから。
「再従兄妹同士の祖父母、且つ自分達が従兄妹同士なら大丈夫だろう、そうした浅はかさへの罰ですよ。因果応報、親の因果が子に報う。以降は僕の好きにさせて下さい、さもなければ全てバラし、家を焼きますよ」
『分かった』
退院後、僕は先ず専門学校へ入れさせて貰った。
以前なら下等な職業だからと反対されていた事、けれど僕の夢だった、どうしてもなりたかった獣医。
幼い者は道楽で愛でるだけで、さして寿命を気にしない。
命は命だと言うのに。
『おめでとうございます』
「ありがとう、君のお陰だよ」
入学に際し、彼を同行させる為に養子縁組をさせた、そして彼は僕の弟となった。
そうして一緒に通い、共に試験に合格し、郊外に動物病院を建てさせ。
その頃から、彼まで歪み始めてしまった。
《えっ、ココは》
『俺達の隠れ家だよ』
《何だか、獣臭いわ》
『そうだね、動物が居るからね』
彼は僕の為に、狩りをする様になった。
僕の様な者を出さない為、世の為人の為、僕の為に。
《ココで、暫くどうすると言うの?》
『先ずはココの掃除を頼むよ、その檻を良いかな』
《あぁ、はい》
自分が入る牢だとは思わず、彼女達は檻の中に入り込み、掃除を始める。
僕は恨みも何も無いけれど、愚かだから仕方無い。
『さ、ココが今日から君の部屋だよ』
ガチャリと鍵を閉めた事で、彼女達はやっと気付く。
騙されていたのだと。
《止してよ、冗談でも面白く無いわ》
『そうだね、正直に言うよ、君みたいに浅はかな女は大嫌いなんだ』
《そんな、あんなに》
『大概の男は刺激すればどうにかなるんだよ、それにもっと愛しい誰かを頭に描けば何とかなる。以降は静かに頼むよ、この猿轡をされたくなければね』
ココで大抵は、怒鳴る。
《酷い!》
大きな声に動物達が反応し、鳴き、吠える。
『君の頭の出来がね。沈黙は金だ、もう黙った方が良い、コレを付けたら水も食事も摂れなくなるよ。それとも、敢えて付けたいのかな』
そして大抵はコレで静かになる。
もし静かにならなければ、動物用の麻酔を打ち猿轡をさせ、身動きすら取れなくなる檻に2日も入れれば大人しくなる。
《何故、どうしてなの》
『そこが分からないからだよ』
彼が歪むに至ったのは、僕にしてみれば些末な事。
肉体を使い愛し合えない事。
では、どうしてそこに至ったのか。
『お前達は、その、男色家では』
「お父様、僕らはアナタ達とは違い肉体関係は今も昔も有りません。こうした尊き愛の存在を知らず、良く今までのうのうと生きていられましたね?それともアナタ達には、情欲に連なる愛しか無いのですか?」
また黙り始めたので、僕は小間使いに抱えられ部屋を。
家を去った。
獣医の資格を得た僕らは、既に郊外の家に引っ越していたからだ。
『あんな事を聞く為だけに呼び出されたんですかね』
「子供が自分のモノだと未だに思い込んでいるのだろう。別の生き物、自分達とは違うと、浅慮だからこそ思えないのだろうね」
『ついでですし、何処かに寄りましょうか』
「そうだね、車屋に言って何か甘味でも買って帰ろう」
『なら浅草の松風で』
「君は、本当に好きだね」
『はい』
僕らは清い仲だった。
この時までは。
《旦那様にココへ来る様にと、仰せつかりました》
水商売、お湯商売。
所謂風俗の女が絶えないのは、こうした愚かな親のせいも有るだろう。
「そうか、けれど先ずは確認させる、ココで暫く待っていてくれ。頼むよ」
『はい、直ぐに確認致します』
愚か者は愚か者と連なる。
小間使いが出て行った後、女は大人しく待つ事も無く、僕の下半身へ手を伸ばし。
口を付けた。
当然ながら何の反応も無い。
僅かに何かの感触が有る気がする、生温かい気がする様なしない様な、そんな程度だ。
「飽きたら止めてくれるかな、早く消毒したいんだ」
ムキになったのか、文字通り、女はしつこく下半身へと食い下がったが。
『若様』
「あぁ、どうだった」
『あ、はい。確かに使いにやった、好きにしてくれて構わない、と』
「そう、どうやら自信を無くしてムキになっているらしい、君も試されてあげなさい」
『えっ』
「君も男だろう、本来は4日周期で溜まるそうだし。本当に男色家では無いのか確認したいのだろう、確認するまで色々と送り込んで来る筈だ、邪魔をされたくないなら試された方が早い」
『分かりました』
小間使いは、引き離される事が相当に不安だったのか。
僕の顔を見ながらあっさり果てた。
「コレで良いだろう、さっさと帰ってくれないか、コレから風呂に入らなければいけないのでね」
女は、黙って立ち去ったが。
愚か者は、物分かりが非常に悪い。
アレに、もう少し釘を打たなければならないだろう。
『お湯の準備を』
「その前に電話まで頼むよ、それから風呂にする、準備を頼むよ」
『はい』
室内用の車椅子を押され、電話の前へ。
「もしもし、僕です。今確かめさせ帰しましたが、次に何かを企めば、元許嫁の事も全て暴露しますが。もしかして、そうして貰いたいのでしょうかね」
【いや、すまなかった】
「仏の顔は三度ですが、僕は仏では無い、寧ろ被害者だ。次は有りません、と脅すだけでは浅慮なアナタ達には伝わらないでしょう、雑誌社と繋がりを作ります。首の皮1枚で繋がっている事を、どうか肝に銘じて下さい、僕も面倒事は好きでは有りませんから」
【分かった、頼む、だから】
「では、失礼します」
本当に、愚かな両親で困る。
【はい、松書房で御座います】
「お忙しいところ恐れ入ります、月刊怪奇実話の方に内々で取材して頂きたい場合、どの様な手順を踏めば宜しいでしょうか」
【あぁ、はい、では担当の者に変わりますので、暫くお待ち頂けますか】
「はい、宜しくお願致します」
そして後日、月刊怪奇実話の者と会う事に。
「どうも、松書房、月刊怪奇実話の林檎と申します」
慣れた手付きで茶屋の部屋に入る彼は、何処か幼いが、しっかりともしており。
先ず彼へ思う事としては、利発な仔犬、だった。
しゃんと挨拶したかと思うと、直ぐに人懐っこい笑顔を見せる、人誑しの匂いをさせる利発な仔犬。
「ご自分を犬か猫か、小鳥かで例えると、何でしょうか」
「犬ですね、僕は会長の従順な下僕犬ですから」
自分を良く理解している、利発な仔犬。
けれど、どれだけ利発か。
「全ては君の為に。それが載っていた巻末の編集後記、弊社における問題の有る社員の扱いについて。アレは君だけの案ですか」
「作家先生達と話し、会長とも相談しての結論です、他の者は関わってはおりませんが」
「愚か者は不幸な目に遭っても良いのか、そうした手紙が来ていそうですね」
「まぁ、読み込みが浅い者は一定数、何処にも湧きますから。貴重な資料として保管させて頂いております、大学に」
「大学に」
「人を研究してらっしゃる方が居るので、そうした手紙を預かって頂いています」
「愚か者の研究、ですかね」
「人の研究、だそうです」
ギリギリの文言、余計な事を言わない賢さ。
「僕の事を書いて欲しいんです」
「でしたら、最低限身分を明かして頂く必要が有ります、契約書をどうぞ」
どうやら社からして、しっかりしているらしい。
「成程、正式な署名が無ければ効力を発揮しませんしね」
「はい、それに支払いに関しても」
「あぁ、お給金は結構です、コチラの呈示する施設にお振込み頂ければ結構ですから」
「成程、ですが相応の身分の開示をお願い致します、盗作騒ぎに巻き込まれるのは避けたいですから」
「成程、確かに」
「コチラをお預けしますので、お話頂けるとなったらコチラへご連絡を、僕の寮の連絡先です。殆ど寮には居ませんが、何か暗号でも残して下さったら折り返しますので」
「成程、では、利発な仔犬。で」
「はい、では、失礼致します」
そうして利発な仔犬との関わりが始まった。
次の更新予定
松書房、ハイセンス大衆雑誌記者、林檎君の備忘録。 中谷 獏天 @2384645
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