喜びと後悔と。つまりはただのバカである。
槙野 光
喜びと後悔と。つまりはただのバカである。
先日、推し作家が直木賞を受賞した。
自分のことのように嬉しくてニヤつきが止まらず、三十秒にも満たないニュースを録画し、Xに祝福コメントを投稿した。
眠りから覚めても興奮冷めやらず、高揚感に脳がバグった私は唐突に思った。
そうだ、かき氷を食べに行こう。
私は今、ダイエット中である。更には、かき氷に千円を溶かすだなんてあり得ないと思っていたし、顔よりも高く聳え立つかき氷を食べるだなんて、なんてもの好きな、とも思っていた。
筋トレをし汗水流した直後に有り得ない行為に走った私は多分脳がバグっていたし、外に出た直後脳天に降り注いだ陽光は私の脳を更にバグらせた。
電車に揺られ、一時間。
千円を溶かしたかき氷は美味しかった。そして、大きかった。半分も食べ進めると口内どころか唇まで冷えていった。しかし、私は私の千円を回収しなければならない。必死に食べ進めた私は遂に皿を空にし、勝ち誇った表情で店から出た。
外は、暑かった。暑さはまた、私の脳をバグらせた。
かき氷屋を出た私は気が付いてしまった。
ここから数十分の距離に有名なかき氷屋があると。そして同時に、以前、かき氷屋を梯子する女性をテレビで見たことを思い出し、何故か『いける!』と思った。
勿論何の根拠もない。
先ほどまでの震えを忘れ所詮かき氷だとなんだかよく分からない闘志を燃やし、それは気温と共に上昇していった。馬鹿である。
結論から言おう。二杯目のかき氷を半分ほど食べ進めた私は、心底後悔していた。
――さむい、さむすぎる。
歯の根が噛み合わなくなりそうになるのを必死に堪え、こんなことをするのはドMだと思う。
四方八方から聞こえる楽しげ気な声とは対照的に、何度も白旗をあげそうになった。しかし、とてもじゃないが残せる雰囲気ではなかった。周りが次々と皿を空にしていく中、私は白目を剥きそうになる。兎に角無心でかき氷を食べ進め、そしてついに皿を空にした。
店内から解放された瞬間心底胸を撫で下ろし、そして、胃の腑が捻じ曲がるような気持ち悪さに襲われた。
笑顔で過ぎゆく人を尻目に猫背になりながらゆっくりと路地裏に避難した私は冷や汗をかきながら胃の辺りを押さえ、吐き気と必死に闘った。
思えば私は冷え性だ。おまけに、胃も強くない。だから、馬鹿でかいかき氷を食べに千円なんて払う気にもならなかった――のだが、バグった脳は恐ろしい。
高揚感は、時に麻薬になる。
私はそれを二度と忘れないだろう。
喜びと後悔と。つまりはただのバカである。 槙野 光 @makino_hikari
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