第47話

 宿の中、宿の暖かな光の下、俺達は夜の食卓を囲んでいる。


「屑君、朝言っていたブタマン君の恋愛はどうなったんだい?」

「あー……」

 哲也さんの質問に俺は言葉が詰まった。


 やべー!『あー、あのキモデブの相手は哲也さんの娘の紫苑姉さんですよ』なんて哲也さんが可哀そうで言える訳ねぇ‼それどころか『どうして紫苑が?』って聞かれて、『巨乳にするスキルの発明実験のためです』なんて絶対言える訳ねぇ‼ここは何とか誤魔化そう。


「あ、あれは一旦白紙に戻りました」

「屑君どうして嘘をつくんだい?ブタマン君なら私と付き合ったじゃないか」

 俺が必死についた嘘を、紫苑姉さんが首を傾げ不思議そうに無に帰した。


 バカー‼人が折角誤魔化したってのに‼


「でも安心して親父、お姉ちゃんがあのキモキモデブブタ野郎と付き合ったのは巨乳にするスキルの発明の実験の被験体が欲しかっただけだから。」

 詩織は、哲也さんが不安にならないように補足説明した。


 バカ‼この姉妹は見事に二人そろって大馬鹿だ。哲也さんがこれで納得する訳無いだろ!哲也さんのことだ、きっとブチ切れてブタマンを殴り飛ばしに行くぞ……。


「哲也さん落ち着いてくださ……え?」

 目の前の光景に俺は、目を疑った。あれだけ強い哲也さんが気絶していた。


 何やってんだ⁉ここはブチ切れると見せかけて納得しているパターンだろ!フリを振ったんだからちゃんとやれよ!


「屑さん、哲也さんは大丈夫なのでしょうか?」

「知らない」

 レベッカが心配そうに尋ねてきたが、哲也さんに呆れていた俺は適当に答えた。


「フッフッフ、ならばこの我が禁術を使って起こしてやろうっ!」

「クガ、変なことするなよ」

 嬉々としているクガに、嫌な予感がした俺は釘を刺した。


「面白いね、禁術をお目にかかれるとは」


 なんで、紫苑姉さんはこんなに乗り気なんだよ。


「それではいくぞ。我が悪魔が宿りし右手、その名もデーモンジャッジメントハイパーライトハンド‼」


 名前ダッサ‼


「てやぁ‼」

 自信満々に立ち上がったクガは、何をするかと思えば哲也さんの額を思いっきりチョップした。


 禁術じゃねえのかよ‼全く時間の無駄だ。


「ぐあぁぁああぁ‼」

 部屋の中に痛みで苦しむ声が響いた。見るとクガが右手を抑えてその場に蹲っていた。


 こいつ本当に何がしたいんだ⁉もう分からん!中二病だからとかのレベルを超えている。多分クガは人間じゃないんだろうな……。


「ごちそうさまでした、じゃあ俺はもう寝る。おやすみ~」


「ああ、おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

「その時が来るまで永久の深き眠りに堕ちて来るが良い」

 食事を終えた俺は、立ち上がって自分の部屋に向かった。


 そして、月が海に沈み、山から朝日が昇った。


「ふわぁーあ……朝か…もう少し寝るか……」

 勇気を出してベッドから起き上がった俺だったが、しかし朝には敵わず再びベッドの中に隠れた。その時、ドアが『バンッ‼』と大きな音を立てて開いた。


「起きろぉー‼」

「やかましいわっ‼」

 ベッドから起き上がり、ドアを蹴破った詩織にブチ切れた。


「やかましいじゃないわよ!朝よ、朝‼早く起きなさい!」

 詩織が俺の顔を踏みつけて言った。


「チッ!なんで起こしに来るんだよ!」

「それがあのムカつくハムスターの飼い主が見つかったのよ。」

「え⁉」


 嘘だろ、もっと順を追って見つかると思ってたのにこんなに急に見つかるのかよ!


「ワイのご主人が見つかったやて~⁉」

 驚愕の事実に俺のズボンのポケットからハムスターが飛び出して言った。


 こいつまた俺のポケットで寝てたのかよ!寝返りしてたら死んでたな、このバカのせいで毎晩夢見が悪くなるのはごめんだ、今度からは確認してから寝よう。


「早く屑そのハムスターと一回に降りてきて。」

 と、ドタドタと大きな音を立てて詩織は階段を下って行った。俺は急いで起き上がり、詩織の後を追いかけた。


 宿の一回には、どこからどうみても平凡そうな男性がいた。


「あんたがワイの飼い主か?」

「本当に全て忘れたんだな……、ゴミめ!」

 舌打ちを交えしかめっ面の男性が言った。その一言でこの場が不穏な空気に包まれた。


「君⁉喋れるのかい?これは興味深い、飼い主君このハムスター解体してもいいかな?」

「え?」

 紫苑姉さんの一言でその場は、先ほどとはまた違った不穏な空気に包まれた。


 飼い主に解体してもいいか聞いて『良いですよ』っていう訳無いだろ!


「解体してもいいですよ……」

 男性はジリジリとこちらに迫り寄りつつ言った。


「ただし……出来るものならねっっ‼」

「え⁉」

 俺達は突然の状況に声が漏れた。

 男性の体が透き通った水色の流体に変わり、哲也さんを飲み込んだ。哲也さんは声を発することなく、机の上に置いていた剣を取ろうともせずなすがままにされた。


「おいおい、忘れたのかぁ~?この魔王軍幹部のジャイアントスライムのイート様を‼フハハハハハッ‼」

「なっ……」

 平凡な男は魔王軍幹部のイートで、イートを倒せる哲也さんが飲み込まれたことで俺のパーティーの間に緊張感が走り、走り駆け抜けた緊張感を絶望が飲み込んだ。


「フッ、おめでたい頭だね、気付かれていないと思っていたのかい?」

 バカ面で調子に乗っていた魔王軍幹部を紫苑姉さんが小ばかにした。


「強がりを言うな、ペチャパイ二号!」

「あ?」

 温厚な紫苑姉さんでもペチャパイ呼ばわりで怒りにスイッチが入った。


「テレパシーを習得した人間が二人もいたのに気が付いていない訳ないだろう?自分の毒性で自身の脳まで溶かしちゃったのかな?」

「……ぐ」

 紫苑姉さんの返答にイートは言葉を失った。


 自分から煽って一言で論破されてるの、バカすぎだろ‼


「屑君も気が付いていたのだろう?」

「え……そりゃ勿論!」


「嘘だね」

「嘘ね」

「嘘なのですね」

「虚言だな」

「嘘だ!」

 咄嗟のことで俺は上手な嘘が付けず、その場の全員にバレた。


 流石にダメだったか。


「この俺を止められる者は今封じ込めている。これまで散々痛めつけてくれた分、ゆっくり、ゆっくりと、溶かして殺してやる‼」

 哲也さんを飲み込んだイートの体は、肥大化し体長三十メートルの巨大なスライムへと変化した。


「かかって来い、顔だけのペチャパイ女二号‼」

「は⁉」

 二度のペチャパイ発言に紫苑姉さんの頭は、怒りでいっぱいだ。


「皆、私の後ろに隠れて」

 その一言に従い、俺達全員紫苑姉さんの背中に隠れた。


「フンッ!ペチャパイ一人でこの魔王軍幹部様の一撃が止められるとでも思っているのかぁ⁉」

「試してみればいいじゃないか」

「良いだろう‼」

 巨大なスラムは巨大な柱を作り、紫苑姉さんに向けて勢いよく伸ばした。


 『試してみればいいじゃないか』じゃねえよ‼死にたくねぇ!


 スライムの巨大な柱は見る見る大きく見えるほど物凄いスピードでこちらに向かって来た。その光景に俺達は嫌々死を覚悟した。


「アルティメットバリア」

 俺達の前に透明感あるピンク色の分厚いバリアが現れ、こちらに向かってきていた柱はバリアに衝突して弾けた。


「え?」

 俺達は紫苑姉さんの両脇からそれぞれ顔を出して驚いた。


「よくも防ぎよって~!」

 防がれると思っていなかったイートは、予想外のことに腹を立てた。


「当たり前や、ワイのユニークスキルやで⁉」

 今回の事の発端のハムスターが偉そうに言いやがった。


 こいつは確実に魔王軍の手のものだ、だがしかしこいつを責めても価値が無いことはもう分かっている。なぜならばこいつは記憶力が無く自分がスパイであることを忘れているからだ。その証拠に人間に化けていたイートが飼い主を名乗り出た際に『あんたがワイの飼い主か?』と言っていた。こいつは、敵でも味方でもただの無能なハムスターだ。


「ライトニングピラー!(光の柱)」

 紫苑姉さんはイートに向けて手を掲げて唱えた。すると、イートを囲うように魔法陣が現れ、次の瞬間に白光の大きな柱が出現した。そして柱が消え、柱が通った部分のイートの体は削れていた。


 強っ!紫苑姉さんこんなに強かったのか……なら!


 俺は紫苑姉さんの背中から飛び出し、イートの前へと躍り出た。

「服だけ溶かすセクハラカスライム、悔しかったら攻撃して来いよ、このカスライム!」

 中指を突き立てて、イートを全力で馬鹿にした。


 フハハハハ‼前々からこのバカのせいで何度か危険な目に遭っていたからストレスが吹っ飛ぶな‼


「フッ、ペチャパイの後ろにいなければ貴様なんぞ簡単に殺せるわ、この馬鹿め!」

 イートは自身の体の一部を拳状に変化させ殴りかかってきた。


「テレポート」

 イートの拳を目の前まで引きつけ、ギリギリのところで俺は瞬間移動で紫苑姉さんの背中に隠れた。


「当たってまちぇ~ん!簡単に殺せると思ってた何て…バカですねぇ‼」

 俺は紫苑姉さんのわき腹から顔をヒョコっと覗かせて言った。


 最近誰に対してもバカに出来ていなかったから開放感が溜んねぇ。


「くうぅ‼貴様ァ‼」

 イートの体は巨大な剣を作り出し、拳状に変化していた一部が剣を掴み振りかぶったが、しかし紫苑姉さんのアルティメットバリアを破ることが出来ず剣は粉々に弾けた。


「屑、私にもやらせてよ」

「オッケー」

 俺と詩織は一緒に紫苑姉さんの背中から飛び出しイートの前に煽るために来た。


「あんた何度も攻撃してるけど頭に栄養いってないんじゃないの?それで体にも栄養いってないからフニャフニャ、あんたの摂取した栄養はどこにいってんの?もしかして全部う〇ことして出してんの?そのう〇こで野菜を作ったらさぞ、大きな野菜が育つんじゃない?」

 頭をトントンと指差し、詩織はイートをバカにした。


「いいだろう……ここでう〇こしてやるよ‼」

 体の一部を変形させ、イートはう〇こ型の巨大物を俺と詩織の頭上から落とした。


「テレポート」

 俺と詩織の姿はその場から消え、紫苑姉さんの背後に現れた。


「おいカスライム、俺がテレポート使えるんだから躱されるに決まってんだろ、このバカがよぉ‼アーハッハッハッハー‼」

「屑やめてあげなさい。あいつは本当に頭に何も詰まってないのよ。見て分かるでしょ、あいつの頭を見ようとしても奥の景色が透けて見えちゃってるんだから。」

 細い指はイートの頭に向かい、その場に高い笑い声が響いた。


「雑魚冒険者共が舐めやがってぇ!」

 イートは自身の体の一部をサッカーボール程の大きさに分裂させ、高く打ち上げた。


「ハハハハァ‼この我がメテオでアルティメットバリアなんぞ突き破ってやる‼」

 イートが体の一部を高く打ち上げたのはそれこちらに落とすためだった。


 まずいっ!本当にバリアを破られたら死ぬ!調子に乗って煽り過ぎた。


「紫苑姉さん大丈夫ですよね?俺まだ死にたくないんですけど‼」

 俺は紫苑姉さんの背後から顔を出し、必死に確認した。


「このバリアでは耐えられないかもしれないね」


「え?死ぬの⁉ふざけないでよ!屑が煽り過ぎたからだわ。責任取ってあんた一人が囮になってきなさいよ」


 この野郎…、さっきまで一緒に楽しんで煽った仲なのに簡単に裏切りやがって、あの世で散々嫌なことしてしてやる!


「何を言っている二人とも。バリアに当たる前に壊せばよいではないか‼あんなもの我が一撃でこの世から消してやろうっ‼ライトニングピラー!」

 右の手の平を天に掲げ、クガは魔法を唱えた。そして手の平から現れた魔法陣から白光の柱が天高く伸び、消えた。


 今の魔法は紫苑姉さんの使ってたものだ。あいつかっこいいからすぐに覚えたんだな……とはいえバカだな。


 クガは魔力切れでその場に倒れた。


 自分の魔力量を考慮せずにスキルを習得したからだ、バカ。まあでも、これで一先ず安心だな。


「ってー!全然ダメじゃない!あのメテオ全然数減ってないじゃない!」

 詩織は魔力切れのクガをブンブンと振り回した。その結果頭を地面に何度もぶつけたクガは、頭から血を出し意識を失った。


 何ぃ⁉唯々動けなくなったのかよ、役立たずめ!


「はぁ~クガ君は何をしているのかな?」

 手を広げて溜息を吐いて、紫苑姉さんはやれやれと頭を振った。


「ライトニングピラー!」

 手の平を天にかざし、魔法陣から白光の柱を放った。光が消えたかと思うと柱の通った場所には塵一つなく、メテオは空から消えていた。


「それにしても紫苑さんは、詩織さんのお姉さんとは思えないほど面倒見の良い人ですね」

 唐突にレベッカが失礼な発言をした。


「別にそんなことは無いよ。ただ、この中だと私が一番年上だからね。年上は年下を守らなくてはいけない、それだけだよ」

「え?それって屑さんと同じこと言ってましたよね?」

 細い首が曲がり、こちらに捻じれた。


 何で言うんだよ!これで調子に乗られると癪だ、誤魔化さないと。


「へー、屑君がねぇ」

 紫苑姉さんは振り返り小さな笑みを浮かべて言った。


「言ってないです」

 何とか調子に乗らないように俺は否定した。


「嘘をついても無駄だよ、私にはテレパシーがあるのだから。」


 そうだったチクショウ‼今から誤魔化す術は無いのか?……あっ、やらかした。


 俺は頭に手を当て俯いた。


「丸聞こえだよ」

「ですよね~」

「それじゃあ質問するよ。どうして私の良く言っていたことを真似して言ったんだい?」

「考えが似ただけでしょ?」

「本当に……そう来たか。」


 う〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こ、フハハハハ俺のテレパシー対策は通じた。その名もう〇こで思考を埋め尽くそう作戦だ。


「素直になった方が良いよ?別に憧れていることは恥ずかしいことでは無いのだがね。」


「憧れてないですよ!」


「ほらほら、隠しても無駄だよ、素直に尊敬してます、の一言言えばいいだけだろう?」


 あああああ!う〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こう〇こ……あぁー‼


「後ろ!後ろ見てください!」

 紫苑姉さんの背後を震える手で指差し、俺は訴えかけた。


「そんな安い手が私に通用すると思ったのかい?無…」

 紫苑姉さんは発言の途中でイートの体に飲み込まれた。


「何やってんだ、あんたー‼」


 テレパシーがあるのに何やってんだ⁉もしかしてテレパシーを全部俺に向けて使っていたから背後から近寄るイートに気が付けず、不意を突かれたのか⁉バカじゃん‼


「ハハハハァ‼ざまあみろ、ペチャパイ二号‼」


「ちょっと屑どうするの⁉お姉ちゃんまでやられちゃったし、もうイートを倒せないわよ⁉」

 絶望の淵に置かれた詩織は俺に尋ねて来た。


「今すぐにでも逃げたい」

「そんな敵を討とうとは思わないのですか⁉私は一人でも戦いますよ、冒険者として‼」

 レベッカは俺達に頑固たる決意の意思表明をした。


「安心しろ、元々そのつもりだ。普段の俺達なら逃げるところだが、今回は哲也さんと紫苑姉さんが捕まってる。いつも通りやられたら、相手が泣いて謝るまで復讐する!」


「屑さん……」

「レベッカちゃん当たり前でしょ?二人とも絶対に助けるわ。」

「そこだ、今回の勝機はそこにある。俺達はイートを倒さなくても、二人のうちどちらかを助けたら、そのどちらかにイートを倒してもらえばいい。」


「そうれもそうですね」


「それにここは闇魔法でお馴染みカガクの国や、すぐに闇魔法の使い手が助っ人に来てくれるはずやで」

 ハムスターがもう一つの希望を提示した。


「その通りっ!闇魔法の使い手が助けに来たぞ‼コールドフレア‼この蒼炎に殺されたくなければさっさと消えな」

「そうよ、逃げなければ殺すわよ」

「忠告しておこう、俺達三人には絶対に勝てん!」

 そうして民家の屋根の上に突如現れた三人組の魔法使いは、蒼炎を見せびらかした。


 あれが、炎なのに氷のように冷たいという闇魔法か。


「ぐっ、コールドフレアか…確かに相性は最悪だな。」

 イートは撤退するか否か苦悩した。


「なにやってんねん!さっさと倒さんかい!」

 レベッカの肩に移動したハムスターは随分と強い口調で言った。


「うるせぇ‼」

 生意気なハムスターの指示にありえないほど男は憤慨した。


 なんだ?何であんなに怒ってるんだ?テレパシー

『このコールドフレアで倒せる訳ないだろ‼ただの炎色反応なんだから‼』


 炎色反応ォ⁉ふざけんな、この国の名物は紛い物の詐欺商品じゃねぇか‼結局俺達がやらなければ紫苑姉さん達を助けられないのかよ。


「やるぞ、お前ら」

 覚悟を決めた俺は戦闘態勢に入った。


「え?何であいつらが倒してくれるんじゃないの?」

「あいつらのコールドフレアはただの炎色反応だ…」

「ハァァ⁉この国は詐欺師だらけなの⁉ゴミじゃないの⁉」

「屑さん作戦はあるのですか?」

「ある」


 あるにはあるが、しかしこれを言ったらレベッカショックだろうなぁ~言いずらいな。


「作戦は詩織がバフを掛けて五秒間真っすぐ走りイートとすれ違う度にイートを斬る。そしてより多くすれ違えるように俺がテレポートで何度も詩織と瞬間移動する。」

 俺は指を前後左右に移動させる分かりやすいジェスチャーをした。


「私は何をしたらよいのですか?」


 言えない!何もしなくていいよ、何て到底言えない!覚悟を決めた人に対してあまりに失礼だ。


「えー…っと、そうだなぁ~。クガの面倒を見ておいてくれ」

 その場に横たわっているクガを指差し指示した。


「分かりました」

「バフが解けたら私何もできなくなるし、今回は特別に治してあげるわ。コンディションリカバリー」

「うぅ」

 詩織の魔法でクガは気を取り戻した。


「よし、やるぞ」

「今回だけだからね、イート以外の魔王軍幹部とは戦わないからね」

「安心してください、イート以外に魔王軍幹部はいません」

「それなら良かったわ、ステータスプラス!」

 机の上に残された哲也さんの剣を手に取った。そして自身に掛けたバフ魔法で俺と詩織のステータスが跳ね上がり、走り出した。


 目の前に立ちふさがるイートの体に剣で切り刻み大穴を開けながら真っすぐ走り抜けた。

「テレポート」

 走り抜けた詩織と共にテレポートして再び詩織の目の前にイートが来るように移動した。


 五秒、詩織は五秒間しか戦えない。だから五秒でイートを討伐する!


「レベッカ頼む」

「分かりました」


「テレポート」


 クソ、体積はどんどん減っているはずなのに…


「ほらほら、子猫ちゃん俺の胸に飛び込んでこいよ!」


 あの変態スライムに全然応えてない‼研究所でスライムに痛覚が無いことは理解してたが、やはり手ごたえが無いと不安だな。俺にも何か出来ないか?何か…何か…


「懐かしのこれで止めてあげよう、スーパーカウンター!」


 やばい、あの技は前に詩織の攻撃を跳ね返した技だ。俺が何とかしないと、でも今の詩織に近づけば間違えて斬られそうだ。何か…何か…でないと哲也さんが、紫苑姉さんが、紫苑姉さん?そうか、これだ‼


「ソルト‼」

 手の中に作った野球ボール程の大きさの塩の玉を投げ飛ばした。塩の玉は詩織を追い越して先にイートに衝突した。


「無駄だ‼男はすっこんでろ!俺はそこのペチャパイ一号と遊んでいるんだよ‼」

「誰がペチャパイ一号よ‼」

 詩織は怒りに身を任せイートの体に今までよりも大きな穴を切り開いた。


「な、何ぃ⁉」

 破られないと思っていたスーパーカウンターを破られイートは驚きを隠せなかった。


「お前のスーパーカウンターは一部分しか守れないんだろ⁉前回の戦闘から分かってんだよ、だから事前に攻撃して場所をずらしたんだよ!バカ‼」

 逆上を誘おうと中指を突き立てて俺は言った。


「くっ、貴様ァ‼」

「あと少しだ、あと少しで哲也さんの体が出るぞ」

 詩織の頑張りで体積が小さくなったイートの体から哲也さんが零れ落ちそうになっていた。


「助けるから後は何とかしてよね、親父ぃ!」

 哲也さんに向かって詩織は一直線に飛び上がった。


 よしっ、これで助かる!


「無駄だァ‼」

 哲也さんを体の中に再びイートは自身の中心に引っ張り込めた。


「親父!」

 詩織の顔に一瞬芽生えた希望が再び絶望へと戻った。


「危ない、危ない。体積が減って取り逃してしまうところだった。」

「あと少しだったのに……‼」

「やはり、当初の目的を優先しよう」

「当初の目的?」


「ああ、俺が何故この国に来たのか?それはこの国に捕えられている我が同胞を吸収し絶対の力を手に入れるためだァ‼」

 研究所の咆哮からイートの二倍ほどの大きさのスライムがイートに向かって一直線上に飛んできた。そしてイートは、それを飲み込んだ。そのせいでイートの体は高層ビルをはるかに上回る大きさとなった。


「これでこの俺が世界一だァァ‼」

 世界最強になったイートは大地が震えるほどの咆哮を上げた。


 やばい、折角詩織があいつの体積を小さくしたのに…またやり直しか。


「屑、どうするの?ハァ…ハァ…私バフ切れちゃったんだけど」

 詩織は息を切らしその場に倒れている。


 まじか……、もう終わりだ。俺達の負けだ。


 希望を完全に失った俺と詩織の顔は絶望に埋め尽くされていた。


「結局二人を助けられなかった…」

「親父、お姉ちゃん…」


 そこからは走馬灯が頭の中を駆け巡り、絶望が走馬灯を壊していった。


 その場に一人の男が現れた。

「詩織たん、どういう状況でごわすか⁉」

 その男はブタマンだった。そしてブタマンは大勢の力士を連れていた。


「今?見て分かんない⁉親父とお姉ちゃんがイートに飲み込まれて、助けられなくて…絶望してんのよ‼」


「でも、これだけ沢山の力士がいたらまだ手はあるはずでごわすよ」

「無いから絶望してんのよ」


 沢山の力士……?


「詩織さん諦めないで下さい!最後まで諦めずに哲也さんと紫苑さんを助けましょうよ‼」

「でも……私以上に戦える人間なんてこの場にいないでしょ?もう無理よ」

 あの腐れロリコンの詩織の心はベキベキに折れており、普段溺愛しているレベッカの声でも心が動かなかった。


「その通りだ!物理攻撃の効かない俺に対して、塩を生み出す、投げ飛ばすしか無い人間が何人増えようと何の意味も無い」


 塩を生み出す……投げ飛ばす……意味がない?


 俺はそのとき紫苑姉さんの言葉を思い出した。


『私は便利だと思うがね』その言葉が脳内に響いた。そしてこれまでのことを思い返した。


「それだぁぁぁ‼」

「え?どうしたの?壊れた?絶望で壊れちゃったの?」

 詩織は引き気味で尋ねてきた。


「違うわ、お前と一緒にするな!俺の考えた作戦それは、お前らの協力が必要だブタマン達。」

「任せて欲しいでごわす!」

「よし、作戦を伝えるテレパシー」

 俺のスキルで作戦が全員の頭の中に流れた。


「これならいけるわ」

 絶望で真っ黒に染まっていた詩織の顔が希望で輝いた。


「本当にそうなのですか?」

「ああ!ブタマン達任せたぞ」

 と、拳をブタマンに向けた。


「任せて欲しいでごわす」

 覚悟のこもった拳で俺とグータッチをした。


「俺達も信じてくれよ、モテねえ親方の恋愛を成就させてくれたこと心の底から感謝してるからよ」

「ああ、毎日毎日鍋の中に涙こぼしてて困ってたんだ」


 最悪の親方じゃねぇか‼


「それじゃあいくぞ」

 俺達は分散して走り巨大なイートを囲んだ。


「くらえ!ソルト‼」

「ソルト‼」

「ソルト‼」

 俺に続いてブタマンを含む三十人ほどの力士が手の平か塩を飛ばし、イートにぶつけた。


「そんな攻撃が効く訳がないだろう‼」

 自身を囲っている俺達に対してイートは攻撃を仕掛けてきたが、しかし攻撃は外れた。


「な、何ぃ⁉どういうことだ⁉」

「バカが足元を見てみろよ‼」

 そしてイートは足元を見て驚いた。イートの足元には巨大な水たまりが出来ていたのだ。


「どういうことだ⁉」

「フハハハハ‼スライムは塩をかけると水分を放出してスーパーボールになるんだよ、今時小学生でも知ってるぞ、このバカがよぉ‼」


 そう、俺の作戦はただイートに塩をかけるという簡単な作戦だった。


「こ、この野郎俺を、俺をバカにするなぁ‼」

 憤慨し、無闇やたらとイートは攻撃した。


「無駄だよ、バーカ!足場が定まらないのに攻撃が当たる訳がないだろ!」

 勝利を疑うことなくなった俺はドヤ顔でイートをバカにした。


 俺達か浴びせられる塩でイートの体は、見る見る小さくなっていきすぐに哲也さんと紫苑姉さんを救出できた。


「紫苑姉さん大丈夫ですか⁉」

 俺は救出された紫苑姉さんに急いで駆け寄り意識を確認した。


「ハハハハ無駄だ、その二人は俺の毒を吸収したんだ、俺を殺さん限りスキルでも治せん。」

 塩で水分を奪われテレビ台程度の大きさになったイートが言った。


 な、何⁉詩織に治してもらおうと思ったのに、とはいえこれだけ小さくなったイートを討伐するのは簡単だ。


「フレア!」

 手の平から火の玉で放ったが、しかし何の意味も無く消えた。


「流石に効かないか……」


「だったら私が」

 レベッカは折れた剣を取り出し、イートを突き刺そうとしたが、しかしイートには傷一つ付かず剣の刃が欠けた。


「な、さっきまで柔らかかったのに⁉」

「貴様は馬鹿だな~、水分が抜けたんだから硬くなるに決まっているだろう?」

 俺の驚愕の表情にしてやったりと言わんばかりに笑みを浮かべて言った。


 確かにそうだ、クソ考えが足りなかった。折角イートの中から救出したというのに……。


「おいおい、まだ絶望するのは早いぞ。さっきまでは巨体だったが故に一部分しか守れなかったが今は違う、全身を覆えるぞ!スーパーカウンター‼」

 イートは体全身にカウンタースキルを掛けた。


 早くイートを討伐して紫苑姉さんたちを助けないといけないのに……。


「こうなったら、スーパーカウンターを破る攻撃ができる人を待とう。どうせイートは何もできないんだ。」

「そうするしかないわね」

「ハハハハハ!このまま俺がその時を待つと思うか?答えはノーだ、ペチャパイ一号!俺は空気中の水分を吸収して元に戻って貴様らを瞬殺してやるっ!」

 再び俺の計画はイートに阻まれた。


「何言ってんだ?塩で埋めればいいだけだろ、バカ!」


 とは言えどうしたらいいんだ…。攻撃できない、救世主を待てない、本当にどうしたらいいんだ?


「どうしたらいいんだ…」

「分かったで、イートの倒し方が!」

 ハムスターのその一言は、この場に希望を走らせた。


「どうするんだ?」

「ワイのバリアを破った、相手のカウンター、防御、それら一切を無視して斬る詩織の一撃や!」

 その場の注目が詩織に集まった。


「え?私?私今日はバフ使っちゃったから筋肉の限界でまともに剣振れないし、何よりあの親父の技を私は成功させたことが無いわ」

 細い指は詩織に向かい、そして美しい腕がメトロノームの様に左右に揺れた。


「悪を打ち滅ぼす女神の復活(詩織の回復)なら我に任せろ!」

「クガ魔力切れなのに何をする気だ?」

「パーフェクトヒールだ!魔力はレベッカに頼み、大魔導士が飛び散らせた悪の片割れを吸収して(紫苑姉さんがバリアで弾き飛ばしたイートの一部を食べて)回復した」


「でも…私には親父の技が出来ないわ」

 自分がもう少し強ければ救えたのに、そう思うと悔しくて仕方ない詩織は俯いて答えた。


「大丈夫です。詩織さんならできますよ!哲也さんと紫苑さんを助けるのではないのですか⁉」

 柔らかく小さな手は色白く自身より少し大きな手と交わった。


「そうよね、私なら出来るわ!クガいつでも良いわよ」


 さっきのショボくれていたのは何だったんだ?まさかこの期に及んでレベッカから何かしてくれるのを期待していたのか……?生粋のロリコンだな。


「パーフェクトヒール!」

 クガの回復魔法で詩織の体は完全回復した。


「親父、力貸してなさいよ」

 手に持っている哲也さんの剣に詩織は声を掛けた。


「ふぅー…ステータスプラス!」

 詩織は精神統一をした後に自身に全能力上昇のバフ魔法を掛けた。そして軽い足取りで走り出し、イートの手前で高く飛んだ。そこから落下しながら回転し、遠心力を利用して力強く剣を振った。


「オラァァl‼」

「グウゥオォ‼」

 詩織の一撃を必死に耐えようと力んだ。


「いい…加減に‼くたばりなさい‼」

「ぐうぅぅああぁあ‼」

 刃は地面に突き刺さった。そうイートの体を二つに切り分けたのだ。イートの体は魔力を失い、塵と化し風に流されて消えた。


「…ん?」

 紫苑姉さんと哲也さんは意識を取り戻し起き上がった。


「イートは⁉」

 二人は口をそろえて言った


「親父、お姉ちゃん」

「哲也さん、紫苑姉さん」

 俺と詩織はすぐさま二人に抱き着いた。すぐに二人の袖が濡れた。


「な、何だこれは⁉」

 クガの驚いた声がした。


 まさか、まだイートが生きていたのか⁉


「皆さんご苦労様でした。」

 俺と詩織が一番に憎んでいる顔のやつがそこにいた。ムカつくことにそいつだけが天から照らされていた。


「くたばりやがれ!」

「くたばりなさい!」

「ゴフッ‼」

 迷うことなく強く握られた俺と詩織の拳は一直線にその場に突如現れた者の頬を殴った。


 このクソ女神がぁ!


 そう、その場に現れたのは地獄行きの俺達に魔王倒したら天国に行けると言って、この世界に俺達を送り込んだクソ女神だった。


「オラ!お前のせいで死ぬところだったんだぞ!」

「そうよ、全くもってその通りよ!」

 攻撃の手を止めることなく、俺達は女神に罵声を浴びせた。


「話を聞いてください」

「聞く話なんてないわよ。あんたは鳥なんだから頭のレベルが足りて無いのよ」

「鳥じゃないです!」

「じゃあ何で背中に白鳥みたいな羽生やしてるのよ!」

「いや、これは生まれつきです」

「生まれつき羽が生えてるのは鳥だけなんだよ、ブワァーカ!」


「詩織やめなさい」

「屑君落ち着きな」

 哲也さんと紫苑姉さんは俺達の行動を見かねて止めに入った。


 正直まだまだ殴り足りないな…。


「本日は皆さんに話があって来たのです」

 先ほどまで殴られていたのに、何事も無かったかのように女神は話を切り出した。


「皆さんは魔王軍幹部を討伐したため、天国に行けるようになりましたが、どうしますか?」


 天国⁉やったやっと目標だった天国でのグータラ生活が送れる。


「既に和さんの方にも別の女神がお声掛けに行っております」


「そうなのか、天国行きます。」

「私も行くわ」

 躊躇なく俺たち二人は答えた。


 このためにずっと頑張ってきたんだ、考えるまでもない。


「皆さん…行ってらっしゃいませ!」

 レベッカは少し上を向いて、赤みがかった瞳でこちらに言った。


 ………そうだな。


「女神、俺はやっぱりこの世界に残る」

「え?」

「本当によろしいのですか?」

「ああ」

 女神の確認にも俺は迷わず考えを変えなかった。


「屑本当に良いの?」

「ああ、俺はこの世界で多くの人と出会った。短い期間にたくさんの思い出も出来た。だから俺はこの世界に残る」

「なら私も残るわ、レベッカちゃんを一人には出来ないから」

「詩織さん……屑さん……」

 大粒の涙を流し、レベッカは喜んだ。


 仕方ない、天国には死んだ後に行けばいい。だから今は、レベッカやダズ、ニーナさんこの世界で出会った多くの人とまたあのクソみたいな生活を楽しもう。


「それじゃ、私も残ろう。二人の面倒を見るのが私の仕事だからね」

「なら俺も残ろう」

「え?親父はだめだよ」

 ここに来て紫苑姉さんの辛辣な発言が哲也さんを襲った。


 え⁉なんで哲也さんはダメなんだ?


「親父、詩織の年齢分かる?」

「十八だろ?」

「違う、二十だ。そして詩織があの親父の技を教わったのは十八からだ。だから親父は日本に帰って詩織の稽古をしないといけないよ」

「まじか……」

 哲也さんは絶望でその場に倒れた。


 なんか可哀そうだけど仕方ないな。


「分かりました、では南哲也さんのみ日本に送り他の方はこの世界に残るということですね。これからの異世界生活も頑張ってくださいね」

「はい」

 そして女神と哲也さんの姿はその場から消えた。


「……屑さん本当に良かったのですか」

「ああ、年上は年下を守らないといけないんだよ」


 こうして俺達は、天国に行くことなく異世界に残りこれからもクソみたいなこの生活を送ることを選んだ。勿論後悔はない!

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地獄行きの俺達は魔王がいない世界で天国を目指す @pieropiero

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