第46話

 俺達は、鉄の壁で囲われた研究室の中、中心に一つだけある椅子に詩織が座っている。


「そうだ屑君、冒険者ライセンスを見せてくれないかい?」

 と、紫苑姉さんが俺に向けて手を伸ばしたので、素直に冒険者ライセンスを手渡した。


 冒険者ライセンス何て見てどうするんだ?


「ブタマン君、君は力士だったよね?職業ライセンスを貸してくれるかい?」

「どうぞでごわす」

 ブタマンも素直に、クレジットカードほどの大きさの職業ライセンスなるものを手渡した。


 職業ライセンス?商人用の冒険者ライセンスってところか?


 紫苑姉さんは、俺とブタマンのカードをタップしたり、なぞったりした後に返してくれた。


「屑君、君には力士のユニークスキルを習得させておいたよ。」


「え⁉」

 俺は、顔を前に突き出し驚いた。


 他人のユニークスキルって覚えられるの?それもうユニークじゃないじゃん。というか力士のユニークスキルって何?


「力士のユニークスキルって何なんですか?」

「それはだね……ずばり、ソルト。手の平から塩を創り出す魔法だよ」


 えぇぇぇ⁉何それクソ雑魚じゃん!


「滅茶苦茶雑魚じゃないですか……何でそんなもの習得させたんですか?正直スキルポイントが勿体ないんですけど……」

 ガクンと首が折れ、項垂れて俺が言った。


「そうかな、私は便利だと思うのだがね」

 紫苑姉さんは、顎に手を当て考えながら言った。


「というかユニークスキル覚えられるのならクガ、お前のユニークスキルを習得させてくれ」

「ハッハッハッハァー、いいだろうっっ‼俺のユニークスキルノットダイ、不死身のスキルを力を追い求めしもの(屑)に伝授してやろう。百万ポイントだ!」

 顔と腰に手を当て、お馴染みの中二病ポーズでクガが言った。


「ぼったくりじゃねぇか!手数料十ポイントぐらいで教えろよ」

「おいおい、百万ポイントは手数料じゃない!スキル習得に必要な生贄が百万ポイントなのだっ!」

「な⁉」


 おいおい、嘘だろ。じゃあ俺は塩を手の平から塩を創り出す魔法に何万ポイント使われたんだ……。


「紫苑姉さん、俺のポイントどれだけ使いました?」

 俺は、覚悟を決めて紫苑姉さんに尋ねた。


「五ポイントだよ。手の平から塩を創る魔法と不死身になるスキルが等価な訳ないだろう?」

「確かに……」


 それもそうだな……。だとしてもソルトとかいうクソ魔法に五ポイントは勿体ない気がする。もしかして、俺も紫苑姉さんに恨みを買っていて、これはその復讐ということか⁉俺一体何したかな?


「屑さん分かりましたよ、ソルトの役立て方。」

「え……」

 レベッカを見て瞬時に青白くなり、見てはいけないものを見た気がした。そうまで思わせた俺の目に映った光景とは。詩織の顔を、自身の胸の中に入れ頭を撫でているレベッカだった。


 何この光景⁉詩織完全に赤ちゃんじゃん。二十歳の大人が指チュパチュパ咥えて、十七歳の子に頭撫でられているの、マジで見てられないわ、状況次第ではそういうお店だと思われそうだな……。


「そんなに引かないで下さい。これには、深いわけがあるのです。」

 俺の視線の意味に気が付いたレベッカは、必死に弁明した。


「大丈夫、パーティーの特殊性癖者は二人だと思っていたら実は三人だったってことだろ。隠さなくていいよ、ただし公の場では性癖大公開はやめような。」

 レベッカも特殊性癖者だったことを知り、目線を逸らして言った、


「何も分かっていないじゃないですか!」

 レベッカは、白くきれいな肌を真っ赤にして言った。


「分かってるよ、赤ちゃんプレーが好きなんだろ?」

「やはり分かっていないじゃないですか‼」

 俺の達観した眼差しに、レベッカにしては珍しく声を荒げて答えた。


「ではレベッカ君、君が今しているそのプレーは何かな?流石の私も目の前で妹の赤ちゃんプレーを見せられては恥ずかしいのだけれども」


「プレーの種類で否定している訳ではありませんよ!これは、詩織さんを落ち着かせるためです。抱き着かれた際に引き剥がそうと頭を押し返したら抱き着く力が小さくなったので、もしかしたらと思い撫でてみたらその通りだったという訳です。」

 自らに着せられた濡れ衣を晴らすべく、レベッカは懇切丁寧に説明した。


「そうだったのか、理解した」

「分かった」

 俺と紫苑姉さんは、レベッカの言葉に頷いて答えた。


「理解してもらえて良かったです」

 濡れ衣を見事晴らし、レベッカはほっと胸を撫でおろした。


「屑君、騙されてはいけないといけないよ。一緒に生活をする君が彼女を正しい道に戻してあげるんだよ」

「分かってます」

 紫苑姉さんの耳打ちに俺は、素早く答えた。


 どんな噓をこうと無駄だ、俺と紫苑姉さんの目に映っている事実はたった一つ、十七歳の特殊性癖者の赤ちゃんプレーだけだ。レベッカがこうなるほど精神的に追い詰められていたとは知らなかった。これからはもっと目を見張って守ってあげよう。


「で、ソルトの役立て方は何なんだ?」

「それは、ずばり食費を浮かせることです!」


 うわぁ、絶対違う!自信満々な顔だし否定しずらいな


「確かにそうだな。」


「それじゃ、少ししか時間は無いが研究所内を案内してあげよう」

 そう言い残し、紫苑姉さんは研究室を後にした。


「案内って、会ったときに言ってた巨乳にするスキルの発明実験の場所ですか?」


 もしこれなら、マジでどうでもいいんだけど……。


「それはトップシークレットだよ、ブタマン君には用が無くなったしとりあえず今日は帰ってもらったよ。」

 紫苑姉さんは足を止めることなく、振り向いて答えた。


 用が無くなったらすぐ帰すって、この人相変わらずだな。これはきとスキルを発明したらすぐブタマンと別れるんだろうな。


「一体何を見せてくれるのですか?」

 レベッカは、ガッツポーズと共に鼻息を荒らした。


「ああああああああ!」

 突如詩織がその場に倒れ、頭を抱えて発狂した。


「な、何なんだ⁉」

「よーし、よーし、もう大丈夫ですよ~。」

 と、レベッカは詩織の頭を撫でた。すると、見る見る詩織の恐怖に染まった顔は、優しさに包まれていった。


 大丈夫か、こいつ⁉


「これは重傷だね、少しやりすぎたかな?」

「全然そんなことないですよ。俺も紫苑姉さんも、このバカの居眠り飲酒運転で一度殺されてるんですから」

「それもそうだね、やはり私は間違っていない。」

 顎に手を当て、天井を見上げ悩んでいた紫苑姉さんだったが、俺の意見で再び考えを元に戻した。


「さあ、着いたよ。この研究所の一番の名物スライム拷問部屋だよ。」

 目の前の鉄のドアを指差して、紫苑姉さんが言った。


 は⁉拷問⁉この人、俺達と離れて生活していた少しの間に拷問好きになったのか⁉拷問好きが実の妹に復讐してたのか……、前言撤回だ、悪夢を見せるのはやり過ぎだ。


「皆で入りたいところだけれども、今の詩織には刺激が強すぎるね。屑君、レベッカ君の順で入ろうか。」

 詩織姐さんは、拷問部屋の扉を開けた。


 俺からかよ……。


 嫌な気持ちを殺し、覚悟を決めて拷問部屋の中に入った。


「え?何もいない?」

 目に映ったその光景に俺は困惑した。スライム拷問部屋の中は、想像と違いスライムはいないただ鉄で囲まれただけの部屋だった。


「下を見てみなよ」

「うわっ!」

 俺は、紫苑姉さんの指が差す方向を見て驚いた。足元は所々に穴の開いた分厚いガラスで出来ており、その下には格子状に区切られた各区画に、通勤ラッシュの様にスライムが敷き詰められていた。


「驚いたかい?」

「こいつらはイート(魔王軍幹部のスライム)の切れ端ですか?」

「違うよ、このスライムたちは私が実験のために捕獲したスライムだよ」


 は⁉スライムって捕まえられんの⁉あんなニュルニュルやつ捕まえられんの⁉というかこっちの世界に来たタイミングは同じなのに、こんなことも出来るのか……、やっぱ紫苑姉さんは凄いな。


「ここのスライムたちは私の実験のために捕まえたのだが、しかし今ではイートの一部が手に入るから用済みなのだよ。だから拷問しているのさ」

 清々しい顔で、紫苑姉さんはとんでもないことを言った。


 用済みだから拷問してるって合理主義なサイコパスだな、ブタマンはとんでもない人と付き合ったな。実験体になる代わりに今は付き合えてもらえているが、実験体として価値が無くなったら拷問されるのか?それはそれでありだな。


「それじゃあ面白いものを見せてあげよう。Aの1刺すよ」


「?何も……んん」

「しー」

 綺麗な手は、俺の発言を遮るべく口を塞いだ。


「ギャー!痛い!痛いよ‼」

 左上の角にいるスライムは、何もされていないのに突如苦しみ始めた。


「どういうことですか?」

 綺麗な手から解放された俺の口は、開口一番に尋ねた。


「スライムには痛覚なんてないんだよ、私が元々割り当てたアルファベットと番号で自分だとわかっただけ、そして苦しむ演技をして同情を誘い研究所から解放されようとしているだけだよ」

「スライムって結構賢いんですね」

 スライムの作戦に俺は、つい感心してしまった。


「助けてくれよ‼俺のお腹には赤ちゃんがいるんだよぉ‼家には嫁と二人の子供が待ってるんだよ‼」

 スライムの訴えかけはヒートアップした。


「嘘だよ、あのスライムはオスだ、そして家族もいない。何もかも嘘のフェイク野郎だよ。どうだいスライムの嘘は面白いだろう?」

「どこがですか?……まあいいです。」


 紫苑姉さんの面白いと感じる感性はどうなってるんだ?


「ふむ、屑君にはこの面白さが理解できないようだね。じゃあ、レベッカ君と変わろうか?」

「分かりました」

 と、言い残した俺は、拷問部屋を出た。


「レベッカの番だ、楽しめると良いな」

「はい、では詩織さんをお願いしますね」

 レベッカは、詩織を俺に預けた。


「もし、症状が起きたら頭を撫でてあげて下さい」

 そしてレベッカの姿は、拷問部屋の中に消えた。


 頭を撫でるね……、面倒くさいな。


「屑寝出たら殺すわよ」

「え?」

 俺は耳を疑った。


 こいつ、今普通に喋った?


「詩織治ってたのか?」

「当たり前よ、クガを殴った時から完全に復活してたわ」

 詩織は腕を組んで答えた。


 暴力ってすごいな、人を治す力もあるのか……。


「あ、因みに私が正気に戻ったことレベッカちゃんに言っても殺すわよ。私はまだまだレベッカちゃんと赤ちゃんプレーがしたいの。ハァハァあの成長段階の小さな手、ハァハァあの小さな女の子特有の香柔軟剤のような香り、今すぐにでもレベッカちゃんの手に頬ずりしたい‼」


 ダメだ、この腐れロリコンは救いようがねえ!

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