第45話

 鉄の壁で出来た部屋の中、木の椅子が中心にポツンと一つだけある。


「それでは詩織、椅子に座って」

 紫苑姉さんは椅子を指差し、これから復讐するとは思えない程穏やかな声で言った。


「嫌よ!」

 詩織は、今がチャンスとばかりに全力で逃走を図った。


 あの野郎……、逃がすか!


「キャプ……」

「スリープ」

 紫苑姉さんは、俺より早くスキルの詠唱をした。詩織に向けられた、柔らかくて小さい手の平から波動が出た。そして波動を受けた詩織は、意識を失いその場に倒れた。


「逃げたらダメじゃないか、これから楽しい、楽しい拷問の時間なんだから。」

 紫苑姉さんは、嬉々として横になって倒れている詩織を椅子の上に運び、鉄で手足を固定した。


 拷問⁉もしかして俺の復讐を手伝うと言っていたけど、本当は自分が復讐したかっただけじゃないのか?


「フフフ、ナイトメア!」

 詩織の額に紫苑姉さんの小さな手が乗った。


「紫苑姉さん、何したんですか?」

「ん?ナイトメア、これは寝ている人間に悪夢を見せるスキルだよ」

 俺の質問に優しい声で真摯に答えてくれた。


「ぎぃぃいやぁあぁああぁぁ‼」

 部屋の中に叫び声が響き、鉄のガチャガチャとぶつかる音がした。


「詩織さん、詩織さん起きてください」

 レベッカは、魘されている詩織に駆け寄り、体を揺らした。


「紫苑姉さん、どんな悪夢なんですか?」


「分からないな、これは受けたものが悪夢だと感じるものを見るスキル。好きな夢を見せるものではないんだよ。」

 紫苑姉さんは、両手を広げて言った。


 マジか……、こいつが何で苦しむのか見たかったな。そうだっ!


「テレパシー」

 俺は、詩織の思考を読み取ることで悪夢を知ろうと考えた。しかし、大きな誤算があった。普段のテレパシーは相手の考えていることを読み取るものだから相手の心の声が聞こえていたのだが、夢を見ている人間に使うと情報が映像として入ってきたのだった。

 詩織の悪夢の光景は地平線が見えるほど遮蔽物一つない大草原、椅子に固定された詩織の前にはレベッカと擬人化した酒瓶がいた。


「もう……やめて……」

 詩織は、二人の顔が見ることができず俯いて言った。


 なんだ?何があったんだ?普段からは考えられないほど詩織が辛そうだな、ざまあみろバカ。


「バカ」

「アホ」

「ドジ」

「マヌケ」

 レベッカと酒瓶は交代交代に悪口を言った。


 ダッサ!こいつこんな小学生みたいな悪口に魘されてたの⁉工夫して最高の復讐を考えてた俺がバカみたいじゃん……。


「無能さん、いい加減理解したらどうなのですか?お姉ちゃんと呼ばれたいなら頼れる姿を見せないといけないことを。あ、でも無理ですよね。貧乳だし、アル中だし、貧乳だし、悪いことしても認められないし、貧乳ですもんね。」

 レベッカは口を開いたかと思えば流れる川の様に、止まることなく暴言を吐いた。


 貧乳、貧乳言いすぎだろ!お姉さんのイメージ巨乳しかないのかよ!


「あ……ぁあ……」

 詩織の魂が抜ける音がした。


「本当にゴミカスのような人間。人を轢き殺したくせに、開き直って感謝しろ、と言うようなクズですもんね。頭に栄養がいってなければ、胸にもいってない、本当にどこに栄養いってるのですか?全部う〇こになってるのですか?野菜の肥料にしたらさぞ大きな野菜が育ちそうですね」

 レベッカの悪口は止まることを知らず、更に飛び出た。


 例えが汚っ‼レベッカってこんなキャラだったっけ?


「ぅぅううぅうぅあああああああああ‼」

 四肢を固定され耳を塞げない詩織は、大声を上げてレベッカの悪口をかき消した。


 ぶっ壊れた!レベッカのことが大好きな詩織には相当辛かったんだな。


「まあまあ、詩織ちゃん僕だけは君の味方だよ。」

 俯いている詩織の視界に入ろうと、詩織の前で酒瓶は膝をついて言った。


「お酒君……」

 酒瓶の優しさに、詩織の口から声が漏れた。


「ほら、いつもみたいに僕を飲んで嫌なことを忘れなよ」

「うんっ!」

 酒瓶は、頭を傾け中身のお酒を出した。


「あっ、こぼれちゃった」

 酒瓶の頭から出たお酒は、足に垂れた。詩織は、目の前に突然現れた足に気が付いて見上げた。


「なんであんたがここに……」

 そこにいたのはブタマンだった。


「ほら詩織たん、お酒が飲みたいんでごわしょ?ならおいどんの足をなめるでごわす」


「嫌ぁぁぁぁぁぁl‼」

 詩織は、目の前の出来事に強い拒絶反応を起こした。


 これはいくらなんでも見てられない。


 俺は、テレパシーを解除し、詩織の悪夢の世界から抜け出した。


「屑君、詩織の悪夢の世界はどのようなものだったのかな?」


「やばいです。あれはやっちゃダメな一線を越えてます。」

 自身の肩を両手で抱え、俺は震えて言った。


 あれはやばい‼詩織の人格がぶっ壊れそうだ。


「そんな……紫苑さんスキルを解除してください」


「そうだね、キャンセレクション」

 紫苑姉さんは、詩織に掛けた悪夢を見せるスキルを解除した。そして、四肢を固定していた拘束具を外した。


「詩織さん、詩織さん大丈夫ですか?」

「ん……?レベッカ……ちゃん?」

「はい、そうですよ」

 寝ぼける詩織の質問に、レベッカは丁寧に答えた。


「あ……ぁあ……、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 詩織は椅子から立ち上がり、レベッカの両足にしがみ付き必死に謝った。


 壊れた‼詩織の人格が完全に壊れた‼最悪だ、これからこんなやつと共に冒険者しないといけないなんて……。


「ど、どどどうしたのですか?」

 突然のことにレベッカは、あたふたした。


「貧乳でごめんなさい」

 涙ながらに、詩織はレベッカに謝った。


 怖っ‼『この世に貧乳でごめんなさい』と、謝ることなんてあっていいのか?本当に重症だな……。


「栄養が頭にも胸にもいってなくてごめんなさい」

「詩織さん、どうしたのですか?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 詩織の耳には、レベッカの質問が届かず、詩織の口は謝罪を続けた。


「これは、やりすぎてしまったようだね……。屑君、これからどうしようか?」

「分かんないですよ!」


 まさか、この人考えなしに悪夢を見せたのか?


「では質問を変えよう。屑君は、悪夢を見た時どうやって忘れているのかな?」


 悪夢を忘れる方法?どうしてたかな?……そういえば、紫苑姉さんに丸一日手を繋いでもらってたな……。しかし、これは恥ずかしくて到底言えない‼


「いや~、特に分からないです。」

 俺は、右上を見て答えた。


「こらこら、嘘をついてはダメだよ。私と手を繋いで一緒に行動していただろう?」

 ニヤニヤとした笑みが、紫苑姉さんの顔に浮かんでいた。


 覚えてんのかよ、クソが‼


「ほう、人と人とがリンク(手を繋ぐ)ことでエンドレスナイトメアを歴史の中に沈める(忘れる)ことが出来るのだな⁉」


 あ、クガいたんだ、完全に忘れてたわ。


「ああ、その通りだよ、クガ君。さあ、姫(詩織)を悠久の長き悪夢より今、呼び覚ませ(起こせ)。」

 迫真の演技で紫苑姉さんが言った。


 中二病への適応早っ!一瞬クガが隠し芸の声真似でも持っていたのかと思った。


「よかろうっ!この我の呪われし右手スペルドライトハンドで姫とリンクし、永劫の深き悪夢より呼び起こしてやろうっ!」

 と、クガは右手を構えた。普段と違い、中二病ノリに乗ってくれる人がいて、普段より中二病に拍車がかかっていた。そしてクガは、詩織に歩み寄り詩織の左手を握った。


「姫よ、起きろ!」

「気持ち悪い!」

「グハッ」

 詩織は、左手を力強く握り引き寄せ、近寄って来るクガの顔を右手で殴った。そしてクガは、詩織の手を離し気絶してその場に倒れた。


「ふむ、クガ君ではだめだったようだね。……屑君頼めるかな?」

 紫苑姉さんは、顎に手を当て少し考えて言った。


「嫌ですよ!俺も殴られて気絶するだけじゃないですか!」


「そうかな、クガ君は殴られるんだろうな、と思って言っていたが屑君は殴られない気がするがね」


 この人は、他人が殴られることが分かっていて嬉々として演技していたのか、クズだ……。


「レベッカ君、君は詩織に気に入られているのだろう?君はどうかな?」


「分かりました、やってみます」

 レベッカは、恐る恐る詩織の手を取り優しく包んだ。


「あ……ぁあ…あああ」


 クッ、今の詩織にはレベッカでもダメなのか……。


「ああああああ!」

 詩織は、涙ながらに再び力強くレベッカを抱きしめた。


 これは、成功なのか?失敗なのだろうか?

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