第44話
中世漂う街中で、俺達は夕日に照らされていた。
「ふふふ、良いだろう。私と同じ苦悩を抱える人間もいるようだしね。そう私の考えている実験とは……、巨乳にするスキルの発明実験さ」
女性の小さな手は胸の前で、大きな弧を描いた。そして辺りに漂っていた不穏な空気感が吹き飛んだ。
は?
「何言ってんだ?」
俺は、理解が出来ず、首を傾げて尋ねた。
「流石にこの実験のことを一度で理解するのは不可能だったようだね、仕方ない。巨乳にするスキルの発明実験さ。」
「素晴らしい!素晴らしいわ!あなたのような人のことを何て言うのか知ってる?英雄よ。」
貧乳の詩織は、涙を流し、手を叩いて女性のことを称えた。
「そうか、君は、分かってくれるのか。ありがとう」
「勿論よ、あなたの名前を教えてよ、英雄の名をこの胸に刻んでおきたいわ。」
詩織は、女性の手を取って尋ねた。
「そこまで頼まれたら名乗るしかないね、転生者君たち。キャンセレクション」
と、言って女性は俺達に手の平を向けた。
「はっ……、あれ?紫苑姉さん?」
目の前にいた名もわからなかった人は紫苑姉さんだった。
「お姉ちゃん?」
「屑さん達、御知り合いだったのですか?」
「ああ、あの人は南紫苑さん、詩織の実の姉だ。」
「えぇ~⁉御姉妹だったのですか⁉」
レベッカは、大口を開けて驚いた。
「いや~、さっき親父とすれ違ったときに詩織達がこっちの世界に来ているって聞いてね、ちょっとからかってみたんだけど、そうか屑君は私が危ない人間に見えたようだね。」
ぐっ、それは何故かあなたのことが抜けてたからだというのに……待てよ、何故記憶が抜けてたんだ?
「紫苑姉さん、からかったって一体何をしたんですか?」
「……」
俺の問いかけに対し、紫苑姉さんは沈黙で答えた。そのせいで空気に重い空気が流れた。
何か言えないような理由があるのか?
「何か言えないような理由でもあるんですか?」
重い空気感に堪えられず、俺は再び質問した。
「……仕方ないね、私がしたのはメモリーオペレーション、生物の記憶を操作するスキルだよ。そして、からかった理由は屑君には、ないよ」
紫苑姉さんは、重い間を置いてから答えた。
「俺には……ない?」
俺は眉間にしわを寄せ、問い返した。
俺に無いのに、何で俺はからかわれたんだ?
「理由は、詩織だよ。」
紫苑姉さんは、詩織を指差して言った。
「え⁉私⁉」
細い指で自分自身を指差し、詩織は問い返した。
詩織が原因?別に二人は仲が悪かった覚えはないのだがどういうことだ?
「花見に行く日、詩織私の車使っただろう?私はその日屑君達と同じコンビニに行っていた、もう分かっているだろう?」
紫苑姉さんの顔は、ニンマリと不穏な笑みを浮かべた。詩織の顔は全てを悟り、頬に大粒の汗が滝のように流れ、見る見るうちに青ざめた。
「ま……まさか……」
「そう、そのまさかだよ、詩織。私はあの日、屑君達がコンビニを出ていく姿を見て追いかけたのさ。すると、私の車がこちらに向かってきて、それはもう驚いたものだよ。そして私は、君達と共に死んだのさ。」
どうやら紫苑姉さんも、詩織の居眠り運転の被害者だったらしい。
「マジかよ……、お前の居眠り運転の被害者は俺と和の二人じゃなかったのか……」
俺は、初めて知らされた驚愕の事実に、驚きを隠せなかった。
「居眠り運転?屑君は、詩織のただの居眠り運転で死んだと思っているのかい?」
「え?違うんですか?」
「ああ、違うよ。ただの居眠り運転ではなく、飲酒運転かつ居眠り運転だよ。」
小さな両手の人差し指で天を指し、両手を顔の前で合わせた。
「おい詩織、どういうことだ⁉お前居眠り運転としか言ってなかったよな⁉」
紫苑姉さんから目を離し、詩織を問い詰めた。
信じられない、この顔だけ女は本気で何を考えているんだ?絶対に許せない。
「いや~、女神に言われなかったから……ラッキーって感じて……黙って……ました」
右と左の人差し指をトントンと合わせて、申し訳なさそうに言った。
「何が『ラッキーって感じて』だ、このバカー!」
詩織の胸ぐらを掴み、思いっきり揺らした。
本当に居眠り運転だけじゃなく、飲酒運転までしてたのか、絶対に復讐してやる‼
「わ~~!ごめん屑、許して、ねぇ許してぇ~」
詩織の必死の懇願を、俺は無視し揺らし続けた。
「詩織このことは哲也さんに言うからな!」
「そんなぁ~!」
「屑君、それはやめた方が良いよ。この世界の親父はどこかおかしいからね」
「マジか……」
クソ、じゃあどう復讐したらいいんだ……。哲也さんへの告げ口が一番の復讐になると思ったんだけどな。
「屑君は、そんなに復讐したいのかい?」
「はい、勿論」
「なら研究所に来なよ。」
「分かりました」
俺は、紫苑姉さんの提案に食い気味に答えた。
フハハハ、ざまあみろ!詩織。紫苑姉さんは、頭が良い。きっと良い復讐方法を俺に教えてくれるだろう。
「えぇぇl⁉」
詩織は、俺の復讐に紫苑姉さんが協力することが確定し、恐怖が強まって放心状態になった。
そこから俺達は、紫苑姉さんについて歩き出した。詩織は放心状態で動けなかったので仕方なく俺が背負って運んだ。
「屑君は、どんな復讐をご所望なのかな?」
歩く足は止めないで、紫苑姉さんは後ろを振り返りながら言った。
「そうですね……」
顎に手を当て、熟考した。
現状は何も思いつかないな。
「簡単なのにして、百メートル二本とかにして、お願い。」
俺の背中に乗っている詩織は、俺に耳打ちした。
「特に考えてないですけど、滅茶苦茶辛いのでお願いします」
詩織の耳打ちに惑わされず、俺は復讐のことだけを考えて言った。
俺が考えるより、紫苑姉さんに考えて貰う方が確実に辛いだろうし、紫苑姉さんに任せよう。
「理解した、それではバラバラにする?」
こっっっわ……、何でそんな発想が生まれるの?実の妹に対して恨みが強すぎないか?
「えっ⁉」
復讐を提案した俺だったが、紫苑姉さんの一言に、詩織と一緒に驚いた。
いくら何でも殺すはやばいだろ……、このバカのために捕まるのは嫌だ。
「屑!屑!止めて‼お姉ちゃんを止めて!今の目は本当にする気だわ!」
死の恐怖に陥り、詩織は涙目で懇願した。
「分かってる……、紫苑姉さん、流石に本当に殺さないですよね、言葉の綾ですよね?」
苦笑いで尋ねた。
俺には分かる、この展開は言葉の綾じゃないことをこれで言葉の綾なら俺の人生はB級映画だ。
「勿論言葉の綾だよ、本当に殺す訳がないだろう?バカなのかい?」
どうやら俺の人生はB級映画らしい。『何故分かっていないんだ?』と、顔に疑問を浮かべて問い返してきた。
「ですよね~……」
苦笑いで答えた。
分かる訳ねぇだろ!紫苑姉さんは一度詩織に殺されているんだから、復讐として殺しても別におかしくないんだから!
「それじゃあ、行こうか」
紫苑姉さんの一言で、その場に止まっていた俺達の足は動き出した。
三十分ほど歩いてようやく研究所に到着した。
研究所は、俺達の元居た世界とは比べ物にならない程未来感のある外見をしていた。特に何か電波を受け取っているのか、発信しているのか分からないアンテナのような輪が宙を浮いていることに未来っぽかった。
「へー、凄い技術力ですね~。これほど高い技術力は初めて見ました。」
と、感心してレベッカは研究所を見上げた。
「ここがおいどんの紫苑たんの家……。うぅ初めての彼女の家、女の子の家……涙が止まらないでごわす」
初めての経験に感動したブタマンは、大粒の涙を拭いながら言った。
いくら初めてでも泣かねえだろ……。
「それじゃあ諸君、これから私の研究所に入るわけだが、中にあるものは私の許可なく触れるのは、よしてくれ。死んでも責任取れないからね」
俺達の前にいた紫苑姉さんは、振り返り俺達に注意した。
え?死ぬようなものあるの?流石に復讐とはいえど、命を取るのは嫌だ。このバカ一人殺への復讐のために、これからの夢見が悪くなるのは嫌なのだが……、紫苑姉さんなら大丈夫だよな?
「それじゃあ、行こうか」
紫苑姉さんは、軽い足取りで研究所内部に向かった。研究所の内部は、外観の鉄で出来た壁ではなく、薬品を扱うためのガラス張りの部屋などもあった。そして、全面が鉄で出来た部屋に入った。部屋の中には椅子が一つだけあった。
「それでは詩織、椅子に座って」
椅子を指差し、これから復讐するとは思えない程穏やかな声で言った。
「嫌よ!」
詩織は、我に戻り全力で逃走を図った。
あの野郎……、逃がすか!
「キャプ……」
「スリープ」
俺の発言に被せ、俺より早くスキルの詠唱をした。詩織に向けられた、柔らかくて小さい手の平から波動が出た。そして波動を受けた詩織は、意識を失いその場に倒れた。
「逃げたらダメじゃないか、これから楽しい、楽しい拷問の時間なんだから。」
紫苑姉さんは、嬉々として横になって倒れている詩織を椅子に運んだ。
拷問⁉もしかして俺の復讐を手伝うと言っていたけど、本当は自分が復讐したかっただけじゃないのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます