私以外の調査員たちは、村を訪れた途端に体調不良を訴え始めたんです。長旅が応えたというわけでもないんでしょう。来ていた……確か五人ですね、全員が体調不良なんて。

 村の水が合わなかったのか。そんなことを考えましたが、そもそも来たばかりなので何も口にしていません。


 五人全員が熱を出しました。村の人たちは親切でした。

 私は信心深い人間でしたから、何か言い伝えやら……つまりは呪われたのではないかと疑ったのですが、村の人たちはそんなものはないと。嘘ではなかったと思います。ただ彼らを心配していた。


 結局調査員のうちの二人は、翌日には冷たくなっていました。もがき苦しんだらしく、搔きむしって畳がボロボロになって、辺りにははがれた生爪が散乱していました。僅かな血の交じった生々しい爪が、い草に突き立つようにあって、言いえぬ恐怖がありました。


 奇妙なのは、他の三人がいなかったことです。

 他の三人は、もっと奇妙な死に方をしていたのです。


 一人はすぐに見つかりました。川に浮かんでいたのです。八知屋村は山奥ですから、川も流れは穏やかで、浅いです。浮かんでいたというよりかは、浸かっていたと言うべきでしょう。

 もう一人は小屋で見つかりました。農具を置いていた小屋だったそうなのですが、そこが全焼していて、中から黒焦げになった人間が見つかったわけです。他の三人と違って自殺だと思われただけに、私は訳が分からなくなりました。


 最後の一人は夜縫神社で見つかりました。

 やはり蛇だったんです。彼の身体は蛇に食い荒らされていました。おかしいですよね?



 は? あ、あぁ……蛇がネズミを食べるところを見たことはありませんか? ライオンが肉を食べるのとは違うんです。蛇が鳥の卵を食べると言うのは、殻を割って中身を啜るわけではないですよね。

 蛇は、獲物を丸のみにするんです。

 蛇の顎は強力ではありません。大きく開く代わりに、かみ砕いたりは出来ない。


 私が神社へ行ったとき、蛇が齧っていたんです。今でこそほとんど視力は失われてしまいましたが、当時の私はすごく目が良かったので、これは確かだと思いますが、蛇の歯は人間のそれと同じに見えました。

 腕や足。へそから頭を突っ込んで、顔の穴という穴から蛇の胴体がうねり。


 血肉のにおいよりも、蛇の独特のにおいが感じられて恐ろしかったです。

 蛇たちは私に気が付いたとたんに、山の奥の方へ帰っていきました。


 私は見つけた最後の一人を。調査員の代表者であった彼をそのままにして、必死に神に祈りました。

 何か超常的な現象が起きていることは確かだったからです。

 恥を捨てて正直に話しますが、私だけは見逃して欲しいと祈りました。


 その願いが届いたのかはわかりませんが、私は今もこうして、生きながらえて……それどころか家族にこんな良い施設に入れて貰えています。

 

 そのあとのことは、実はそれほど覚えてはいないのです。

 

 村人は大騒ぎでしたし、私もどうにか村を出て近くの町から省の方へ連絡をして。気が付けば軍の方々が村にやってきました。

 彼らは遺体を運んで行って、私をおかしな機械で調べてから、すぐに戻っていきました。私は彼らが調査員たちのように体調不良を訴えるのではないかと不安でしたが、そんな人はいませんでした。

 ああ…………そうですね。もしかしたら、信仰心ではなかったのかもしれません。彼らの目的は、神社を破壊することではなかったので。いえ、それもまた信仰心なのでしょうか。


 軍は今言ったようにすぐに引き上げていきましたが、私は村に一日だけ滞在しました。罪悪感というんでしょうか。面倒ごとを持ち込んだ実感があって、一軒一軒謝罪をしたかったのです。

 今よりはずっと村人も多かったので、すべてを周ることは不可能でしたが、迷惑をかけたと感じたお宅には謝罪できました。


 …………それですべてです。私の身には何もありませんでしたから。不気味な蛇を見ただけで。




 


 ああ、お帰りになられますか。いえ、こちらこそ大したお話も出来ず。あなた方の望んでいた話ではなかったでしょう。

 ああ、そうです。最後に一つ、帰り際に気になったお話を。


 女の子に会ったのです。髪の毛が……いえ肌も異常に白くて。

 村人たちは彼女の一家は呪われているんだと話していました。私は調査員たちの死をそういったものだと思っていましたから、やっと村人の口から呪いという言葉を聞けて、何と言いますか、安心したんです。だから、記憶に残っていました。

 その女の子は、今思えば病気だったのでしょう。今言った通り、髪も肌も白くて、目が朱かった。病弱で普段は家に閉じこもっているそうでした。私が見た時はたまたま外に出て来たそうです。


 



 ☆




 八知屋村で起きた事件を確認するにあたって、この調書が役に立つと思われる。

 老人の話題に出てくる少女は、どれだけ調べても確認できず。老人が少女が実在した人間であるのならば、何らかの理由で記録が抹消されたか、あるいは何らかの理由で記録が消滅したか。

 君の調査によって当時の謎が明らかにされることを望む。


 また、老人は聴取が終わり次第抹消済み。


 特記事項として、老人が村を訪れた期間ですべての親族が不審死している。また、老人の抹消と同時に、彼の子から孫に至るまで死亡。曾孫は生存を確認。範囲が定められた何らかの呪いがあるものと考察できる。

 


 個人的な記述につき、確認後消去を。調査の前に親族に一度会っておくことを薦める。

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八知屋村奇譚 本居鶺鴒 @motoorisekirei

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