八知屋村奇譚

本居鶺鴒

 私がはじめてその村を訪れたのは、いよいよ戦争が始まったばかりの頃。今でこそひどい空襲の話ばかり聞きますが、最初の頃は快勝でした。

 九州の方の小さな村で、何かおかしなことが起きていると聞いて調査に行く余裕はあったのです。


 八知屋村。その村には、なにも変わったものはありません。

 他の日本中にある村と同様に、畑があり田があり。冬ですから茶色の土を見て想像するしかありませんでしたが、緑があればずっと綺麗だったでしょう。

 周りの地域にあるような棚田ではありませんでしたから、観光するほどでもない、やはり何もない村です。


 もちろん私はぼんやりと村を眺めに来たわけではありませんから、まずは村人に話を聞くことにしました。

 帝都に慣れていた私にはこの仕事が大変で、家を訪ねて話を聞こうとしても、一軒一軒がかなり離れている。たまに集まって建っていたりはしますが。

 訪ねても、そのことは加藤さんが詳しい、なんて言われて、ならば加藤さんはどちらに? と尋ねればガタガタの坂道の先の田んぼのさらに向こう。僅かに見えるボロボロの家を指差すのです。


 やっとのことで加藤さんの家を訪ねてみても、留守でした。


 聞き込みはその時点で切り上げて、ひとまず私は事件のあった神社を訪ねることにしました。


 神社。夜縫神社です。私は生涯この神社の名前を忘れはしないでしょう。



 当時は覚えていましたが……今となっては忘れました……神社は何かしらの理由で取り壊されることになっていました。

 その神社を取り壊す為に、測量……いえ、すみません……正確に何の目的だか定かではありませんが、準備に来た青年がいたそうです。


 村の人も神社を大切にする感情はありながらも、山奥にある、ほとんど誰も訪れないような神社ですから……特に反対することもなく受け入れていたそうです。

 行きやすい場所に別の神社があることからも、言葉を選ばなければ山奥にある夜縫神社は必要とされていなかったのです。


 そんな神社で事件があった……もうお判りでしょうが、取り壊すための準備に来たその青年が神社で死んでいたのです。

 それも奇妙な死に方で。


 右目はえぐり取られ、代わりに蛇の抜け殻が詰まっていたそうです。体内には小さな蛇が何匹も入り込んでいて、運ぶ途中に耳から白い蛇が抜け出してきて、近くにいた人間を噛んだらしい。噛まれた人も死んだなんて、まじめな顔で言われても、古い因習を信じているのは地方の村らしいとしか思えませんでしたが、どうやら本当だったそうで。


 神社は確かにさびれている様子ではありましたが、やけに綺麗で、階段を上った先の僅かな参道には落ち葉一つありませんでした。

 村人の話を信じるのなら、誰も手入れをしていないようです。


 神社からは周りが全く見られず、寂しいと思いましたね。高い位置にあるので、ひらけていれば景色が良かっただろうと。

 茂った木々が、完全に神社を別世界にしていたのです。


 風雨に晒されているはずの拝殿も痛んだ様子はありませんが、記録が確かならば百年以上はこのままのはずです。取り壊しの準備のために来た青年も、きっと不思議に思っただろうなと、そんな事を思いながらもひとまずは参拝しておきました。

 





 ああ……ああ……! 思い出しました。私はその時、蛇を見たのです。こちらをじっと見ていたから、不気味でした。事件のことを聞いていたこともあるのでしょうが、殺すかどうか、考えているようにも感じられて、だからいつも以上に熱心に、神に拝んだのでした。

 思えば、私が助かった理由はたったこれだけのことなのかもしれません。

 

 恐怖はありましたが仕事ですから、神社を見て周って。何もない事に安心して、私はひとまず村人の家に泊まりました。冬だと言うのに、なぜだか暑くて目が覚めては、身体を蛇が這っていたかのような錯覚に苦しみました。

 これは……あるいは後の私の恐怖によって捏造された記憶かもしれませんが、蛇の巻き付いたうろこの痣が、浮かび上がっていた覚えもあります。


 翌日には私以外にもこの件を調べるために何人もの人間が遣わされて、ただ、彼らは神社を改めて取り壊すことを目的としていたので、単に事件の調査に来た私とは少しばかり異なりました。

 この話をした人はみな、その目的が違うから私は生きながらえたのだろうと言いますが……やはり私は信仰心こそが私を救ったのだと…………は、はい……時折昔話として話したことはありますが……すみません……話してはいけなかったでしょうか?


 誰に話したかは、あまり覚えては……あ、はい……続きですね。



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