7. ジュテームで、オルヴォワール


〇部屋を歩く小さな足音。ベランダのドアが開く音。

「セシールちゃん、ここにいたの?」

「どうしたの、眠れないの?」

「うん」


〇ふたりが並んで窓から外を見ている。

きれいな三日月が見える。


「きれいな月だね。セシールちゃん、月を見ていたの?」

「昨日の夜ね、窓の下を見たら、クロードが立っていた。とてもさみしそうで、・・・・・・今夜も来ているかなぁって」

「そうかぁ。まだ答えを出すまでに、時間あるよね」

「そう。あと二日」

「心は決まった?」


「わたし、昨日、クロードの姿を見て、泣きそうになっちやった。愛をたくさんあげて、育てていこうかなと思った」

「でも、セシールちゃんはその気でも、クロードがまたふらふらして、愛が育たなかったらどうするの?」

「失敗してもいい。クロードとなら、失敗してもいいや、と思っちゃった」


「そうかぁ。ぼくも、ローズのためなら、失敗してもいいかな。ぼくもすぐには言葉が思いうかばないから、セシールちゃんみたいに言うことを考えていたんだ」

「何か思いついた?」

「うん」

「なに」


「ぼくの探しものが見つかった」

「それ、クロードのパクリじゃない」

「うん」

「オリジナルのはないの?」

「そういうの、下手だから。好きです、しか浮かんでこないんだよ」

「わたしは、考えたよ」

「なに」

「情熱的に、愛しましょう。どう?」

「おー、すごいね。びっくりした」


「わたしね、おばあちゃんになった時、若い時は愛に向かって情熱的に走ったんだよ、って孫たちに話してあげようと思って。ここで諦めるのは、つまらない。何もしないのは、つまらない」


〇ふたりは部屋に戻る。

シャンパンをグラスに注ぐ音。


「じゃ、セシールちゃんの愛とパッションに乾杯」

「ふたりの愛と、これから起きるたくさんのミスティクに乾杯」

「これから起きるミスティク? いいね、それ」

「パクった」

「誰から」

「ヘミングウェイ」

「だれ、その平民?」

「平民じゃないよ、ヘミングウェイ。文豪だよ。ノーベル賞っていう世界的に有名な賞をもらっている」

「そうなんだ。人間の世界は賞が多いね」

「そう。わたし達、賞が好きなの」

「そうだ、星に帰ったら、ぼくも賞を作ろうかな」

「賞?どんな?」

「『待っていてくれて、ありがとう賞』とか。ローズは時々、気の利いたことを言うんだけど、そんな時には『センスあるね賞』とか」

「それ、いいね。ローズも、王子さまに何か賞をくれるようになるかもしれないわよ」

「そうなったら、うれしいな」


「(ふたりで)じゃ、パリに、乾杯」

「で、どうやって星に帰るの?砂漠まで行くの?」

「ううん。パリから出発するよ。ぼくにはアイデアがあるんだ。今度はね、肉とか、チーズとか、たくさん食べて体力あるから、王子服のままで帰れるよ」



〇別れの深夜、セシールと王子は人のいないエッフェル塔まで来た。


「じゃ、王子さまは、エッフェル塔から出発するの?」

「ここから、ぼくは階段を上って上まで行くよ。そして、そこから飛び立つ」

「大丈夫?」

「大丈夫だよ。高いところは大丈夫。ぼくは星から来たのだからね」

「そうだったね」

とセシールが王子を抱きしめる。

「ジュテーム」

「ジュテーム」


「相変わらず、小さいね」

とセシールが泣きながら言う。

「星が小さいから、仕方がないよ。大きいと、落ちちゃうだろう。セシールちゃんは、相変わらず、口が悪いね」

「フレンチだからね、パルドン」


「セシールちゃんのことは、忘れない」

「わたしも王子さまのことは忘れないよ」

「地球を見るたびに、セシールちゃんのことを思い出すよ。楽しかったことを思い出すよ」

「わたしも。ローズさんと、仲良く、ううん、喧嘩しながら、はりきって生きて」

「セシールも、クロードと意地はりながら、情熱的に、生きてね。フレンチなんだから」

「ウィ。やってみるね」


「ぼく達はこういう生き方が似合っているんだよ、きっと」

「そうだね。でも、わたし達、愛する人を見つけたんだもの、すごいじゃない。愛する人が見つけるなんて、なかなかないことだもの」

「そうだね、きっと」

「オルヴォワール」

「オルヴォワール」



〇王子さまが去った後のアパート。


セシールは窓から夜空を見るたびに、あの広い空のどこかに王子がいて、こちらを見てくれていると思ったら、やさしい心になるのを感じてほほえむ。これって、歌にあったなと思いながら。


今夜も「ラ・メール」の歌が流れているけれど、セシールは泣いてはいない。笑っている。



             了


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王子とセシールのおだやかな日々 九月ソナタ @sepstar

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