八月二一日
三日四日ごとに逢阪に呼ばれては調査に同行するのが、今年の夏休みの習慣になっていた。調査内容は様々で、消えた選択教室、美術室にある二三年前の油絵の呪い、独りでに奏するピアノ等、子供っぽいとは思いつつも、飽きることはなかった。ただ、調査の結果、そこにあるのが凡庸な真実であるとわかる度に、逢阪は例の表現し難い表情をするのだった。逢阪と初めて会話した日から、一ヶ月が経とうとしている。光陰矢の如しと言うが、放たれた矢がどこに向かっているのか誰も知らないのだから、俺達のいる現在が、時より馬鹿らしく思えても仕方がない。
外ではしきりに雨が降っている。あと五日で夏休みは終わる。思えば、小中高と夏休みの最終日が漫画のように八月三一日であることはなかった。
逢阪が、俺の夏休みの過ごし方を間違いなく豹変させた。けれど、逢阪当人の問題は何も解決していない。俺はなぜ今日まで協力しているのか。俺は逢阪を止めるべきだったのか。度々ふっとそんな疑問が頭に過っては、自分のことなどわからない、ならば他人のことなどわかるはずがない、と思考を中断する繰り返しがこの一ヶ月続いた。
あの表情を見ると、俺は一生を通してずっと大きな思い違いをしている。そんな気が背中をさっと触れる。その感覚は段々と身を凍らせていくような恐怖を伴っていた。
この夏休みの調査は、逢阪の人生に関わる大事だと薄々気づいていながら、あくまで第三者を気取り、暇つぶしの知的遊戯に取り組むように手伝っていいものではなかった。責任を取れないのなら、退けばよかった。あの時逢阪を止めなかったのは、無責任でありたくなかったのではなく、責任を取りたくなかったからだ。「自分のことなどわからない、ならば他人のことなどわかるはずがない」ではなく「自分のことをわかろうとしない人間に、他人のことがわかるはずがない」というのが正しいのだ。これは、今日初めて出した結論じゃない。父を亡くして一〇年ほどしてからずっと頭の片隅に埋まったものだった。それを逢阪との出会いが掘り出したのだ。逢阪のことをただ変人だと片付けてしまうのは、俺が父にしたことと何も変わらない。普段自己嫌悪はしないタイプだが、逢阪は同じく矮小な人間に過ぎないことを、どこかで忘れようとした自分には腹が立つ。初対面は確かに異質だった。けれどあの表情も、声も、仕草も、全部が一人の人間を目一杯に表し続けていたはずだ。俺に何ができるのか、思いつくままにでもやってみる責任があるだろう。
しかし、行動しようとしても何も思いつかない。ただ、なんとなく逢阪からの連絡がありそうだなとスマホを手に取ると、待ってましたと言わんばかりにスマホが振動してメッセージの受信を通知したので、アプリを開いた。
➔逢阪
逢阪 :三日後一〇時
加里屋:今回はなんだ
逢阪 :わからない
加里屋:どういうことだ
逢阪 :まだ決めてない。けど、調査は最後になる
加里屋:その日で決着がつくのか
逢阪 :それもわからない。ただもう終わりにしたほうが良いと思ったから
逢阪の調査は、夏休みの終わりに伴って幕が下りる。そんな力学が働いているのだ。なんとなくそんな気がしていたが、今決心したばかりの俺にとって、それはまずい。
俺は、贖罪の意を込めて、あることを提案した。
加里屋:俺の祖母から聞いた話がある。それを話したい
逢阪 :それは、調査と関係あるの?
加里屋:あるはずだ
逢阪 :わかった。最後だし聞いてあげる
なんとか約束を取り付けた。しばらく寝転んで、ふとカーテンを開けてみると、雨は止んでいて、窓を通り抜ける蝉の鳴き声に気がついた。
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