八月二六日
逢阪から連絡が来たのは二日後、夏休み最終日だった。待ち合わせは学校から五分ほど歩いた先にある喫茶店。俺が指定したが、大した理由はない。喫茶店と言っても雰囲気ある純喫茶ではなく、あくまでチェーン店だ。それでも、学校の近くなので分かりやすい上に、冷房が効いているのは確かだろうと思っただけである。
十時の待ち合わせのところ、その二分前に着いたが、丁度逢阪も同じタイミングだったらしく、後ろから不意に声をかけてきて驚いた。すると逢阪はくすくすと意地悪く笑った。それを睨みつつ入店すると、中は期待通り涼しい。ただ、コーヒーの芳しい匂いよりエアコンの臭いがするのは、少し残念ではある。
二人席に案内されて席に着き、そのままコーヒーを二人分注文しようとしたが、逢阪が甘くないと飲めないと言うので、一杯はミックスジュースになった。そんな一面もあったのかと、なんだか面白く感じて笑うと、逢阪はいじけるようにそっぽを向いた。可愛いと思ってしまったが、口には出さない。店員が去っていき、暫く談笑していたが、頃合いを見計らって逢阪の方から話を切り出した。
「やっぱり私の調査は一先ず今日で終わり。でも、これからも科学を監視するのは止めない。私は一生をかけて科学に正面から向き合い続けるの。それが結論かな」
「そうか……俺も父について、それから医者という職業について改めて考えてみる。それで結局何も変わらなかったり、わからなかったりしても、無意味ではないはずだ」
「うん。忘れないでね」
「何を?」
「今そう決めたこと」
俺は頷いた。
「ありがとう、ここまで調査を手伝ってもらって。まさか最後まで一緒にいてくれるとは思ってなかったから」
「今でもそれは謎だな。けど逢阪と出会わず、この夏休みがなかったら、俺は父を過去に葬り去ったままだったかもしれない。だからこちらも感謝してる。ありがとう」
ここで、注文したミックスジュースとコーヒーがやってきた。俺はコーヒーを一口飲んだ。
「それで、これからのことなんだが」
「どうしたの?」
「調査は終了したが、これで会うのは終わりだというのも寂しいから、出来れば学校に度々来てくれると…助かる」
逢阪は少し間をおいた後、今度は大袈裟に声を出して笑った。
「もちろんいいよ、なんなら毎日でも。私もそうする予定だったし。これからもよろしくね、鎬」
このとき、俺は目の前にいる逢阪という女の子について、一切知らないことを悟り、それがまた、これ以上ない喜びのようにも思えた。
朱炎のダイナミクス 葭生 @geregere0809
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