王都の義賊 2
夜、わたしはさっそくリッチーがプレゼントしてくれたアイマスクを試してみた。
リラックスできるというリッチーの言葉通り、アイマスクをつけた途端に、体から疲れが取れたような不思議な感じがする。
……あら、これはなかなか優秀かもしれないわ。
アイマスクをつけている目元がほんのり温かくなって、気持ちがいい。
今夜はアイマスクをつけたまま眠ってみよう。次の日、目元の疲れが取れているといいな。
それにしても、ちょっと真面目にお勉強をしただけて目が疲れるとか、わたしに染み付いた怠惰加減はどれだけなのかしらね。
情けなくなるが、難しい本を十五分読むだけで脳がシャットダウンをはじめるという、いらない残念スキル(?)まで備わっているマリアである。
今のところ教科書ではその残念スキルは発揮されないが、脳や目に負荷がかかっているのは間違いないだろう。
このまま真面目にお勉強を続けていたら改善されるといいのだが、永遠にこのままだったら悲しすぎる。
こんなにお勉強ができないのに、ルーカス王子に粉をかけてあわよくば未来の王妃になってやろうと考えていた過去のわたし、アホすぎだろう。万が一、いや、億万分の一の確率でルーカスが選んでくれたとしても、王妃教育についていけるはずがない。どう考えてもわたしに王妃なんて無理だ。
今のわたしは自分のスペックを正しく理解していますからね! そんな高望みは、絶対にしませんとも。
……ああ、それにしても、なんだかとってもいい気分だわ。
アイマスクの効果だろうか。
軽い酩酊状態のような、ふわふわした気分になって来る。
前世のわたしは、仕事のストレスで夜はお酒を飲まないと寝付けない体質になっていた。
あのときも、毎夜こんな風にふわふわした気分でベッドに入っていたなあと思い出す。
……わたし、前世の自分の死因が思い出せないんだけど、もしかして寝酒を大量に飲んでそのまま朝目覚めなかったパターンとかじゃないかしら? うわっ、さすがに恥ずかしい‼
これは考えてはダメなやつだ。よし、忘れよう。
ふわふわといい気分のわたしは、ゆっくりと夢の世界に引きずり込まれる。
なんだかいい夢を見られそうだと思ったわたしは――思いがけず、懐かしい夢を見ることになった。
――眼下には、見覚えのある一Kの狭い部屋が広がっていた。
玄関を入って数歩の短い廊下の先には狭いキッチンがあって、その奥に八畳ほどの部屋がある。
ベッドとテレビ、そして小さなテーブル。そんな些細な家具に彩られたこの狭い部屋が、前世のわたしの城だった。
これは夢だろう。そうに違いない。
だって、視線の先には、前世のわたしがテーブルの前に座って、プッシュとビールの缶のプルタブを開けているのが見える。これが夢でなければなんだとういのだろうか。
見るでもなくテレビをつけて、ベッドに寄り掛かるように座って、コンビニで買った唐揚げをつまみにビールを煽る。
……こうして客観的に見ると、まるでおっさんね~。
どうやらこの日はよほどイライラしていたのだろう。
ぐーっと勢いよくビールを飲み干すと、ベッドの上に投げてあったスマホを手に取った。
そして、テレビをBGMにゲーム「ブルーメ」のアプリを起動させる。
このときのわたしは、いったい誰を攻略していたのかしらと気になって、わたしはそーっと前世のわたしの背後に回った。
手元のスマホを覗き込んで、ああ、ヴォルフラムを攻略中だったのかと笑う。
ということは、わたしが「ブルーメ」をはじめて、まだ新しいときだろう。
ブルーメは最初に四人の攻略対象が用意されていて、それぞれをクリアすることで次の攻略対象のルートが開けていく仕組みだ。
わたしは律儀に四人全員をクリアして、それからそれぞれのルートでゲットした新しい攻略対象ルートをプレイしていったので、ヴォルフラムを攻略中ということは、まだゲームをはじめて半年も経っていない時期だろう。
……懐かしいな~。
わたしの「ブルーメ」歴は長い。
記憶にあるだけで七年はプレイしていただろう。
なぜなら、このゲームができてすぐにプレイしはじめたので、ほぼ最初からずっとお付き合いしていたと言うことになる。
……おっ、ヴォルフラムルートでも、最初のあたりじゃない。今から初デートイベントね!
わたしが選んだヒロインのデート服は、ふんわりとした可愛らしいピンクのワンピースだった。派手なアクセサリーはつけず、リボンで髪をまとめている。
……うんうん、ヴォルフラムは下の弟妹がいないから、ちょっとお兄ちゃんぶりたいタイプなのよね。だから妹キャラっぽい感じの服が、一番好感度が上がるのよ!
ヴォルフラムとの初デートは、王都の劇場にオペラを見に行くのだ。
……オペラか~、いいな~、今度行ってみようかしら?
無性にオペラが観たくなって、お兄様でも誘って劇場に行ってこようかと考えていると、ヒロインとヴォルフラムが劇場の玄関前に到着したところで――出たよ。わたしが!
『おーほほほほほほ‼』
うん、この高笑いは、悪役令嬢マリア・アラトルソワのトレードマーク、というかもはやBGMだったのよね~。
マリアが登場するときは、必ずと言っていいほど高笑いからなのがお約束だった。
『奇遇ですわねヴォルフラム!』
うん、奇遇なんかじゃなくて、ヴォルフラムとヒロインがデートするって聞いて待ち伏せしていたんでしょう?
こうしてゲームの「マリア・アラトルソワ」を見ると頭痛がしてくる。
前世の記憶を取り戻さなければ、わたしは近い将来、こうなっていたのだろうか。ぞっとするわ~。
あきれて画面を見ていると、いくつかのやり取りのあとで、ヴォルフラムがヒロインをかばってマリアに向かって厳しい言葉を投げかける。
すると、マリアは顔を真っ赤に染めて怒り出し、捨て台詞を吐いた。
『ふんっ! 偽善者ぶった王女様なんて、白獅子に攫われてしまえばいいんですわ‼』
……うん?
今のマリアの捨て台詞の何かが、頭の中に引っかかった。
悩んでいると、急速に目の前の光景が白い霞がかかったように薄れていく。
……あれ? もう終わり?
どうやら、夢の世界も終わるらしい。
――ハッと目を覚ましたときは、朝だった。
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破滅回避の契約結婚だったはずなのに、お義兄様が笑顔で退路を塞いでくる!~意地悪お義兄様はときどき激甘~ 狭山ひびき@広島本大賞ノミネート @mimi0604
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