弟が家族になった【心春side】

 "心春コハルに可愛い弟が出来るわよ"


 再婚する母が、私にそう言った。

 相手の男性、つまり父になる人の連れ子は私と同じ高校生。


 見せてくれた写真は中学の頃のものらしく、可愛い男の子が写っていた。


「最近はあまり写真撮らせてくれないんだって」


 それで中学時の写真。

 わかる、わかる。私も親に撮られそうになると逃げちゃうもん。


 写真で記憶した少年と、初めて対面した時。

 直近の写真じゃなかったことを、激しく抗議したくなった。


 菊池早翔ハヤト


 私の新しい弟は。

 見上げるほどの高身長で、男らしく整った顔面の持ち主だった。


(ふぅわあああああっつ?? こんなの、聞いてない!!)


 異性という感じがガンガンにする。

 広い肩幅、筋肉質な腕。成長期にしっかり育った同年代がそこにいた。


 嘘でしょ? こんなのと同じ空間でこれから生活するの?! うちの親と相手の親は、子どもの情緒なんだと思ってるの?? まさか大丈夫だと思ってるの? どっちも年頃の男女だよ?!


(私自身が中学の時とあんまり変ってないから、思い切り油断してたわ)


 菊池くん……、あ、私も菊池になったんだっけ。

 早翔くんは平然としてる。


(なんでアンタも異論を唱えんのじゃーいっ)


 とはいえ、ずっと頑張ってきた親が幸せそうに笑っていると、文句なんて言えないよね。私もそう。

(はっ、それともこんなチビは対象外ってこと?!)


 私が平均よりちょっと低めの身長なので、まだ幼く見えることは認めるけどもさぁ。年は立派な女子高生なのですよ。

 でもって私が"姉"なのですよ。11か月先に生まれてますからね。


(一緒に住むって本気なの?)


 呆然としている間に諸々の挨拶が終わり、二階の部屋を割り振られた。

 彼の隣。


(親ども~~! 危機感足りなさすぎんか?!)


 あああああ。もうもうこんなの、慌ててる私だけが馬鹿みたいじゃない。


「"お姉ちゃん"って呼んでね」


 私に出来ることは、ヤツを意識しないよう家族になってしまうこと。

 にっこり笑って、早々に防護壁を作った。


 そして決意した。

 "早く好きな人を作ろう"と。


 弟相手に、おかしなことにならないように。



 そう思ったのに。


「……なぁ心春コハル、あのカレーって食わねぇの?」

「"お姉ちゃん"って呼んで!」


 この愚弟は何度言っても、呼び方を改めやがらないんだわ。

 やや精悍な低い声で、私の名前を呼び捨てるんじゃない! ゾクゾクしちゃうでしょーが!

(思いっきり好みな声とか! どうしてくれんのよ、もうっ)


 ちなみに今の問いは、私が部屋に飾っている、レトルトカレーに対しての質問だ。

 どうやら狙っているらしい。育ち盛りめ。


「食、べ、な、い! 手を出したら承知しないからね!」


「てか、どうしてずっと飾ってんの?」


 うむ。もっともな質問。


 それはね、プレゼントで貰ったカレーが「中辛」表示だからだよ。

 中辛って甘口に近いものと、限りなく辛口に近いものがあって、迂闊に手が出せない。お子様舌の私に、後者が当たると哀しいことになっちゃうのだ。

 でも食べたくはある。

 つまり今は覚悟のための猶予期間ね。


 しかしそんなことより。


「! っ、関係ないでしょ。乙女の部屋のぞかないでよ」


 ナチュラルに他人ヒトの部屋に入って来る距離感を問いただしたい。が!


 早翔くんは今まで男子校だったそうで、男女の距離にニブいことが、これまでの観察で分かっている。


 そういう子ってフツー女子に免疫無くて遠慮せんか? と思ったのだけど、彼の精神年齢は見た目よりずっと少年だったのだ。

 私だけ一方的にドキドキしてるとは、悟られたくない。


 意に反して火照ってた頬を感じてると、見た目にも出てたらしい。


「なんで真っ赤に……。はっ、もしかして彼氏からのプレゼントとか?」


 続いた言葉に、心臓ココロが跳ねた。


 彼から"彼氏"という単語を聞いて、こんなにビクつくなんて。

 私ちっとも平常運転できてない。


 誤魔化すようにカレーについて講釈を垂れながら、早翔くんを部屋から追い出した。

 かなりカレーにご執心のようだった。まあね、1000円のカレーとかどんだけ美味しいんだろうと思うよね。甘口だったらなぁ。



 とにもかくにも日常生活が危うい私は、さくっと恋人を……そんなに簡単に出来たら、苦労なんてしない。

 ともあれ努力はしないと。


 いいなと思ってる男子ひとはいるのだ。

 カレーをくれた有野 勇くん。人当りの良い性格で、落ち着いてるし。

 とりあえず彼についての情報を集め……。


「有野くん? 他校に彼女いるよ?」


 終わったぁ──!!


 即終了でした、はい。

 彼女持ちに手を出すなんて、絶対やっちゃいけない。


 これは失恋? 失恋になるのかな?


(貰ったカレー、さっさと食べよう)


 そうして帰宅して口にしたカレーは、予想通り私には辛くて。


 泣きながら食べてたら、早翔くんも帰って来た。そして涙に驚かせてしまった。


 辛くて泣いてるなんて、幼い子供みたいで恥ずかしい。

 咄嗟の私の口から、出た言葉は「失恋した」という言い訳だった。


 びっくりした。めっちゃ気を遣われてくれて、こんなに優しかったんだと危うくほだされかけて……。


 ダメダメ、弟なんだから。

 え? "カレー巡り"?


 そうね、いい機会かも。一緒に出掛けて免疫つけて、完全に"家族"と割り切れちゃえば。


(よっし、頑張るかぁ!!)



 その時はまさか、向こうが私を意識しはじめ、積極的にグイグイ来るようになるなんて、予想もしてなくて。

 両親だけでなく私たちも、夫婦という家族になっちゃったことについては……。


 人生ってわっかんないよね──って思ったのだった。

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菊池家にはカレーの祭壇がある みこと。 @miraca

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