第61話

「私のドレス?」


「あぁ。結婚式のドレスだ。あれは俺が作った。確かに今までで、一番時間が掛かったかもしれないな。あれ?言ってなかったか?」

レナード様はその時を思い出しているかの様に顎をさすった。


「初耳です!あの時、徹夜でドレスの仕上げを頼まれたお針子達を案じたのですが……まさかレナード様本人が刺繍をしてくれていたとは……。とても素晴らしい刺繍にあの日感動していたのを覚えています」


「ハハハ!女性のドレスに刺繍をするのは初めてだったが、喜んでくれていたのなら良かった」


最近特に笑顔の多くなったレナード様は声を上げて笑った。

この人は自分が頑張った姿を、他の人に見せびらかさない。剣の訓練も、体を鍛える為の訓練も……そして集中力を磨くために始めた刺繍も。どれも物凄い成果を上げているのに、まるで事も無げにやってのけた様な顔をして……本当は凄い努力をしているのに。


「あのドレス……元々私の宝物に……と思っていましたが、ますます大切なものになりました」

私は微笑んで手の中にあった真っ白な刺繍糸をレナード様へと差し出した。


「ん?白か……。他の色はまた今度探すのなら、一緒に選ぶぞ」


「いえ。やはり白一色にしようと思います。でもこの刺繍はレナード様にお願いしたいと思いまして……」

私の言葉にレナード様が不思議そうな顔をする。


「俺が?なんだ、刺繍して欲しいものでもあるのか?」


「はい。私があのドレスを一生大切にしようと思えた様に、宝物になるようレナード様に刺繍していただきたいのです」


ますます不思議そうな顔のレナード様は私に尋ねる。


「それは構わんが、何に刺繍すれば良いんだ?ハンカチか?それとも……またドレスか?夜会用とか?」


「いえ……。おくるみです。白いおくるみに白い糸で。その子がこの世に生まれてどんどんと人生が色付く様にと願いを込めて。……それが父親から贈られた物だと分かればきっと、その子の宝物になります」


私の言葉をレナード様は反芻した。


「父親から贈られた物……父親から……父親…………ッ!!!」



そしてパッと私に目を合わせて、私の両腕を掴む。


「ま、まさか?!エリン……君……に、妊娠したのか?」


高すぎる背を曲げて、私を覗き込んで言葉の真偽を確認するかの様に尋ねた。レナード様の瞳の奥には期待と不安が入り混じった様な色が浮かんでいる。

喜んでくれるかしら?


「はい……。喜んで下さいますか?」


「あ!当たり前だ!!あ~そうか!!なんて素晴らしい日なんだ!」


レナード様はそう声を上げて、思わず私を抱き締めようとしてまた動きをピタッと止めた。とてももどかしそうだ。


「フフフ。さぁ、レナード様早くお着替えに戻りましょう」

私はその様子に笑みがこぼれた。


「ああ、そうしよう。そして君を思いっきり抱きしめるぞ!」

と何故か決意宣言を高らかにしたレナード様と、作業部屋を後にした。





長い冬が終わり、春の気配が辺境伯領を包みこんだ。領民達も何だか嬉しそうで笑顔に溢れている。



私は花がたくさん咲いている丘に座り込み、花を編む。


不器用な私の花冠は何故か少し歪だ。私の横でレナード様は物凄く綺麗な花冠をせっせと作っていた。

私の周りには小さな白い毛並みの狼と銀色の毛並みの狼がちょこちょこと走り回っている。

三匹のうちの白い一匹が私の膝に乗ろうとして失敗してコテンとコケた。


「あらあら。私の大きなお腹が邪魔でお膝には乗れないのよ。これで我慢してね」

私は作った花冠をちょこんとその頭に乗せた。

それを見た残りの2匹も、こちらに走って近付いた。

レナード様もその二匹に自分の作った花冠を乗せる。

それを白い大きな狼が見守っていた。


子狼は上手に花冠を乗せたまま。今度はその白い狼の周りを走り回る。まるで『良いでしょう?』と見せびらかしている様だ。


私とレナード様は並んでその様子を眺めながら微笑んだ。


「私の花冠を乗せた子は……ハズレですね」

自分の作った歪な花冠とレナード様の花冠を見比べて私がそう言うと、


「味があって良いじゃないか。皆嬉しそうだ」

とレナード様は目を細めた。


すると、森の奥から銀色の大きな狼がゆっくりと近付いて来た。


「セルも来ましたね」


「あいつも意外と過保護だ」


「レナード様に似たのかしら?」

私がからかう様に笑えば、レナード様も笑顔になった。


セルは白い狼の横に来ると、その狼にスリスリと顔を擦り付けた。


「フフフ。仲良しですね」


「あぁ。あいつにあんな一面があるとは驚きだ」

そう言いながら、レナード様は私の大きなお腹を撫でた。


「早く会いたいな」

レナード様の顔が柔らかく緩む。


「そうですね。私も凄く楽しみです」


春の暖かな風が私の頬を撫でる。


全てはハロルドとの婚約解消から始まった。

私はその時の事を思い出そうとしたが、既にもう遠い昔の様だ。


私は頭を緩く振った。


「どうした?」


「いいえ、なんでもありません」


私は未来に向かって微笑んだ。




               ー Fin ー

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婚約者の貴方が「結婚して下さい!」とプロポーズしているのは私の妹ですが、大丈夫ですか? 初瀬 叶 @kanau827

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