運命共同体

サクヤ

運命

 兄と妹は同じ時期に風邪を引き、同じ時期に怪我をして、同じ時期に友達と喧嘩をした。


 まるで、運命共同体のように───。


 極一般的な家庭環境に育ち、大学を卒業し、年齢も20代後半になろうとしていたある日、妹からメールが届いた。


『夫が浮気をしていました。相談したいことがあるので、来週会えませんか?』と。


 兄ユウスケは妹マフユの相談内容を聞いて驚いた。


 何故なら、先日ユウスケ自身も同じ体験をしていたからだ。



 ユウスケは居酒屋の座敷でマフユと落ち合うことにした。


 当日、ユウスケが座敷で待ってると、妹のマフユが姿を現した。


 結婚してからというもの、染めていた髪を黒に戻し、服装も清楚な色合いの落ち着いたものへと変わっている。

 元々スタイルも容姿も整っていただけに、今でも大学生で通じるレベルだ。


 それを曇らせていたのは、涙で濡れた赤い目元だった。


「久し振り、ユウスケ君」

「久し振り、マフユ。取り敢えず座れよ、ビール頼むから」

「うん」


 ビールがくるまでの間、ユウスケは何を話せばいいか迷っていた。マフユもユウスケに迷惑をかけるんじゃないかと不安でいっぱいだった。


「俺さ、マフユに言わないといけないことがあって……」

「えっ……?」

「これ見てほしいんだ」


 妻の浮気現場を撮った画像を送ると、マフユは目を大きく見開いて驚いていた。


「アヤカさん!? えっ、この、キスしてる風な相手って……?」

「浮気相手だよ。俺達、また時期が被ったのかもな。よく出来たドラマだと、それぞれのパートナーが浮気してるパターンが多いけど、流石にそこまではなかったみたいだけどな」


 ユウスケが自嘲気味に言うと、ここに来て初めてマフユがクスリと笑った。



「ふふ、私達、浮気される時期も一緒だなんて、本当に運命共同体だね」

「そうだな、こんなにも似通ってるのに……道は別々だもんな……」

「今は……一緒の場所にいるよね?」


 何を意味するでもない言葉が、マフユの口から漏れ出た。


 その言葉は、ユウスケの内面に疼きとなって残り、少しずつ何かが芽生え始めた。


 どう答えたらいいか分からず、暫く無言でビールを呷り続け、程よく酔いが回ったところでお会計となった。


「駅まで送るよ」


 ユウスケの申し出にマフユが嬉しそうに頷いた。


 駅に着いて、ユウスケとマフユは立ち止まる。


「ユウスケ君……」


 マフユは生まれてから一度も『兄』と呼んだことはない。


 ユウスケがそのことについて気にしたことはなかったが、先程マフユに植え付けられた疼きが兄の心を蝕んだ。


 居酒屋で会話が弾んだわけでもないのに、マフユの心はとても晴れやかであり、とても暖かった。


 双方にとって、駅の先へ進めばまた疑念を抱く毎日が待っている。


『本当に妻として愛してくれているのだろうか?』

『本当に夫として見てくれているのだろうか?』


 どちらともなく、手が自然と触れ合った。


 数秒だけ兄妹として普通の握り方をしたが、すぐに指と指を絡めるような握り方になった。


 マフユの頭がユウスケの肩に軽く乗せられた。


 微笑むマフユの仕草と、肩口からチラリと覗く谷間がユウスケの胸の奥を鷲掴みにした。


 2人はそのまま駅とは反対方向へ歩き始めた。


 繁華街を通り、気付けばピンク色のライトに照らされた通りに出ていた。


 立ち止まった2人。


 1分も迷わなかった。


 理性は少しずつ溶けていく────。


 高校生ぐらいになると、その施設がどんな役割を担っているかなんて理解している。


 特殊なアメニティがあったり、奇抜な色の玩具、変な形状の椅子等があったりしたが、内装は割と普通のホテルだった。


「私、シャワー浴びてくるね」


 マフユはそう言って浴室へと向かった。


 少しして戻って来たマフユをユウスケは直視することはなかった。


 気を抜けば、そのまま理性が飛んでしまうからだ。


 相手が先にやったこととはいえ、これから行う行為は不貞そのものだ。


 心は汚れてしまっても、せめて身体だけは綺麗にしておきたかった。


 シャワーを浴びたあと、マフユが我に返るんじゃないかと不安を感じていたが、きちんとベッドに腰掛けてユウスケを待っていた。


 バスローブに身を包んだ妹の姿に、ユウスケの鼓動は限界寸前。


 暴走してはいけないと、僅かに残った理性でマフユの隣に座る。


「ユウスケ君……」


 マフユがユウスケの身体に抱き着いた。


 重みでそのままベッドに倒れ込み、至近距離で見つめ合う体勢になる。


「ユウスケ、君……」


 もう一度、兄を誘うように名前を呼んだ。


「マフユ、いいのか?」


 ユウスケに罪悪感を植え付けてはいけないと考えたマフユは、答えの代わりに自らユウスケの唇にキスをした。


 触れるだけのキスから、濃厚なキスへ。


 器用にバスローブを脱ぎ捨て、生まれたままの姿で触れ合い、そして1つになった。


 妻の浮気現場を目撃してからというもの、ユウスケは意気消沈気味でそういったことをする機会がほとんど無かった。


 それ故に溢れんばかりの生命力がみなぎっていた。


 対する、マフユの身体も同様に神秘を再現する為の準備が整っている。


 血が繋がっているからこそ、相性も絶大だった。


 2人は同時にピークに達した。


「マフユ、愛してる」

「私のほうがユウスケ君を愛してるよ?」

「いや俺だろ」

「ふふ、私だってば〜」


 ユウスケもマフユも、愛に上限があると考えていた。


 だが、今感じているのは限界の見えない程に高く広く暖かな愛。


 喧嘩をすることもある、仲が悪くなることもある、それでも何故かこの愛だけは悠久に至るまで続くと2人は確信していた。



 ☆☆☆



 数年後────。


 ユウスケとマフユはすぐに離婚し、2人は田舎で家庭を持つこととなった。


 法律上、兄妹である2人が結婚することは出来ないので、事実婚という形に落ち着いた。


 それぞれに子供がいたなら色々と拗れた可能性があったけど、慰謝料を受け取ることで簡単に決着が着いた。


 それよりも問題だったのが両親だった。


 ラブホテルでの行為でデキた子供をどう説明したものかと悩んでいた。


 一応、そこそこ怒られはしたものの、両親はユウスケとマフユの子供の誕生を喜んだ。


 朝、会社に出かける前、マフユが子供を連れて玄関まで来た。


「ユウスケ君、いってらっしゃい」

「まだそんな呼び名を……」

「他の呼び方はポリシーに反しますので」

「ポリシーってなんだよ。まぁいいや、行ってくるよ、マフユ」

「あっ」

「どうした?」

「今、この子が蹴ったみたい」


 マフユはそう言って、愛おしそうに大きく膨らんだお腹を撫でた。


 実は既に2人目がそのお腹に宿っている。


 マフユのお腹までしゃがんで行ってきますの挨拶をする。


「行って来るよ、えーっと……」

「名前、考えといてね」

「色々本を買ってくるよ。帰ったら一緒に考えよう」


 ユウスケは子供とマフユに行ってきますのキスをして会社に向かった。


 扉を開けたことで玄関に射し込む朝日が、ユウスケとマフユを照らし出す。


 まるで、2人の愛を神が祝福しているかのように……。

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