第4話・張りぼての子供の家 後編

 結果を先に言うと、私のビ行は失敗しました。

 お姉さんは丘をノボったり、オりたりをクり返したり、ニワに設置してあるブランコをコいでアソんだり、空にウかんでいるクモをナガめていたりしていました。

 う〜〜ん。これは私をサガしているのでしょうか?

 それより、もうフ通にアソでいますよね。

 本当に私をサガしている場合、アキめていますよね。

 もしかして、私をサガしているのをワスれている可能性もありますよね?

 これじゃあ、理由をツき止められないじゃないですか。

 まあ、よくよくカンガえてみると、ビ行でお姉さんがワラった理由と私一人でお店に来てホしい理由をツき止めることは、サイ初からできませぇ……ん。



 チュンチュン。

 小鳥のさえずりが聞こえる。

 空にウかんでいるクモのスキ間から、天使のハシ子がオりる。

 幻ソウ的なウツしさが、まだまだマブしい太ヨウの光を包み込む。


「う、う〜ん」


 夕グれ時の太ヨウの光を浴び、小鳥のさえずりを聞きながら、重いまぶたを開ける。

 ネム気が少しノコっているから、目を少しだけコスる。少しだけなのは、お母さんから「目をコスると目がワルくなる」と、言われたから。


「ふぁ〜、よくネた〜」


 ……え?

 夕グれ時の太ヨウの光? 小鳥のさえずり?

 重いまぶた? ネム気? よくネた?

 ……私、ネてた!?

 え? 私、ネてたの……?

 ね、ね、ネてたーーー!!!

 え、あ、ネてた。

 ネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてたネてた。


 ……………オワってしまった。

 おサッしの人もいるでしょう。

 はい、ここで私のビ行は失敗しました。

 ここから打開するには、もう本人に聞くしかないですね。

 ネる間を惜しんでカンがえた作戦のストーキング……じゃなくて、ビ行が失敗してしまった。

 その事実を背負って、本人に聞こう。

 そう思った時には、お姉さんはカエっていました。

 開けたところにあるブランコのザバンが、少しだけユれている。

 オソすぎた。

 あまりにもオソすぎた。

 知らぬ間に。気付かぬ間に。ネている間に。

 ト中でネムってしまった時にカエっていますね、これは……。

 ポツン。

 このギ音が、似合いすぎるほど立ちツくす。

 この場所が西部なら、草の玉と呼ばれているタンブルウィードが、私の目の前をコロがっていくのかな……。

 木から落ちたハが風に乗って、大空にトんでいく。

 そして、空にウかぶクモにぶつかり、その動きを止める。

 ……もうこんな時間だし。カエろう。


 草むらから立ち上がり、服に付いた土を払い落とし、キロへとつく。

 いつまでも変わらない草むらをフんでススむカンカクをカンじながら、

 家の前に着いた時、ゆっくりと西にシズんでいく太ヨウを見上げる。

 そして、シセンを空から地上にモドす。

 私の家の周りには、サクが立っている。

 カバの木で出来た高いサク(五メートルくらい?)が、私の家をカクすように立っている。

 そのサクの向こうに、何があるのかは知らない。

 私が物心ついた時に、お父さんとお母さんは私に「あのサクの向こうには、キケンな動物がいっぱいいるんだよ。だから、あのサクの向こうには行ってはいけないよ」と、言いました。

 でも、私は気になりました。

 何故なら、動物がいるならナき声が聞こえないのが不自ゼンだから。

 もしかしたら、私がサクをコえた時、気づかれないようにシズかにオソうために……かもしれない。


「おかしなことがいっぱい」


 私はそうツブヤく、思っているとおりに、気づかぬうちに、口にだした言葉をツブヤく。

 サクの向こう側のことをカンガえていたら、空は暗くなっていた。

  私はフり返り、家に向かってカけていく。

 歩いたり、カけたりした芝生に生えていた草がフまれて、折れるようなことは一切起こっていなかった。

 少女はトビラを開け、元気よく「ただいま」と言った。ムジャ気に、アイらしく、可ワイらしく、ジュンスイな、ウソイツワりのない笑ガオで。



 「とぉーう」


 少女はベットに向かって、トび込む。

 ベットに広げられた毛布が、少女をヤサしく受け止め、ヤワらかさで包み込む。

 少女は布団にカオをウズめる。

 そして、息を吸う。少女は一日のオわりに、いつも通りに、空にウかぶ太ヨウのしたで干された布団の香りをカぐ。

 少女はそのままネムりにツく。


「スゥー……スゥー……」


 暗くネシズまった部屋に、少女のネ息がマドから入ってくる夜風と一緒にタダヨう。


 花々が咲きホコり、太ヨウがカガヤき、空は雲一つなく晴れて、風は心地よく吹いている。

 遠くで小鳥がナき、動物たちがワを作りオドる。

 幻ソウ的でウツしい絵画のような光景が、目の前に広がっていた。



 ーー違う、余りにも違いすぎる。


 余りにもーー都合が良すぎる夢。


 余りにもーー嘘で塗り固められた光景。


 余りにもーー不自然な現実。



 そんな夢の中で、私は目をツムる。

 夢から覚めるために、現実を見るために、私は目を背けてはイケナイ現実に向き合うために。


 そして、少女は目を覚ます。


 ・・-- ・- ・-・-・- ・- ・-・-・- --・-・ ・- ・-・-・-



 ーー目の前に広がる無慈悲な現実を見るために。

 ーー目を背けてはイケナイ光景を見るために。

 ーー殻を被った偽りの世界ではなく、殻を破った先にある真実の世界を見るために。


 少女は目を開ける。

 目の前で、燃やされている両親を見るために。


「「ァァ……アァ……ァ……」」


 小さな声が、少女の耳にトドく。

 それは、床にタオれながらモえている両親から発せられていた声だった。

 二人の目には、黒く深い海のオクを連ソウさせる穴が空いていた。

 お母さんの自慢だったオレンジ色の髪は、花火のように燃える。

 お父さんの自慢の大きな手は、今や骨が見えるほど細くなる。



 ーー本当なら、余りにも目を背けたい現実。


 ーー本当なら、余りにも悲惨な家族の光景。


 ーー本当なら、余りにもおかしな出来事。



 ……おかしすぎる、違いすぎる。

 目の前で行われている行為を否定したい。

 やめて、と言いたい。


 目の前に立っているお姉ちゃんに、そう言いたい。


 お姉ちゃんは、右手に薪割り用の斧を持っていた。

 私が動かないでいると、お姉ちゃんは手に目を持っていた。

 どちらも緑色の目。

 私の両親の目。

 それを口に持っていき、口に含む。

 プチュン。

 そんな音が鳴る。目が潰れる音が。

 目を食べ終えると、ゆっくりと私に向かって、歩き出した。

 お姉ちゃんの細い手に握られた斧に、炎の発する光がギラギラと反射する。

 私は後ろに下がる、生まれたての子鹿のように足を震わせながら。

 ギシギシ、と床の板が二人の移動と同時に軋みながら音を立てる。

 その音が、少女の心にある恐怖を刺激する。

 心臓の鼓動がダンダン早くなっていく。

 瞬きすら出来ない、出来るわけない。

 目を離したら、あの斧で殺される。

 そう少女は、確信した。


 ドッ。

 ついに、少女の背中は壁に着いてしまった。

 周りを見ても、火が逃げ道を塞いでいる。

 外に出れる扉の前に立ち塞がる火に突っ込んでいっても、少女の小さな身体だと両親と同じ結末を迎える。

 火に包まれ、肌も骨も焼かれ、想像もできないような苦痛を味わいながら、藻掻き苦しむ。

 そして、息も出来ぬまま死に至る。

 誰でも分かる簡単な話。死は誰もが恐れるモノ、恐れなければおかしいモノ。

 どれだけ肉体が頑丈だとしても、どれだけ精神が剛毛だとしても、死を目の前にすれば、それは無意味に成り果てる。

 どれほど偉い神様だとしても、自分が死ぬとなると泣き叫び、他人に助けを求める。

 人間より高貴な神様が死を恐れ、赤子のように泣き喚いて、命乞いをする。


 ーー余りにも無様な姿。


 ーー余りにも愚かな姿。


 ーー余りにも嗤える姿。


 目の前に立っているお姉ちゃんは斧を置いて、膝を床につく。

 そして、両手を上げて、私の頬を優しく撫でる。玩具の人形を触るように、そっと優しく撫でる。

 影になっていて気づかなかったが、お姉ちゃんの手は血がベットリと付着していた。

 濁った鉄のような匂い、忌避感を生み出す危険な匂いが、私とお姉ちゃんの周りを漂う。


「ナニを怖がっているの? 火が怖いの? それとも悲しいかな? 両親が死んじゃって、悲しい? お姉ちゃんが人を殺したのが、悲しい? これから自分が死んでしまうと思ったら、怖い? それとも?」


 立て続けて、質問をしてきたお姉ちゃんの目には、太陽の光を浴びた綺麗な光は無かった。

 目が死んでいるとは、違う。

 感覚が死んでいる、倫理観が死んでいる。

 どこまでも続くようや深さに、どんな黒よりも濃い闇の黒を纏った目が、私の姿を捉えて離さない 、離してくれない、離そうとしない。

 「離すわけないじゃない」と、もはやブラックホールを連想させるお姉ちゃんの目に、そう言われた気がする。


「お、お姉ちゃんが……怖い……」


 震える声で、恐れながら言う。

 紛れもない本心を言う。


「でも、■■ちゃん。笑っているよ?」


 お姉ちゃんは、そう言う。もう忘れてしまった私の名前を呼びながら、言った。

 お姉ちゃんの言うとおり、私は笑っていた。

 泣きじゃくった子供が、友達の下手なギャグで笑ったような笑顔で。ぐちゃぐちゃな笑顔で。


「お姉ちゃんは、何がしたいの……?」


 そう質問を返してみると。

 


「う〜ん……」


 と少し悩んでから、こう答えた。


「私はね、綺麗なモノを集めているんだ〜」


 無邪気な含みを持ったその言葉に私は、息を飲む。

 綺麗なモノを集めるのに、なぜ人を殺すのか……それが全く分からないからだ。

 私の心の声を読んだのか、こう言った。


「私の言う綺麗なモノは、人の部位なんだよ」


 淡々と言った。罪悪感らしきモノもなく、機械のような無機質さを含んだ声で言った。

 少女は思った。確信した、確信してしまった。

 この世で最も残虐という言葉が似合うのは、お姉ちゃんなのだと。

 私の目の前には、人間の皮を被った化ケ者が立っていると。


 ーー否定したいが、確信してしまった事実。


 ーー逃げたいのに、逃げれない束縛感。


 ーー叫びたいのに、叫べない圧迫感。


 少女を包む空間は、どんどん歪んでいるように見えた。

 酔い潰れてしまいそう。

 ーー気持ち悪い。

 お姉ちゃんは、また口を開いた。


「ここに来て、私が探していた綺麗なモノがやっと見つかったの」


 ウットリとしている様子だが、黒い目には感情というモノがなかった。


「き、綺麗なモノって何のこと……?」


 無意識のうちに、私はそう質問した。


「■■ちゃんの目だよ」

「……ぇ?」


 小さな疑問が、口から出る。

 お姉ちゃんは、そう言った。

 私の目が、お姉ちゃんがやっとの思いで見つけ出した綺麗なモノだと言う。

 お姉ちゃんは、言葉を続けた。


「だからね。お姉ちゃんは■■ちゃんの目が欲しいの。だから、お姉ちゃんに頂戴?」


 そう言って、私の頬を優しく撫でていた手が、ドンドンと私の目に近づいてきている。


「ねぇ、頂戴? 頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴頂戴」


 狂気に満ちているとしか思えない言葉を発しながら、ついにお姉ちゃんの手の先にある指が、私の目を抉り取った。


「ぁ、ぁあぁアァぁぁアァァあァああァァあァァァアアぁぁああ…………!!!!」


 少女は叫んだ、声が枯れそうになるのも関係なしに叫んだ。

 目を抉る、想像もしたくない痛みが少女を支配した。


「あらあら、大きくて元気な声」


 まるで、母親が小さな赤子を見ているような言葉。

 目の前で少女が痛みに藻掻き苦しんでいるのをお構いなしに、言っている。

 しかし、お姉ちゃんの目には、何か透明なモノが流れていた。


「……ぁ、あ……ぁぁ、あ……」


 少女は最期のそう言って、床に倒れた。

 そして、起き上がることはなくなった。


 一人、燃え盛る家に残されたお姉ちゃんは、床に置いていた斧を振り上げる。


「せ〜〜〜の……!」


 斧を少女の首元に振り落とす。

 お姉ちゃんの口角は、上がっていた。


「……ァハハ、ァハ、ァハハ」


 狂った笑い声を上げながら、少女の首を拾い上げる。

 案外ズッシリとした確かな重さを感じながら、一人、外に繋がっている扉を開ける。


 外は乾いた風が吹いていた。

 背中に熱を感じながら柵の外に出れる隠し扉に向かって、歩を進める。

 その途中でお姉ちゃんは、立ち止まった。

 そして、視線を上に向ける。

 そこには、一つの穴が空いていた。

 昼間には太陽があった位置に、ポッカリと穴が空いていた。

 その穴の中には、何らかの機械が沢山置かれていた。

 その中には、数分前はカメラだった物がある。

 くだらない物と感じながら、また歩を進める。

 しかし、お姉ちゃんは笑っていた。

 美しくも残酷なゾッとするような笑顔をしていた。

 そして、乾ききった目から赤い涙が流れた。



 一人しかいない家で、少女は目を覚ます。

 寝ていたのか……いや、違う。


「気絶していたのか……」


 そう呟く。

 突如、自分を襲った強烈な頭痛を思い出す。

 そのせいか、少し頭痛がする。

 痛みがまだ残っている頭を手で押さえながら少女は、画面が割れた古いテレビに視線を移す。

 テレビの画面には、口角を上げて笑っている少女の姿が反射で写っていた。

 その笑顔は、美しくも残酷でゾッとするような笑顔だった。

 そして、その目にも赤い涙が流れていた。

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