「生きる」の書き方

にいな

第1話.風鈴

 気温は30度を余裕で超える夏の日。窓の外からは、部活動生の気合いの籠った声が聞こえてくる。

 屋外とは無縁な俺は、こんな暑いなか外で活動している部活動生に、尊敬の念すら抱いていた。


 クーラーの効いた教室で自習をしているのは、自分だけだ。そして、3年生全員に配られた進路希望調査の用紙。希望する会社、学校名を書く欄が埋まっていないのもただ1人、自分だけだった。


「……どーすっかな、ほんとに」


 別に、学力が足りないとか、生活態度が悪いから行く場所が無い訳では無い。

 問題行動は1つも起こしてないし、成績もまぁまぁいい方だ。ちょっとレベルが高い大学でもA判定を叩き出し、まず受かるだろうとも言われた。


 だからこそ、ここまで悩む自分に、先生も家族も友達も、困惑しているのだ。


「……『やりたい事やれ』って言われてもねぇ」


 周りに散々言われたのがこれだ。特別やりたい事が無いから悩んでるだよ!と内心思ったし、無責任な言葉に苛立ちさえ覚えた。


(……まぁ、こんなギリギリまで決めきれない自分も悪いだけどさ)


 苦笑いを浮かべながらペンを持つ。


 求人票やパンフレットを見まくっても、中々良い進路先は見つからない。

 結局今日も、希望調査の用紙と睨めっこするだけで終わりそうだ。



 ――チリン……



 なんだ、今の音。突然響いた謎の音は、どこか心地よさまで感じるほど、綺麗なものだった。


「……鈴?いや、風鈴か?」


 どちらにせよこの教室には無いことは確かだ。しかも、微かだが風が通ったのも感じた。自分が座っているところは、クーラーの風は角度的に当たらないし、当然、窓もドアも閉めきっている。


「……気の所為せいか」


 悩みすぎて、いよいよ幻聴まで聞こえるようになったかと、自分を哀れに思う。


「1人で何してるんだよ俺」


 自分に呆れ視線を机に戻そうとしたが、その直前に視界に入った青空に、何故か釘付けになってしまった。


「……!」


 言葉には表せなかったが、青空に夏らしい入道雲が威風堂々と広がっている風景に、妙に心を奪われたのだ。ただ、その感動は長く続かず、今度こそ机に視線を戻した。



 ――チリン……



 また、あの音が鳴った。


「……え?」


 ただ、さっきとは状況がまるで違っていた。目の前にある机は、妙に古びている。そして、クーラーのよく効いた部屋にいるはずなのに、纏わり付くような暑さが襲ってきた。


 流石に違和感を感じて顔を上げる。


「……は?どこ、ここ」


 思った通りだ。現代とは思えないほど古びた教室と校庭。ビルなどの建物は無く、山々が連なっている風景。


 全く知らない場所に、俺は居た。


 ――チリン……


 困惑する俺をお構い無しに、窓際にある風鈴が、聞き覚えのある音と共に、夏風を知らせた。

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