はい

藤泉都理

はい




 カケス。

 烏の仲間。

 全長三十三センチメートル。

 身体は淡い紫色を帯びた暗褐色で、足は白っぽい色。尾は黒色で、翼も黒色だが翼の一部に青、白色の細かい縞部分があり、目立つ。

 ばたばたと羽ばたき、フワフワした感じでゆっくり飛ぶ。

 他の鳥の声や機械的な音の物まねがうまい。




 凛々しい顔と身体の色合い、そして名前に一目惚れをして、絶対に使い魔になってもらおうと、カケスが住んでいる森林に足繁く通うも、一羽も姿を見せてはくれない。


 契約を結ぶ相手として見られていないのか。

 落ち込んだのは一度や二度やならず。

 けれど、諦めはしなかった。


 絶対に、使い魔になってもらうんだ。

 そんなぼくの熱意が通じたのか。

 一羽のカケスがぼくの目の前に降り立ってくれた。

 降り立っては、ぼくの目を確りと捉えて、嘴を大きく開けて、鳴いてくれたのだ。

 はい。と。


 その瞬間。

 ぼくの脳裏に、一人の女の子の姿が強烈に浮かんだのであった。


 質問をされた時、質問をする時、名前を呼ばれた時、注意を促す時、話を聞いてもらいたい時など。

 その女の子は天空と地下に貫きそうなほどに上下にまっすぐ、とても芯が強く、気持ちが良く、凛とした「はい」を口に出していた。

 とてもとても、カッコよかったのだ。


 ぼくは恥ずかしがり屋で、家族以外には、たった二文字にもかかわらず、声が震えてしまっていたので、とてもすごいなあと憧れて、家で何度も何度も練習をしていたけれど、成果は出ないまま。

 憧れの女の子は、転校してきたばかりなのにもう転校してしまった。




「もしかして。キミ。あの女の子と。カスミと知り合いかい?」


 カケスに話しかけると、カケスは「はい」と言いながら、翼を広げては羽ばたかせて、ふわふわした感じで、木の合間をゆっくりと飛んで行った。

 ぼくは慌てずにゆっくりと、姿を見せ続けてくれるカケスを追いかける事ができた。


 もしも。

 もしも、カケスを追って、カスミに会う事ができたら、


(できたら、どうしよう。えっと。キミは覚えていないかもしれませんが、ぼくの名前はゼディと言います。キミの「はい」に憧れていました。憧れています。まだぼくは家族以外と話す時に声が震えるけど、でも、キミの「はい」を聞いてからは、震えが小さくなりました。ありがとうございました。ずっとお礼を言いたかったんですって。言いたいけど。急に言われたら、困っちゃう。よね)


 ぼくが悩んでいる間も、カケスは「はい」と言い続けていた。

 どうしてだろう。

 聞き続けている間に、カケスの「はい」が、キミも言ってごらん、と言われているような気がしてきて、「はい」と言った。

 カケスは「はい」と言った。

 ぼくも「はい」と言った。

 カケスは「はい」と言った。

 ぼくも「はい」と言った。


 ぼくはどんどんどんどん声が大きくなっていった。

 震えが、どんどんどんどんどんどんどんどんなくなっていった。

 カケスの鳴き声もどんどんどんどん大きくなっていった。


 何だろう。

 何だかとても。とっても。


 楽しいっ。

 そう、腹の底から叫んだ瞬間。


 ぼわん。

 大きな音と白い大きな煙がカケスから噴き出したかと思えば。

 魔法の箒に乗ったカスミが姿を現した。


「え?え?あ、」


 何か言わなければ、お礼を言うべき、いや、説明を求めるべき、自己紹介からと混乱しながらも、とにかくぼくに気付いてほしくて、高く腕を上げて、「はい」と言うと、カスミもまた、「はい」と言ったので、ぼくもまた「はい」と言った。カスミもまた「はい」と言った。

 笑い声も混ぜながら、何回も「はい」と言い合って、限界を訴えたお腹が痙攣した時だった。

 カスミが色々説明もしたいし、お礼もしたいし家に招待したいんだけどどうかしらと誘ってくれたので、ぼくは最後の力を振り絞って、はいっと言ったのであった。











(2024.7.17)



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はい 藤泉都理 @fujitori

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