ゾンビの歌

ひゐ(宵々屋)

ゾンビの歌

 各国から集められた魔法使い達による戦いは、大地だけではなく、その勝敗も、そもそも何のために争っていたのかもわからなくなってしまうほどに、全てを荒れ果てさせてしまいました。


 そこはもう、生き物のいない荒れ地。あるのは、ここで大規模な魔法戦争があった名残である、濃い魔力の気配。


 そして、戦いで命を落とした魔法使い達の、いくつもの死体。

 ところがこの死体、生きてはいないものの、動いたのです。


「まいった、なあ。濃い魔力のせいで、死んでも、生きてもない、状態になっちゃった」


 魔法使い達は確かに死んでいました。確かに生きてはいませんでした。ところが、漂う濃い魔力のせいで、どちらの状態にもなれなくなってしまったのです。


 つまり、彼らは生ける屍、ゾンビになってしまいました。

 血は通わず、ヒューヒューと呼吸をしていたり心臓を動かしていたりしますが、これはただの身体の習性、癖。彼らは動く物体でした。


「このあと、どうなる、んだい? 魔法も、使えないよ」

「死霊術、で動かしたゾンビなら、魔力が切れたら、ものになる、けど」

「いや、ここの魔力は、濃すぎる、よ。何百年も、残ってしまう、ぞ」


 かつて殺し合っていたはずの魔法使い達も、これには困惑してしまいます。先が全く読めません。


「助けを、呼ぼう。私達は、死んでいる、んだ。それなら、そうなるべきだから、できる人、を……」


 一人がそう言いました。片腕を失った魔術師で、ふらふらと歩き出します。

 ところが、いくらか歩いたところでばたんと倒れてしまいました――見れば、片足が折れるようにぐにゃりと曲がっています。


「だめ、だ……もう、足が、腐ってた、みたい」

「そういえば、ゾンビって、ちゃんとしないと、まともに動く、ものでは、ない、からね……」


 ほかのゾンビ達もなんとか動こうとしますが、やはりうまくはいきません。助けを呼びになんてことは、自分達がここにいるなんてことは、誰にも伝えられません。


 偶然、この荒れ地の近くを通る人がいることもありました。これは絶好の機会。ゾンビと化した魔法使い達はどうにか助けを求めようとしますが、ゾンビというのは時間が経てば経つほど腐敗が進み、発声も鈍り、また思考も溶け始めてしまうのでした。


 「助けてくれ」という心を、本能として彼らは持っていました。だからこそ、通りがかった人に助けを求めますが、普通の人に、彼らはどのように見えたでしょうか。


 ――うーうーと声を漏らす、腐敗臭漂う何かです。


「うわあ! 化け物!」


 あの荒れ地には、恐ろしい化け物がいる――その噂はたちまち広がり、誰も近づかなくなってしまいました。中には「過去にあった魔法大戦の亡霊だ」と、ほぼ正解のようなことを言う者もいましたが、その土地と残されたゾンビ達は、結果的に見捨てられてしまったのです。


 ゾンビ達に残されたのは、時が過ぎていくこと。そして腐りきって土に還るのを待つのみです。


 けれどもこれほどに魔力が濃く漂っている土地です。まだ彼らの思考がはっきりしている頃、彼らは不安を抱いていました――本当に、土に還れるのか、無になれるのか、と。この強力な魔力で、妙な形でずっとこの場に残り続けてしまう可能性があるのではないか、と。

 すっかり思考できなくなったいまでは、もうその不安も忘れてしまったのですが。


 考えられなくなったとはいえ、時が過ぎるのを待つ彼らは「感覚の悪いもの」を感じていました。それは言語を操れたのなら「退屈」というものでした。


 身体を動かしたくとも、腐った身体は満足に動かせません。何もできないのです。会話ができればよかったのですが、会話をする能力ももうありません。かつて激しく行われた魔法大戦には、聡明な魔法使いもいましたが、ゾンビになって時が経ってしまえば、全員が同じです。


 ただ一つ、彼らは暇つぶしができました。


 一体のゾンビが、うー、と声を漏らします。すると、別のゾンビがうーうー。また別のゾンビがあーあーあー。


 濁った声ではありますが、まるでそれはハーモニー。ゾンビしかいない荒れ地に即興の歌が漂います。歌は時に、魔法使い達の残った脳のどこかが憶えているのでしょう、故郷の歌だったり、幼い頃に聴いた子守歌だったりしました。


 声を上げている間、もうすでに人の形を失ってしまったゾンビ達は、それでも笑顔を浮かべていました。嫌な気持ちが紛れ、声が重なり、音が連なることを楽しんでいました。



 * * *



 恐ろしい「死」に包まれた大地は、長い年月をかけて「生」に変わっていきます。


 魔法使い達による激しい魔法大戦が行われた荒れ地は、長い年月をかけて大きな森となりました。漂っていた濃い魔力が、種を芽吹かせ、成長させ、森を作ったのです。


 森ができれば動物達も姿を現します。いまではその場所は、命に溢れた場所になりました。


 生命力と魔力に溢れた場所である証に、そこには妖精の姿もありました。

 羽を持つ小人のような彼らは、魔法の扱いに長けた種族でした。彼らがどこからやってきたのか、誰も知りません。本人達に尋ねても、わからないと答えます。


 そんな妖精達は、歌を歌うのが大好き。誰かが歌い始めれば、ほかの誰かが声を重ねます。またそこにほかの妖精が加わり、森は常に、妖精の歌声がせせらぎのように流れていました。


 時に妖精は、古い時代の遠い国の歌うこともありました。

 どうしてそんな歌を知っているの、と人間が尋ねれば、妖精達は首を傾げます。


「さあ。なんでだろう。でも知ってるんだ」

「へえ。この歌、そんな遠い国の歌で、そんな名前だったんだ」

「誰から教えてもらったわけでもないよ。行ったこともないよ。でも、なんだろう、ずうっと昔の記憶の中にあってね、これを歌ってるのが好きだったんだ。歌ってるときだけ、安心できたというか、幸せだったんだ」


 ――かつてゾンビとなってしまい、土に還るのを待っていた魔法使い達は、漂う濃い魔力のために、無になることはできませんでした。


 しかし新しい種族として、彼らは妖精になったのです。

 妖精は今日も歌を歌います。かつてゾンビ達が歌っていた歌を。



【終】

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