8話「第一目的、武器確保」

「あ、そう言えば何となく気になったんですけど先生っていつも遅めの出勤なんですか?」


 学校から離れた事でゾンビの驚異から一旦逃れられることに成功すると、車内には束の間の平穏が訪れていて康大が何気なく尋ねていた。


「いいえ? 今日はたまたま遅刻しちゃっただけで、いつもはもっと早めの出勤よ! ええ、勿論あははっ!」


 すると酒川は如何にも作り笑いというか無理やり笑うことで誤魔化しているような声を上げて質問に答えていた。その余りにも作られた表情や声を目の当たりにして、勇気は嘘だと何故か不思議と直感的に理解できた。


「嘘ですね」


 そして彼がそう思うと同時に横から生徒会長の鋭い一言が運転席へと向けられた。


「うぐっ!?」


 彼女の言葉が鋭利なナイフのように突き刺さったのか酒場は一瞬にして顔色を紫色にさせて反応を示すと、そういう部分は見ていて本当に海外の血が流れているのだろうと勇気は実感した。

 

 なんせ東洋人は表情が分からないことで有名であり、それに対して西洋人は表情が豊かであるからだ。恐らく顔に反応が直ぐに出るのはロシアの血が強い証拠なのだろう。


「それで? うぐっと反応を見せた先生は本当はどういった理由で遅刻したんですか? 是非、お答え頂ければと思います」


 生徒会長としての性格が顕著に現れているのか、彼女はそう言いつつ運転席を睨んでいた。


「な、なによ仕方ないじゃない! ちょっとだけ……お酒を飲み過ぎて気が付いたら朝になってたただけよ! それに学校に着いたら着いで、あんな訳の分かんないことになってるし」


 どこをどう解釈したら仕方ないで片付けられるのか話を聞いていて勇気は全く理解出来なかったが、遅刻の理由が酒というのは流石はロシア人の血を引いているだけの事はあると思えた。


「まあ後半の部分は分かりますけど、前半の部分に関しては同情の余地はないですね」


 勇気は学校でパンデミックが起こったことに関してだけは唯一共感できて呟いた。


「んもぉぉ! そんなことを言うと、今すぐにでも車から放り出してゾンビの餌にするわよ!」 

「はぁ……とても教師の言うような台詞とは思えませんね。これで一体どうやって教員免許を取れたのやら……」


 突如として勇気の横からは溜息を吐きながら生徒会長が小言を零し始めると、この車内に居る全員が思っていたであろう事を口にして頭を重そうに左右に振っていた。


「それはアレよ! 私が優秀で語学が堪能だからよ!」


 それから酒川は弁明を図ろうとしているのか慌てた様子で自身が得意な事を言っていたが、確かに彼女が担当する科目はロシア語や英語と言った語学の授業である。


「……だそうだぜ? 生徒会長さんよ」


 そういう話に興味がないのか玲士は気怠い感じで彼女に声を掛けていた。


「そうですか。というよりずっと気になっていた事が一つあるのですが……どうして玲士達は私のことを名前で呼んでくれないんですか? 生徒会長というのはあくまでも役職なのですが」


 彼の言葉に短く返事をしたあと生徒会長は疑問に思っていたのか、視線を勇気や玲士や康大へと交互に向けて質問していた。だが正直に言うならば勇気は彼女の名前を知らないのだ。


 ……いや、厳密に言えば希望から一度だけ教えて貰った事があるのだが、思い出せないという方が正しいのかも知れない。

 そう思案しつつも彼は他の者たちはどうなのかと顔を玲士や康大へと向けてみるが、


「だって普通に名前知らないし。なぁ、康大もそうだろ?」

「う、うん。僕も知らないかも……」


 そんな事を言いながら二人は視線を生徒会長と合わせていた。

 しかし康大だけは何処か申し訳なさそうに表情を困らせているようである。


「そ、そうですか。では勇気? 貴方はどうなんですか?」


 二人の言葉に生徒会長は気の抜けた返事をすると、矢継ぎ早に今度は彼の方へと声を掛けてきた。 


「えっ!? お、俺ですか? え、えーっと……すみません知らないです。何かと生徒会長っていつも呼んでいたので、それで困ることもなかったですから……」


 その突然の出来事に勇気は呆気に取られて反応が鈍るが、直ぐに何か言おうと色々と思案を始めるが脳の処理が体に追いつかず正直に覚えていないことを伝えた。


「あのねぇ……三人とも。前にしっかりと教えたよね? 生徒会長の名前は――」


 呆れ顔のような表情を浮かべて希望が口を開くと何かを言おうとしたところで、


「いや、大丈夫だ希望。私から直接改めて名を述べさせて貰おう。いいか、よく聞いて一度で覚えておくのだぞ。私の名前は【政村刀安まさむらとうあ】だ」


 生徒会長が右手を前へと突き出して彼女の言葉を静止させると自らで自身の名を告げていた。

 その際に若干怒りが込められているような瞳を向けられて、勇気は背筋に言い表せようのない何かが這いずるような感覚を受けた。


「政村刀安……なんか戦国武将っぽい名前だな」


 改めて彼女の名前を聞いたことで玲士は妙な例えをしつつ、


「か、かっこいい名前だ……っ!」


 康大は純粋に名前の響きに惹かれている様子であった。


「うーむ、そういう色が濃い名前なら一度聞いたら覚えておく筈なんだけどなぁ」


 そして勇気は両腕を組みながら自身の記憶が意外と脆いことを認識させられるのであった。


「本当にまったく、貴方達三人の記憶力はどうなっているのでしょうね。そんなんだから毎回テストで赤点を……」


 目を閉じながら愚痴らしき言葉を刀安は吐き捨てると、何故自分達のテスト事情を把握しているのだろうかと勇気は疑問を抱いた。

 ――がしかし彼女の言葉を遮るようにして、


「ちょ、ちょっと待って! 生徒会長の名前を確認したのは良いけどさ、このあとは私達どうするの……?」


 希望が急に真面目な顔をして今後の目的を全員に尋ねてきた。そしてその言葉を発端として車内に流れてたい和やかな雰囲気は冷たいものへと変わりつつある。


「そうね。取り敢えず道なりに沿って運転はしてるけど、早いこと目的を決めないとガソリンも無限じゃないわよ」


 運転席から酒川が先程までの声色と違い妙に粛とした声を出しながら言うと、確かにそろそろ目的を決めなければないと勇気も思いはしていた。

 だが目的を決めるとしても一体何を優先させればいいのか分からずにいるのが現状だ。


「私としてはこの血まみれの服を何とかしたいところですが、やはり今は早急に武器を集めることが優先なのではないでしょうか」


 つい先程までゾンビと死闘を繰り広げていたせいで返り血まみれの服を見ながら刀安は呟く。


「ぼ、僕も刀安さんの提案に賛成かな。ゾンビが相手なら噛まれないように防衛の手段は必須だよ」


 数々のゾンビ映画を見てきた康大も彼女の提案に賛成しているようで、勇気としてもここは自身の身を守るために武器を集める事を優先として動くべきか悩み始める。


「んじゃ、俺もそれに賛成で」


 右手を小さく挙げながら玲士も武器を集めて身を固めることを第一と考えているようであった。


「ふむ、三人がそういうのならば取り敢えずの目的は決定だな。あとは――」


 車内の過半数が武器を集める事を優先として考えていることを知ると、勇気も考えをその方向へと決めて次の目的を決定させた。

 だがそうすると問題があり、一体どこで武器を集めるべきなのかという課題にぶつかるのだ。


「ちょっといいかしら。その肝心の武器とやらは何処で入手するのよ? 日本って銃の類は禁止の筈でしょ? ギリギリで使えてボウガンとかだけど……学校の周りにはそういう危険なお店はないわよ」


 図らずして酒川も彼と同じ事を考えていたようで、学区内には基本的にそういうお店はないのだ。


 危険云々の事も勿論あるが他にもPTA会員達が健全な育成をどうのこうのと理念を掲げているせいで、ゲームセンターやらそういう娯楽施設すらも撤去するように役場に申請を出しているくらいなのだ。


 勇気としても行きつけのエアーガンショップが撤去されてしまい、PTAの横暴だとして文句を言おうとしたが相手にされなかった苦い経験がある。

 ――だがそう彼が頭の中で色々と思案していると、


「ああ、だったら問題ないぜ。俺の実家にたんまりと武器があるからな。先生、案内するから送迎頼むぜ」


 玲士が得意気な顔をして前部座席へと身を乗り出しながら言う。その余りにも唐突な言葉に全員が呆然としてしまい声を出さないが、こういう時に無意味な発言をする男とは思えないとして勇気も酒川に彼の実家へと向かうように頼み込むのであった。

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Japan of the Dead〜 生存者たちの旅路〜 R666 @R666

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