C:\Users\Clown\9\bit_slug.bin

「今日のイラストは豚の角煮だよ」


うにぃ


 僕の声をウミウシは嬉しそうに体を捩らせる。

 パソコンの画面には、僕の声を波形にして表示するソフトが表示されていた。


 ウミウシにはパソコンの画面に表示されている物が何か分かっていると認識したのは最近のことだった。

 僕が大学のレポートを書いている時には、邪魔にならないように画面の端に移動するし、潮月くんが僕のパソコンを使ってプログラムを書いている時には、詰まらなそうに丸まっていた。


 そこからウミウシは、画面に表示された物が見えているのかもしれないと考えた。

 実際何度もクリックをした後にマウスのカーソルを近づけると、体をうねらせて逃げようとするのだ。


 そこで、潮月くんが頑張って僕の声がウミウシに伝わるようなソフトを作ってくれたのだ。


 僕はこれを使ってウミウシと交流ができるようになった。


「ラーメンの時よりも早いなぁ」


 どうやらウミウシは脂っこい物が好きなようだった。

 お陰で僕のイラストは果物でも脂っこく見えるようになってしまった。


「今日は豚の角煮にしようかなぁ」


 少し手間が掛かるが、我ながら美味しそうなイラストと美味しそうに食べるウミウシを見ると、そうしたい気持ちにさせられる。


「えー、私最近太って来たんで、あんま食べられないっすよ?」

「ちょっとこれ見てみてよ」


 作業をしながら文句を言ってくる潮月さん。

 僕はウミウシが食べている角煮のイラストを見せる。


 潮月さんは目が釘付けになったように、じっと見ている。


「……なんか、見てるだけで口の中に肉汁の味がしてくるんすけど、大丈夫なんすか、この絵」

「どうせ直ぐに消えるから、大丈夫だと思うよ」


 証拠はウミウシが消してくれる。

 パソコンを彼女から見えないようにすれば、名残惜しそうにこちらを見つめてくる。


「そんな顔しないでも、今から角煮作るよ」

「次は肉汁なんかに屈しないっす!」





 結局、潮月くんはウミウシを僕のパソコンに残したままにした。

 しかし、それはウミウシの存在を許したという訳では無く、ただ猶予を与えただけ、らしい。


 代わりに、彼女は何かあったときにウミウシを奪われて悪用されることがないように、隔離するためのシステムを構築しようとしている。


 彼女もまた、ウミウシを望んで殺したい訳では無いのだ。


 ウミウシはただ、生きるためにデータを食べているだけだ。

 そこに善も悪も無い。


 ただ、今回に限って言えば、化野さんを事故から救うことができた。


 事故を消したことによる影響は、化野さん以外にもあった。

 それは、駅の近くのスーパーが消えたこと。


 どうやら事故の際に壊されるはずだった建物が残ったことで、そこに建つはずだったスーパーが無かったことになったようだ。

 お陰で最寄りのスーパーが消えたことは一つの不幸だろう。



 最近、潮月くんはこっそりと化野さんの試合を見に行っているらしい。その時の感想を語りに僕の部屋まで来るのは良いが、レポートを書いている時は流石に静かにしてほしいというのが、僕の悩みだ。



 もちろん、変わらなかった事もある。

 というよりも、変わらない事の方が多い。


 相変わらず僕は不定期にブログを更新しているし、潮月くんは強そうな格好で遊びに来る、妹は受験期のストレス発散に僕の家に家出して来るし、『クレイジーピエロ(37歳)』は楽しそうに僕のブログを荒らしている。


 変わらないものばかりだ。


 僕の周りでの大きな変化といえば、そうだな。


 インターネットウミウシが今は僕のパソコンに生息していること、くらいだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

インターネットウミウシはブログに生息している R2D2 @R2D2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ