主人公B エチュード 帰り道
夕方の校庭を見ると、
それと言うのも、見えなくてもいいものを目にするからだ。
ホームルームが終わると、すぐに荷物をまとめて教室を出る。
「飛倉、今日も一人で帰んの?」
茶髪で細身の男子が話しかける。
「そうだよ、なんか用事ある?」
同級生の石川。
絵に描いたような“陽キャ”と言う感じのやつ。
服装は、学ランの胸襟を大きく開けるスタイル。
————でも、決してこいつは悪いやつじゃない。
見えなくていいもの、でもない。
飛倉はいつもの癖で、対峙した相手の影に目をやった。
————何もない、こいつは幸せなやつなのかもな。
「おい飛倉、話すときは、ちゃんと相手のツラを見ろよな」
「やめとけ石川、みんなお前みたいな陽キャじゃねんだよ」
石田より大柄かつ肥満体の室田。
運動部であるせいか、髪型は見事に坊主刈りだ。
暑そうに、首から大判のタオルを下げている。
しかし、その巨体から見ると、そのタオルも小さく見えた。
「でもお前よ、もっとクラスの奴と話した方がいいぜ?」
「今お前らと話してるだろ、俺はこれくらいでいいんだ」
「かぁーっ、お前さ、そう言うとこがよくないよ」
顔を大きく仰け反らせつつ、石川は呆れたように言う。
「俺、なんか変な事言ったかな。もしそうなら…」
石川と室田は顔を見合わせ、二人して呆れた顔をした。
「いいか飛倉、俺たちはお前を心配してるんだよ」
「そうだよ。こんなんじゃ、先が思いやられるな」
「先がって何のこと?勉強ならそれなりにしてる」
石川はそこで、顔どころか上体すらも仰け反らせた。
その体勢から顔を飛倉に近づけるように、前のめりの姿勢になった。
室田は、坊主刈りの頭をボリボリと掻きむしっている。
「なーんで俺らがお前の成績の事を心配しなきゃなんねえんだよ?」
「ダメだ石川。こいつ、予想以上に何にもわかってねえ。ダメだわ」
「しょうがねえ、こいつにはきちんと言ってわからせねえとダメだ」
「うん?あ、お礼がまだだった。話に付き合ってくれてありがとう」
飛倉はそう言うと、小さく頭を下げた。
「そうじゃねえ。A組の、
「そうだ、心配なのはまずそれだ、それだよ」
「え?」
飛倉は頭をかき、両腕を組んで首を傾げた。
「だからさぁ……お前あの、オカルト部に入っちゃっただろ?」
「そこでだ、あの、
「うん、それがどうかしたの?大した事ないただの文化部だよ」
「部活の内容はどうでもいい、あの絶世の美女とお前は関係を持ったんだぞ?」
関係、と言う言葉を聞いて、周囲で雑談していた女子が二人、飛倉を見た。
二人とも口元を押さえ、すぐさまひそひそ話を始めた。
————人聞きの悪い事を言わないでもらいたいな。
「あのさ、お前ら勘違いしてる。俺。ただの人数合わせ……」
「「俺たちゃ人数合わせにも入れてくれなかったんだぞ!」」
「え、お前ら、あの部活に入ろうとしたことあるの?大丈夫?」
石川はチャラいように見えて、バスケ部ではエースで通っている。
室田は室田で、野球部の一軍でキャッチャーを務めていた。
実際のところ、こいつらがたまたま〝いい奴ら〟だっただけで、普通なら万年帰宅部だった飛倉を隣人として認識する事自体が稀なのだ。
しかし、そんな彼らであっても、野衾の事は気になるらしい。
———あいつのどこが、何がいいんだ?
確かに、野衾の容姿には飛倉も一度ならず目を奪われた。
さらに、話してみても不快感はなく実に〝いいやつ〟だ。
だが、彼女は飛倉が最も苦手とする人種だった。
———あいつ、オカルトマニアなんだよ。
それを知ったその日から、飛倉は野衾と言う女の容姿が目に入らなくなった。可能であれば、野衾の視界に入らないように超高速で遠ざかりたいとすら思うほどだ。
「でもお前ら……いいの?インターハイとか甲子園とか」
「「それ全部捨てても入りてえだろ!バカかお前は!」」
石川と室田は、口を揃えて叫んだ。
———こいつら、さては相当のバカでは?
「暑いのに元気だよね、お前ら……あ、俺そろそ行くわ」
呆れた顔で、飛倉はカバンを片手に席を立ち、出口へ歩き出した。
「飛倉!一言だけ言わせろ。女の子相手にするときは、態度に気をつけろ」
「そーだそーだ!お前、そんなテキトーな態度だとすぐに振られちまうぞ」
二人は、飛倉の背にアドバイスなのか妬みなのかわからない言葉を投げる。
「はいはい……そんじゃお先、最近暑いから気をつけろよー」
飛倉は仕方なく振り返ると、二人に向かって小さく手を振った。
「うるせー、振られろバーカ」
「うるせー、せいぜい頑張れ」
「はいはい……じゃ、またね」
教室のドアを潜った飛倉は、足早に歩きつつため息をついた。
(どうすっかなぁ、あの部活。変な噂立つ前に、退部届け出すか?)
夕暮れ時。
教室の窓から差し込むオレンジ色の光が廊下に差し込んでいる。
飛倉はいつもの癖で、その影に視線を走らせる。
———今日は静かみたいだな。
そのとき、廊下の向こうから歩いてくる一郡のグループに飛倉は気づいた。
「それでさぁ、この前アイツがさ」
「何それ、マジでウケるわ」
「うわー、引くわ。それはねえわ」
談笑しながら歩いてくる男女のグループ。
人数は6人ほど、容姿は飛倉から見ても整った男女の一群だった。
教室から差し込む夕暮れの光と、彼らが引き摺る影。
その中に、〝何か〟が蠢いている、否、泳いでいる。
体長は5cmほど、魚のようなむき出しの背骨、さらにその体躯から、ムカデのように指が生え、魚の頭に当たる部位には昆虫のような顔がついていた。
「知っている知っている知っている知っているお前お前お前お前」
ささやくような声で、虫とも魚とも言えぬ生物が発語している。
そういった体躯の生物がざっと数百ほど、彼らの影の中を泳ぎ回っていた。
飛倉は子供の頃から、そういったものが見える。
これは体質であり、彼の家族から受け継いだものだとも聞いた。
それゆえに、飛倉はオカルトというものを心底嫌っていた。
オカルトとは飛倉にとって日常であり、オカルトウオッチャーたちが追う存在そのものだったからだ。
そのモノたちは、男女グループの影の口に当たる部分から湧き出していた。
「お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前」
囁き声は徐々に大きくなっている。
それに連れて、影から多くのモノが吐き出されてゆく。
———まずい
飛倉は彼らの真横を通り過ぎながら、小さく影を指差す。
「禍事も一言 善き事も一言」
小声で呪を唱え、すれ違いざまに彼らの影の上に掌を翳す。
掌を水平に一振り。
その一動作でモノたちは消え、囁きは掻き消えた。
すれ違う彼らは飛倉の動作と呪に気づきもしない。
——また、見たくもないモノを見てしまった。
あの影に集まっていてモノたちは、彼ら男女グループの支配欲や嫉妬が作り出したモノたちなのだろう。そんなモノは、街に出ればいくらも見ることができる。
だが今日は、よりにもよって学校でそれを見てしまった。
——野衾の奴にも見せてやりたいな、こんなモノの何が良いんだ?
飛倉はそう呟きながら、足早に学校を後にした。
SS 習作 @koheimaniax
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