母との永劫回帰

清水らくは

母との永劫回帰

 私は母に、何もしてあげられなかった。こんな世界は間違っている。

 いつも優しくて、それなのに私は厳しく当たった。優しさに気づいた時には、母は病に冒されていた。

 母は、いなくなってしまった。

 世界をやり直したい。そして母に優しく接したい。母と食事に行って、プレゼントをあげて、感謝の言葉をかけたい。そんな世界をやり直したい。

 いや、世界は勝手に、繰り返すはずだ。物質は完全には消滅せず、収束した後に再び爆発する、と誰かが言っていた気がする。何度も何度も繰り返すうちに、母が生まれて、私も生まれる世界が再び訪れるのだ。

 私は、知りたい。母にが幸せになる世界を。正しい世界を知りたい。



 次の世界でも私の記憶を残すにはどうすればいいか。例えまた私が生まれたとしても、その私はまっさらな私のはずだ。上手くいってもただそう感じるだけだし、再び間違ったら後悔を重ねるだけだ。私はただ、正しく母が救われる世界を確認したいのだ。

 そのために、研究する道に進んだ。「物質の外側」を知るために、物理を学び、そして応用しようとしたのである。表向きには社会のために世界を知りたいような顔をしていたが、実際には「この世界」には興味がなくなっていた。

「――さんは本当に真剣だね」

 先輩が私に言った。当然だろ、バカ。と言い返したかった。皆、世界の内側について知りたがっている。私は、世界の外側について知らなければならないのだ。皆と同じ熱量では、答えにたどり着けない。

 よほど私が険しい顔をしているたのだろうか。私を見つめる先輩は固まっていた。……いや、違う。見惚れているのだ。なぜそれが分かったのか、不思議だった。ただ、二人の間の止まった時間が、神秘的に答えを導き出してくれたのだ。

「ありがとうございます。嬉しいです」

 私は微笑んで、時間を動かした。先輩も笑顔になった。

 不思議な感覚だった。物理的には説明できない。実際には時間は止まっていないのだ。10秒、経っていただろう。その間に流れ込んだ感覚は、一体何だったのだろう。

 「止まる」の中にヒントがあるのではないか。世界は常に流転している、と誰かが言っていた気がする。そうであれば、「止まる」は世界にとって異常なのだ。実際には地球も太陽系も銀河も常に動いているだろうけれど、二者間で「止まる」はあり得る。

 止まったとき、その物質は世界の外側にいるのではないか?

 直観に理屈をつけるのは難しい。ただ、直観を信じてみようと思った。私は「止める」



 全てを止める。それにより、世界は物質のことわりを失う……と「仮定した」。それが正しいとして、私以外にも別の世界でそれを発見した者がいたとして、その人がそれを利用したとして。理の外に行った存在はどうなるか。世界を俯瞰できるようになるのではないか。止まった存在。時間に縛られない存在。それを私たちはごくたまに感じ取って、「神」と呼ぶのではないか。

 私は「止める」ための研究に没頭した。何年も何年も。人間の寿命は時間に縛られる限り、有限だ。死ぬまでに見つけなければならない。

 そしてついに私は、「全てを止める」装置を生み出した。「電子砲」の放出で、ほんのわずかな時間、いくつかの電子と陽子の位置関係を固定するのだ。先輩とのあの関係性を、原子の中に作り出す。莫大なエネルギーを利用するため、一度しか使えない。失敗すれば、何も得られない。ただ、賭けてみたい。そして賭けに負けたら、次の世界の私に託したい。

 私は、自分自身に魔法をかける。全てを止める。そして私は神となって、母に優しくできる私を確認するのだ。



 世界が外にある。全てが見えるが、触れられない。

 私は神になったのだろうか。

 私の死体が見える。装置の中で、ボロボロになっている。あの装置は、私の体にいい影響なんて与えない。物質は常に動かなければならない。これは、私のエゴだ。科学で、物理の外に飛びでいたという。

 色々なものが見えるし、感じられる。人々の感情。生命の揺らぎ。星々の戸惑い。そして、私以外の神々。

 神になったのだ。

 彼らも、どこかの世界で研究したのだろうか。それとも、偶然なのだろうか。とりあえず、私たちの感じる「神秘性」には根拠があったのだ。だが、そんなこともどうでもいい。私は、まずはこの世界、母の死んだ世界には終わってほしい。

 何百年か過ぎて人間が滅び、何億年か経って生物が滅びた。星が終わり、銀河が終わり、そしてついに宇宙が終わる。神々は、収束する世界を見つめている。そしてただ一点となり、ついに……次の世界が始まる。



 その世界には、人類が生まれなかった。長い長い時間を、待つ。次の世界へ。人類なし。生命なし。地球なし。太陽系なし。新しい世界は、そう簡単に私のいた世界と似たりはしない。ただ、余裕で待てる。体のない存在は、時間の流れを淡々と受け入れられるようだ。

 そしてついに、人類が誕生する。とはいえ、母が生まれない。繰り返す。繰り返す。ついに、母が生まれる! 興奮して見つめるが、父と出会わない。私が生まれない。

 母は一人で亡くなった。悲しい顔をして。

 再び待つ。ダメ、ダメ、ダメ、惜しい、ダメ……

 繰り返される世界に、絶望仕掛けた時、思い出す。繰り返しは、無限なんだ。いつか絶対、やって来るはずの望んだ世界をひたすら待てばいい。

 待って、待って、再び訪れた母と私のいる世界。しかしなんと、あろうことか私は、母を殺してしまった。

 何度世界が変わって、何度生まれても、私は母を幸せにできない。

 こんなに何度も、不幸を目の当たりにすることになるなんて。

 こんなことならば、理の外に出なければよかった。もう、完全にいなくなりたい。

 神を殺す装置が欲しい。




 

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