第6話 未来へ(1章 完)

「お嬢様、ご体調はいかがですか?」


 ベッド際で、いつになく優しい声を出しているのは、長年、マリエルの世話役を担っている、メイドのカタリナだ。


「ええ、もう大丈夫」


 自室で目覚める朝。

 村から救出された5日後の朝である。


 あの日は、大変だった――らしい。

枕の下のメモを見つけたのは、予想通りというべきか、カタリナだった。


『魔物に襲われたけが人を助けてきます』


わたしが失神したあと、寒村に物々しい装備の領主と自治団が、わたしの行方を捜しにきたという。


 水属性の精神覚醒魔法をかけられて目が覚めると、わたしは、叱られ、安心され、抱きしめらた後、詳細な説明を求められた。

理由は明白。『けが人の治療』。嘘でもなんでもないので、窮地をしのぐことはできた。


 お父様からは『一人外出禁止令』を出されてしまったけれど、それで済んだだけマシだろう。


 お水がはいっていた空のコップを差し出しながら、わたしは問う。


「カタリナ。それで……フレンのお父様の予後はどうなの?」

「ええ。今はなんとか歩けるようになっているそうです」

「よかった」


 ふたつ、よいことがあった。

 ひとつは、もちろん、魔法の効果がわかったこと。

 治癒魔法のような即効性はないが、対象者の自己治癒力が生きている限り、わたしの魔法は機能する。今回の原因がウイルスなのか、なにかの毒なのか、詳細は不明だが、人の生命力は強い。


 もうひとつは……良かったといっていいのかわからないけれど、フレンのお父さんが生きていることだ。あの美しい顔に涙が流れるのは見ていられいない。

 でも――フレンのお父さんが生きているということは、彼の『養子』の話は消えたことになる。

 つまり、彼の未来は変わってしまった。

 いえ、他人事すぎた。正確に言えば『わたしが、彼の未来を変えてしまった』のだ。

 そういった危機感は、学園生活が始まる少し前から持てばよいものだと、すっかり信じ切っていた。まさか10才から分岐が発生するなんて。


 わたしはこれからどうなるのだろう?

 まさか、最悪の未来につながっていく……とは思えないが、なにせ、予測することができない未知の事態であるため、安心するための方法論が思いつかない。


 わたしが黙ったのを見て、カタリナは話し始めた。


「それにしてもマリエル様、すごいですね。苦しむ民のために自らの意思で行動されるとは、領主の娘の鑑ですよ」

「……ふん。ほめてもなにもでないわよ」


 いけない。

 マリエルの本来の性格が出てしまった。


「今日はお菓子を焼いてさしあげなさいと、料理人に伝えておきましょう」

「……あ、ありがと」


 お礼を言えた。マリエルエライ。


「それにしても」とカタリナは頬に手を当てた。


「村の方々が『聖女が村にきた』と騒いでいるそうですよ。これで我が村は安泰だ、と」

「まさか。聖女なら、一瞬で解毒して、一瞬で治癒するでしょ? あんなに何時間もかからないわ。何度も言っているけれど、あれはあくまで火属性魔法です」

「ですが、聖女の治癒魔法を知らぬ方からすれば、お嬢様の魔法は聖女のそれですよ。わたしだってそう思います」

「またまた」


 わたしは悪役令嬢です。


 それにしても――村の人々が『安泰だ』というのは、理由がある。

 魔王とやらが居た時代には『勇者』が居ないと自治さえできぬ日々だったらしい。よって自国に勇者が現れるということは、国防力があがるということだった。


 そして、魔王とやらが数百年前に封印されて、魔物だけが存在するようになってからは、強さよりも、治癒のほうが大事になった。

 よって『近隣の村や町や国』に、聖女がどれくらい存在するのか――これは、現代でいうところの、専門科が充実した大きな病院がどれくらいあるか、といった安心度につながるというわけである。

 ちなみにカフスレイヤ家が治めるシャッソー領には、現在、聖女は存在しない。


「近隣の村人は、『とうとうシャッソー領にも聖女爆誕したぞ!』って興奮してますしね」

「なんでそんなことに?」

「えっへん。なにせ、村人には『そうですよ、マリエル様は聖女の器ですっ』って自慢しておきましたからね」

「あなたのせいよね!?」


 はぁ……まあいいか。

 別に、聖女を騙ったわけではないから、罪ではないだろうし。


 それよりも、大事なことを確かめたい――その時、ドアが開き、非常に圧力の強い大柄な男性が室内に入り込んできた。



「おお! マリエル! 今日の気分はどうだ! そろそろ元の生活に戻るといいぞ!」

「お父様……!」


 領主且つ武人。

 ターランド・カフスレイヤ。

 顔は甘いマスクをかぶっているのに、肉体はクマみたいにムッキムキである。肉食系。さすが悪女マリエルの父といったところだが、案外、一途なところがあって、浮気などの気配はまったくない。


 ちょうどよかった。

 わたしは、ドアまで身を引いたカタリナの聖女発言は一旦忘れることにして、一番大事なことを確認した。


「お父様……! フレンの件ですが……!」

「ああ、その件なら終わった」

「終わった……?」


 ぶっきらぼうな言い方に不安になる。


 ――五日前。わたしは、目が覚めた瞬間、お父様に懇願したのだ。自分が断頭台で絶命する夢を見て目覚めたせいで、焦りは最高潮にあった。不安を打ち消すように頼み込んだ。


『フレンには優秀な護衛の素質があります、夜目もききます、魔法も天才的なはず……! ぜひ我が家で支援し、アスライト学園入学をわたしと共に……! かならずシャッソー領の繁栄につながります』と。


 アスライト学園とは、つまるところゲームの舞台であり、大陸唯一にして最大の魔法学園だ。本来なら肉親を失ったフレンは、養子となって学園特待生となる。その運命を変えた結果、どうなるのか、見当もつかなかった。なるべく早急に本来の道に戻したいが、まさか、父親を不在にさせることなんてできやしない。ではどうする? カフスレイヤ家から学園に送り込む以外、思いつかなかった。


 お父様は『なぜだ? 急にどうした?』と首をかしげたが、わたしが食い下がっていることに何かを感じたのだろう。

『考慮する』といって、その日は話がおわったのだが――。


 お父様は首を振る。


「終わったというのは、全部終わったという意味だ」

「ああ、全部おわった……」


 意味が同じようで、全く違う気がする父娘の言葉。

 お父様はもう一度頷くと、背後に目を向けた。


「フレン、入ってこい」

「……は、はい」

「え?」


 聞き覚えのある、頼りない声。

 フレンだ。

 貧相な体に美しい顔、汚れた肌と服――いえ、違った。ドアの向こう側から現れたのは、綺麗な服に身を包んだ銀髪の美少年だった。

 入浴したのか、石鹸の香りがする。周囲に控えていたメイドたちがチラチラと顔を見てしまうほどに、彼という宝石は輝いていた。


「マリエル様……、色々とありがとうございます。今日から、ここで働かせていただきます……フレンです。今回の処遇に、父もたいへん喜んでます……」

「あ、ああ……!」


 わたしの驚きをどう見たのか、父は口角をあげた。


「フレンには今日からカフスレイヤ家で働いてもらうこととした。マリエルの言う通り、斥候能力が高く、夜目も、鼻も利くようだ。中性的な顔立ちもマリエルの護衛の時に役に立つだろう――ふふ。それにしても、マリエル。お前も面食いだなぁ。母さんにそっくりだ」


 それは『父さんにそっくりだ』の間違いだろうと思ったが、感謝の度合いが高かったので名誉のために黙っておく。


 ベッドの上で身を起こしているわたしの元へ、こわごわとフレンが近づいてくる。


「マリエルさま……」


 ああ、よかった。抱きしめたいくらいに安堵するが、周囲に誤解されるので我慢する。

 すまし顔を維持して、小さく顎を引いた。


「お父様の言う通りよ。これから、よろしくね。あなたは将来、わたしとアスライト学園へ通うのだから、日々、学んでおくようにね」


 そうしないと、主人公との恋愛に発展しない可能性あるからね……。

 十六になったら、わたしは主人公とフレンを近づけないといけないのか。

 なんで悪役令嬢が仲人にならないといけないのよ――なんて言う資格はわたしにはないので、ガンバリマス。


 訳を知るわけもないフレンは小首をかしげた。

 その可憐ともいうべき容姿のせいで美少女にしか見えないが、奴は男だ気を付けろ……。


「聖女様と学園へ……?」

「聖女ではないわ。そこは間違えないように」


 辺鄙なシャッソー領ならまだしも、王都でそんな虚言を口にされたら笑い話じゃ済まないだろう。


「わ、わかりました……」


 ゲームに登場するフレンとは、ずいぶんと違い、気弱である。

 きっと、父の死や、その後の展開、また容姿となった家での教育や重責などが、彼を否応なく成長させたのだろう。

 

 とにかく、わたしが余計なことをしたせいで、彼の人生を狂わせてはならない。

 良かれと思ったおせっかい――良かれと思ったフラグクラッシュ……。


 笑えないけれど、無理やりにでも笑っておかないと悪い運気を引き寄せそうだわ……、なんて口角をヒクつかせていると、フレンは、わたしに安堵ともとれる、ほっとした表情を見せた。


「お父さんからも『ありがとうございました。フレンと別れなくて済みました』と、マリエルさまにお伝えくださいと、言われました」


 その時ばかりは、フレンの顔が男性特有の精悍さが宿っているようだった。きっと父親のことが好きで、誇らしいのだろう。何をしている方なのかは知らないけれど、子供から尊敬されるような存在ならば、素晴らしいことだ。


「そう。それは良かったわ。……ええ、本当にね」


 うん。

 そうね。

 父親が小屋の中で死んでいく様をフレンに見せなくて、ほっとしている自分がいる。

 仮にこれで、主人公とフレンのフラグが折れてしまったのだとしても――なんというか、この子なら、わたしを許してくれそうな気がした。


 それにしても――悪役令嬢になりきらないと、ルートもおかしくなりそう。ああ、やること多すぎ。けど、ブラック企業出の社畜をなめんじゃないわよ。タスクがいくつあってもやりきってやるんだから。


 と、奮起していたわたしの前に、新たなる脅威が訪れているなんて、その時は知る由もなかったのだけど。



        一章 ~完~




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わたし、悪役令嬢。死にたくないので回復魔法を極めたら聖女と間違えられました。 天道 源 @kugakyuu

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