第6話 未来へ(1章 完)
外から、野鳥の鳴き声が聞こえる。
窓から入ってくる日差しは、柔らかで、温かく、生きていることを実感させてくれた。
自室である。
わたしは、天蓋付きのベッドに、寝ていた。
すでに、あの村でのことは、過去となっていた。
ドアが開く。
頭を一度下げてから、メイドが入ってきた。
カタリナだ。
「お嬢様、ご体調はいかがですか?」
ベッド際まで寄ってきて、水を交換してくれた。
普段通りのカタリナだ。でも、わたしが館を抜け出したせいで、お父様に少なからず怒られたに違いないのだ。それなのに、カタリナの態度はかわらなかった。本当にありがたい。元気になったら、なにかお礼をしないと。
わたしは微笑む。少し前のマリエルでは考えられない所作だ。
「ええ、もう大丈夫よ。ありがとう、カタリナ」
村から救出された四日後の朝だった。
あの日は、大変だった――らしい。
枕の下のメモを見つけたのは、予想通りというべきか、カタリナだった。
『魔物に襲われたけが人を助けてきます』
カタリナは置手紙を見つけると、すぐにお父様に報告した。
もちろん、すぐに救援隊が組まれた。
わたしが失神したあと、村は大騒ぎだったらしい。
それは、物々しい装備の領主が、わたしの行方を捜しにきたというところで、最高潮となった。
だけれど、そのおかげで、わたしは助かったのだ。
水属性の精神覚醒魔法をかけられて目が覚めると、わたしは、すでに自室に寝かされていた。
お父様は、叱り、安心し、わたしをしっかりと抱きしめた後、詳細な説明を求めた。
わたしの理由は明白だ。
『けが人の治療』
嘘でもなんでもないので、説明はそれだけだった。
結果、お父様からは『一人外出禁止令』を出されてしまったけれど、それで済んだだけマシだろう。
お水がはいっていた空のコップを差し出しながら、わたしは問う。
「カタリナ。それで……フレンのお父様の予後はどうなの?」
「ええ。今はなんとか歩けるようになっているそうです」
「よかった」
ふたつ、よいことがあった。
ひとつは、もちろん、魔法の効果がわかったこと。
わたしの回復魔法は、聖女が使用する治癒魔法のような即効性はないが、対象者の自己治癒力が働く限り、機能する。
今回の原因がウイルス性なのか、なにかの毒なのか、詳細は不明だが、人の生命力は強い。現代だって、最後は、免疫力次第だし。
もうひとつは……良かったといっていいのかわからないけれど、フレンのお父さんが生きていることだ。あの美しい顔に涙が流れるのは見ていられいない。
でも――フレンのお父さんが生きているということは、彼の『養子』の話は消えたことになる。なぜなら、父親がなくなったフレンが、紆余曲折ののち、あの美貌のおかけで養子に迎え入れられるからだ。
つまり、彼の未来は変わってしまった。
いえ、訂正。他人事すぎた。正確に言えば『わたしが、彼の未来を変えてしまった』のだ。
そういった危機感は、学園生活が始まる少し前……14才ぐらいから持てばよいものだと、すっかり信じ切っていた。まさか10才から分岐が発生するなんて。
わたしはこれからどうなるのだろう?
まさか、最悪の未来につながっていく……とは思えないが、なにせ、予測することができない未知の事態であるため、安心するための方法論が思いつかない。
わたしが黙ったのを見て、カタリナは話し始めた。
「それにしてもマリエル様、すごいですね。苦しむ民のために自らの意思で行動されるとは、領主の娘の鑑ですよ」
「……ふん。ほめてもなにもでないわよ」
いけない。
マリエルの本来の性格が出てしまった。
「今日はお菓子を焼いてさしあげなさいと、料理人に伝えておきましょう」
「……あ、ありがと」
お礼を言えた。マリエルエライ。
「それにしても」とカタリナは頬に手を当てた。「村の方々が『聖女が村にきた』と騒いでいるそうですよ。これで我が村は安泰だ、と」
わたしは肩をすくめた。
「まさか、冗談いわないでよ。聖女なら、一瞬で解毒したり、一瞬で治癒させたりするでしょ? あんなに時間はかからないわ。何度も言っているけれど、あれはあくまで火属性魔法です。わたしにはそれしか使えないの」
カタリナは食い下がった。
「ですが、聖女の治癒魔法を知らぬ方からすれば、お嬢様の魔法は聖女のそれですよ。わたしだってそう思います。聖女様のように素晴らしい魔法です」
「はいはい」
わたしは悪役令嬢ですよ。
それにしても――村の人々の気持ちがわからないでもない。
『安泰だ』というのは、理由がある。
魔王とやらが居た時代には『勇者』が居ないと自治さえできぬ日々だったらしい。よって自国に勇者が現れるということは、国防力があがるということだった。
だが、魔王とやらが数百年前に封印されて、魔物だけが存在するようになってからは、強さよりも、治癒のほうが防衛に必要となった。
それはつまり『国・領地』に、聖女がどれくらい存在するのか――ということが大事になったのだ。
これは、現代でいうところの、専門科が充実した大病院が、市内にどれくらいあるか、といった安心度につながるというわけである。
ちなみにカフスレイヤ家が治めるシャッソー領には、現在、聖女は存在しない。だからこそ、聖女が現れたとしたら、喜ばれる……という寸法だ。
マリエルは大げさな身振り手振りで説明する。
「近隣の村人は、『とうとうシャッソー領にも聖女爆誕したぞ!』って興奮してますしね! これで、疫病が発生しても、恐怖しなくて済むぞ! って」
「なんでそんなことに? もちろん、疫病なら、わたしの魔法でもなんとかなるかもしれなけれど……」
助けることに抵抗はないけど。
カタリナは胸を張った。まるで自分事のように言う。
「えっへん。なにせ、村人には『そうですよ、マリエル様は聖女の器ですっ』って自慢しておきましたからね」
「噂の発信源、あなたね!?」
はぁ……まあいいか。
別に、聖女を騙ったわけではないから、罪ではないだろうし。
それよりも、大事なことを確かめたい――その時、ドアが開き、非常に圧力の強い大柄な男性が室内に入り込んできた。
「おお! マリエル! 今日の気分はどうだ! そろそろ元の生活に戻るといいぞ!」
「お父様……!」
領主であり、騎士である、生粋の武人、ターランド・カフスレイヤ。
この世界は、地球とは似て非なる文化であるので、領主や貴族の分類も、違う。辺境伯のような立場として、騎士が国境に配置されているらしい。厳密にはもっと理由があるらしいけど。
お父様は、顔は甘いマスクなのに、肉体はクマみたいにムッキムキである。適当な合成写真みたいだ。おおざっぱだが、領主としてのち密さもある。そして、一途なところがあって、浮気などの気配はまったくない。
強くて、愛が深いとは、お母様も幸せ者だ。
「お父様……ちょうどよかった。」
わたしは、ドアまで身を引いたカタリナの聖女発言は一旦忘れることにして、一番大事なことを確認した。
「おお、どうした、マリエル」
「フレンの件ですが……!」
わたしの言葉にかぶさるような、早めの反応。
「ああ、その件なら終わった」
「終わった……?」
ぶっきらぼうな言い方に不安になる。
四日前。わたしは、目が覚めた瞬間、お父様に懇願したのだ。自分が断頭台で絶命する夢を見て目覚めたせいで、焦りは最高潮にあった。不安を打ち消すように頼み込んだ。
『フレンには優秀な弓の素質があります! 夜目もききます、魔法をあわせた魔法弓の才能も……! ぜひ、我が家で支援し、アスライト学園入学をわたしと共に……! かならずシャッソー領の繁栄につながります』
と、訴えた。
なぜそんなことがわかるのだ? と聞かれたが、とにかく、そうであるのだということで押し通した。
ちなみに『アスライト学園』とは、ゲームの舞台である。
大陸の中心に位置する王都にある。
大陸では、唯一にして最大の魔法学園だ。
本来なら肉親を失ったフレンは、貴族の養子となった果てに、入学するのだ。そしてルートによっては、ヒロインと共に悪役令嬢を倒したりする。それは別の悪役令嬢えだって、わたしではない。わたしのルートは別である。
さて。
そうはいっても、フレンの運命を変えた結果、どうなるのか。
見当もつかなかった。なるべく早急に本来の道に戻したいけれど……まさか、いまから父親に消えてもらうだなんて、恐ろしいことは考えられない。
ではどうする?
答えは一つだろう。カフスレイヤ家から学園に送り込む――それ以外、思いつかなかった。
当初は、お父様も『急にどうした?』と首をかしげるばかりだったが、わたしがいつまでも食い下がっていることに何かを感じたのだろう。
『考慮する』といって、その日は話がおわったのだが――。
お父様は首を振る。
「終わったというのは、全部終わったという意味だ」
死刑宣告のようなものだ。
「ああ、全部おわった……」
わたしのもとからフレンがいなくなっては、ルート調整すらできないじゃない。
だが、話は違った。
お父様はもう一度頷くと、背後に目を向けた。
「フレン、入ってこい」
「……は、はい」
聞き覚えのある、頼りない声。
「え?」
呼ばれて、現れたのはフレンだった。
貧相な体に美しい顔、汚れた肌と服のフレン――いや、違った。ドアの向こう側から現れたのは、綺麗な服に身を包んだ、銀髪の美少年だった。
ゆっくりと近づいてくる。わたしのベッドの脇に立つ。さらさらと髪が流れる。入浴したのか、石鹸の香りがする。周囲に控えていたメイドたちがチラチラと顔を見てしまうほどに、彼という宝石は輝いていた。
フレンは、頭をさげた。その下げ方は、村で見た時と同じで、どこかほっとした。
「マリエル様……、色々とありがとうございます。今日から、ここで働かせていただきます……フレンです。今回の処遇に、父もたいへん喜んでます……」
「あ、ああ……!」
わたしの驚きをどう見たのか、父は口角をあげた。
「フレンには今日からカフスレイヤ家で働いてもらうこととした。マリエルの言う通り、斥候能力が高く、夜目も、鼻も利くようだ。中性的な顔立ちもマリエルの護衛の時に役に立つだろう――ふふ。それにしても、マリエル。お前も面食いだなぁ。母さんにそっくりだ」
それは『父さんにそっくりだ』の間違いだろうと思ったが、感謝の度合いが高かったので名誉のために黙っておく。
ベッドの上で身を起こしているわたしの元へ、こわごわとフレンが近づいてくる。
「マリエルさま……父さんも感謝してます……」
ああ、よかった。抱きしめたいくらいに安堵するが、周囲に誤解されるので我慢する。
すまし顔を維持して、小さく顎を引いた。
「お父様の言う通りよ。これから、よろしくね。あなたは将来、わたしとアスライト学園へ通うのだから、日々、学んでおくようにね」
そうしないと、主人公との恋愛に発展しない可能性あるからね……。
十六になったら、わたしは主人公とフレンを近づけないといけないのか。
なんで悪役令嬢が仲人にならないといけないのよ――なんて言う資格はわたしにはないので、ガンバリマス。
訳を知るわけもないフレンは小首をかしげた。
その可憐ともいうべき容姿のせいで美少女にしか見えないが、奴は男だ気を付けろ……。
「聖女様と学園へ……?」
「わたしは聖女ではないわ。そこは間違えないように」
辺鄙なシャッソー領ならまだしも、王都でそんな虚言を口にされたら笑い話じゃ済まないだろう。
「わ、わかりました……」
ゲームに登場するフレンとは、ずいぶんと違い、気弱である。
きっと、父の死や、その後の展開、また養子となった家での教育や重責などが、彼を否応なく成長させたのだろう。
とにかく、わたしが余計なことをしたせいで、彼の人生を狂わせてはならない。
良かれと思ったおせっかい――良かれと思ったフラグクラッシュ……。
笑えないけれど、無理やりにでも笑っておかないと悪い運気を引き寄せそうだわ……、なんて口角をヒクつかせていると、フレンは、わたしに安堵ともとれる、ほっとした表情を見せた。
「お父さんからも『ありがとうございました。フレンと別れなくて済みました』と、マリエルさまにお伝えくださいと、言われました」
その時ばかりは、フレンの顔が男性特有の精悍さが宿っているようだった。きっと父親のことが好きで、誇らしいのだろう。何をしている方なのかは知らないけれど、子供から尊敬されるような存在ならば、素晴らしいことだ。
「そう。それは良かったわ。……ええ、本当にね」
うん。
そうね。
父親が小屋の中で死んでいく様をフレンに見せなくて、ほっとしている自分がいる。
仮にこれで、主人公とフレンのフラグが折れてしまったのだとしても――なんというか、この子なら、わたしを許してくれそうな気がした。
それにしても――悪役令嬢になりきらないと、ルートもおかしくなりそう。ああ、やること多すぎ。けど、ブラック企業出の社畜をなめんじゃないわよ。タスクがいくつあってもやりきってやるんだから。
と、奮起していたわたしの前に、新たなる脅威が訪れているなんて、その時は知る由もなかったのだけど。
一章 ~完~
わたし、悪役令嬢。~死にたくないので回復魔法を極めたら聖女と間違えられました~ 天道 源(斎藤ニコ) @kugakyuu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます