DAY5
もう、手錠はつけられていなかった。僕が先に目を覚まして、出ようと思えば出られる状態。
――でも、僕はここにいる。
眠るケントの額を撫でた。それから、一人でベランダに出てタバコを吸った。身体中にケントの感触が残っていて、昨日の熱を思い出し、頬がゆるんでしまった。
「わー! 逃げられたかと思ったぁ!」
ケントがベランダに出てきた。
「危なかったね。手錠しないとダメじゃないか」
「なんや昨日は夢中やったからなぁ。なんで逃げへんかったん?」
「嫌だったんだよ。ケントと二度と会えなくなるのが」
そして、タバコに火がついたままケントに口づけた。
「昨日まで童貞やったくせに、えらい積極的になってしもて……」
「こっちが本当の僕なのかも」
玄関の外には、新しく段ボール箱が置いてあり、その中を見たケントは顔をしかめた。
「ん? なんでこんなに金入っとうんや?」
そして、ケントはスマホを確認した。
「指示、きとった……気付かんかった……」
「へぇ、もう終わり?」
「終わりは、終わりなんやけど……」
ケントはガシガシと自分の髪をかいた。
「ハヤテ殺して……首切って箱に詰めろやて……それできひんかったら俺、殺される……」
「えっ……えっ?」
僕はケントからスマホを奪い取り、表示されていた内容を読んだ。ケントの言った通りだった。前金と成功報酬の額まで。人を一人殺すには少なすぎると僕には思える金額だった。
僕は深呼吸をした後、震えているケントの肩に手を当てて言った。
「いいよ。殺して。どうせこの先、五十嵐家に縛られる人生だし。僕、ケントになら殺されてもいいよ」
「でも、でも……」
「そうだなぁ……なるべく苦しくない方法がいいな。僕、暴れないからさ」
「ハヤテっ……!」
ケントは僕を抱きしめた。
「嫌や……嫌や! 殺したくない!」
「でも、殺さないとケントが殺されるんでしょ?」
「もう、俺嫌やねん、そんなん! せっかく、せっかく好きな人できたのに!」
スン、と鼻をすする音が聞こえた。
「ケント、今……」
「俺も口に出してからわかったけどさぁ……ハヤテのこと好きやねん……ずっと一緒におりたいよぉ……」
僕もこらえることができなかった。僕は嗚咽を漏らしながら精一杯伝えた。
「ぼ……僕もっ……ケントが好きっ……」
僕が手に持っていたケントのスマホが振動した。進捗を確認する内容のメッセージだった。ケントはぐしぐしと顔をぬぐい、僕をまっすぐに見つめた。
「……腹決めた。逃げよう、ハヤテ」
僕はゆっくりと頷いた。
時間がない。ケントは現金だけをショルダーバッグに詰めた。これを使って、できるだけ遠くへ。その後の生活のことは、逃げながら考えればいい。
僕の靴はシューズボックスに隠してあったようで、それをはいてケントと外に出た。
「見張りおるかもしれへん。駅まで走るで」
ケントに手を引かれ、がむしゃらに駆けた。汗が飛び散り、息は切れ、顔は真っ赤になっていることだろう。
駅前のロータリーで、ケントはタクシーを捕まえた。
「すんません、神戸空港まで」
タクシーが発車し、息を整えた後、僕はケントに言った。
「っていうか……ここ神戸だったの?」
「せやで。いうても山の方やけどな」
「ははっ、来るの初めて。観光したかったな。夜景見たかった」
「そんなん言えるくらいには余裕あんねやな?」
「本当はないよ。言わないとやってられないだけ」
僕は汗でじっとりとにじんだ腕を絡ませた。
「で……空港からどこ行くの?」
「美味いもん食いたいな。博多はどうや?」
「いいね。それで決まり」
僕たちの逃避行は、始まったばかりだ。
了
5DAYS 惣山沙樹 @saki-souyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
惣山日記/惣山沙樹
★48 エッセイ・ノンフィクション 連載中 156話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます