DAY4

 翌朝は酷い二日酔いに悩まされた。ケントに薬を飲ませてもらい、水も大量に飲んだが頭痛が治まらなかった。


「うう……痛ぁ……」

「調子乗るからや。まあ俺も止めへんかったけどさぁ」


 固形物も食べられず、ゼリーを一口ずつケントにスプーンで運んでもらう始末だった。


「まあ、ゆっくり寝とり……」

「そうする……」


 ベッドの上で、僕はケントにしがみついた。こいつは、金を貰って僕を監禁している犯罪者で、おそらく他にも様々なことをしでかしていて。それでも、今頼れるのは彼しかいなかったのだ。


「ケント……何かさ、気が紛れるような話してよ」


 ケントが話し下手なのは昨日で十分わかっていたが、それでもそう言った。


「せやなぁ……俺の兄貴分の話しよか? 名前つけてくれた人」


 やっぱりケントの話はよくわからなかった。本人も記憶があやふやなのだ。その兄貴分がケントの世話をしたというのは確からしいのだが、その内容が問題だった。


「えっと……じゃあそのマヒロさんって人と初めてセックスしたってこと?」

「うん。どうせ客取らされるんやったら早い方がええやろうって」


 ケントの年齢もよくわからないし、何年前かも定かではないのだが、経験するには相当幼い頃であることは想像がついた。


「ええ人やったなぁ。あんなことになってもたけど」


 悪い予感はしたが、好奇心に負けて聞いてしまった。


「どうなったの……」

「バイトでヘマして、内臓丸ごと売られてしもた。俺らも呼ばれてな。マヒロさんの死体見せられたんや。お前らも言う事聞かんかったらこうなるでって」


 余計に気分が悪くなってきた。今度は僕が話し手になることにした。


「僕は……普通の家庭に育ったって思ってたけど。そうじゃなかったって知ったのは中学に入ってから」


 僕は私立の中学と高校に進んだ。大学もそのまま付属のところに行く予定だ。しかし、成績は上位をキープするよう両親からも祖父からも言われていて、僕は必死に勉強していた。


「五十嵐家の格を落とすなって。僕は政治家向きじゃないだろうから、せめて官僚になって出世しろって」

「ん……なんやようわからんけど、ボンボンも大変やねんなぁ」

「ボンボン?」

「ええとこの子ってこと」


 不思議だった。同級生の誰にも打ち明けたことのない、総理の孫としての重圧、責任感、焦り……そんなことを、ケントにはスラスラと話してしまった。


「僕は……選べるなら、他の家に生まれたかった」

「まあ、俺も、選べるんやったら選びたかったなぁ」


 ケントと目が合った。その目は、きっと残酷なものばかりを見てきたはずなのに、とても澄んでいて。吸い込まれそうで。


「キスして、ケント」


 そんなことを言ってしまった。


「んー? 癖になった?」

「……なった」

「素直やなぁ」


 僕の方から唇を奪った。そして、ケントにされたことを思い返しながら、同じことをした。


「なぁ、ハヤテ……する? セックス……」


 僕は迷わなかった。


「する」


 いずれこうなることは計画済みだったのだろうか。ケントはコンドームやローションを持っていた。余りにも無知な僕は、ケントに全て任せるしかなかったが、それでも終わった後に言ってくれた。


「ハヤテ。良かった。めっちゃ気持ち良かった。こんな気分でするん、初めてかも」


 ケントはくしゃりと笑って、僕を抱き寄せた。互いの汗や精液の匂いが入り混じり、むせ返りそうだった。


「ねぇ、ケント。この監禁が終わったら、もう会うこともないよね」

「せやろなぁ。まあ、俺とハヤテは住む世界が違いすぎるんや。ハヤテはその、カンリョウ? やったっけ。それになって、ええ生活しぃや」

「僕……僕、それでいいのかな」


 僕は被害者だ。警察で事情を聴かれるだろうが、非はない。きっと僕の警護は厳重になって、二度とこんな目に遭わずに済む。

 でも、ケントは? ケントはどうなる?

 戸籍がない以上、こうして汚れ仕事をするしかない。身体も売るのだろう。そして、理不尽な理由で殺されてしまうかもしれない。


「僕さ、これまでの暮らしより、今の方が気楽かもしれない」

「えっ、そうなん?」

「ケントは僕のことを色眼鏡で見ない。だから自然体でいられるんだよ。身体も全部見せつけ合ってさ……今じゃ心も剥き出しだ」

「なんや、ハヤテは難しいこと言うけど。つまりは俺のこと味方やと思ってくれとるん?」

「そう、かもね……」


 おかしな話だ。この部屋から一步も出られないというのに、僕は自由を得た心地でいるのだから。


 ――いっそ、永遠に、この監禁生活が続けばいいのに。ここでは、五十嵐昭一の孫じゃなくて、ただのハヤテでいられる。


「ケント、もう一回……」

「んー? 元気やなぁ。ええよ。俺もしたいし」


 僕たちは、食事をとることも忘れ、すっかりくたびれるまで身体を交わした。


 

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