DAY3

 ほとんどの時間をケントさんと手錠で繋がれ。ケントさんが何か用事をする時だけ、後ろ手に手錠をされた状態で待つように言われ。僕は大人しく従った。

 監禁されて三日目。あれから新たな指示は来ていないらしい。暇を持て余したケントさんが、僕にしたことは……キスだった。


「可愛い。ハヤテくんが動かしてもええんやで……?」


 ベッドの上に寝転んで密着し、舌を絡めた。このまま噛み切ってやればどうにかなるかもしれないが、豹変するとも限らない。僕は流されるままになった方がいいだろう。そして、ケントさんを取り込んでしまうことができたら。

 長い長いキスの後、ケントさんは僕の耳を舐めてきた。


「えっ、あっ」

「ほら……弱いんやろ。声出して」

「やだっ……」


 僕は下唇を噛んで我慢したが、一度声が漏れてしまうと歯止めがきかなくて、あられもない悲鳴をあげてしまった。


「ハヤテくん素質あるなぁ。やらしい。もっとええことしたるわ」

「な、何を……」


 ケントさんは僕の下着をズボンごとおろしてきて、すっかりそそり立っていたものをちろりと舐めた。


「ケントさん……ケントさんっ!」


 僕が何を言おうがケントさんはやめてくれなかった。深いところまで咥えられ、強烈な刺激に僕は抗うことができなかった。


「えっ……飲んだんですか」

「うん。美味しかったぁ」


 無邪気な笑顔を向けられて、僕は黙り込むしかなかった。しかし、少しずつだがケントさんのことがわかってきたのは事実だ。

 ぐったりして寝転んだままの僕にケントさんが寄り添ってきて、髪を撫でられた。僕はそっと尋ねた。


「ケントさんって……こういう経験、豊富なんですよね」

「まあ、今までそうして生きてきたからなぁ。オッサン何本分か数えられへんわ。やっぱり若い子の方がええなぁ」

「そう、ですか……」


 こんなバイトに手を染めるくらいだ。ろくな生活環境ではなかったことが伺えた。


「ケントさんって、何歳なんですか?」

「どうなんやろ? 俺さぁ、戸籍あらへんねん」

「えっ……」


 ケントさんは、ハッキリ言って説明が下手だった。同じところを行ったり来たり。時系列もよくわからない。それで何とか把握できたのは、物心ついた時には何人かの少年たちと共同生活をしていたこと。男に身体を売っていたこと。そして、名前だった。


「賢い人で賢人けんと。笑えるやろ? 俺の兄貴分がつけてくれてん。その人に読み書き教わった。やけど、学校行ってへんからさぁ。偉い人の名前とかわからんねん」

「そうですか……」


 それなら、僕の祖父を知らないのも納得だった。


「ハヤテくんは高校行ってんねんなぁ? おもろい?」

「面白くはないですよ。勉強は嫌いじゃないですけど」

「恋愛とかせぇへんの?」

「特には……中学生の時は、好きな女の子いましたけど。何もしなかったし、する気もなかったですね」


 そう言うと、ケントさんはつんつんと僕の頬をつついてきた。


「ええなぁ。俺さぁ、恋愛とかわからんまんま股開くようになってたからさぁ……。人を好きになる気持ち知らんねん。敵か味方か、ただそれだけ」

「……僕は、どっちですか」

「ん? そのどっちでもないか。せやなぁ、利用さしてもろてる相手?」

「ですよね……」


 ――この人は、行くアテがないんだ。普通に情で訴えても効果がない。こうなったら、祖父が動いてくれるまで待つしかないのか。


 それでも、勝手にじわり、と涙が出てきた。まだ、祖父のせいとは決まったわけではないが、この血筋のせいでこんな目に遭うとしたら、あんまりだ。


「うっ……ううっ……」

「わー、泣かんといてぇなぁ。俺もどうしようもないんやて。せめて楽しいことしたるから。なっ、なっ?」


 ケントさんに抱きしめられ、背中をさすられた。この人にはないのだ。悪意というものが。それだからこそ、行動を起こしようがない。

 しばらくケントさんの胸にすがりつき、彼の服をぐしょぐしょに濡らした後、僕はねだった。


「……タバコ、吸わせてください」

「うん、ええよ!」


 ベランダに出ると、強い日差しが僕たちの顔を照らした。それでも、僕が暮らしていた都内よりは涼しい気がする。僕はケントさんからタバコを受け取って自分で火をつけ、不格好に煙を吐き出して言った。


「苦いっすね……」

「せや。酒も飲むか? 頼んどくけど」

「お酒……飲んだことないですけど。いっそ酔っ払いたいです。お願いします」


 そして、夜になって届いた缶ビールを一気に飲んだ。味は最悪だったので、胃に流し込むかのように。


「おいおい、ハヤテくん、大丈夫かぁ?」

「放っておいてください」


 いい具合に酔いが回り、ふわふわとした気持ちになれた。この先、無事に開放されて大学生になれるかどうかはわからないが……そうなって友人と飲んでいるのだと思い込むことにした。


「ケントも飲めよぉ……全然進んでないじゃないか……」

「なんや、酔うたら気ぃ大きくなるタイプかいな」

「そもそも犯罪者に丁寧語なんかいらないよね。ほら、飲めって」

「はいはい」


 その夜は、ケントの腕枕で眠った。

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