DAY2

 揺さぶられて起こされた。


「ハヤテくん、おはよう。ヤニ補給させてや」


 まだ日は昇っていなかった。ベランダに行き、ケントさんがタバコを吸う間、僕はぼんやりと薄暗い空を眺めていた。


「暇やろ。ハヤテくんも吸うか?」

「いえ……要らないです」


 昨夜、眠るまでの間に、ケントさんにどう接するべきか決めていた。

 仲良くなる。

 多分それしかない。同情を買って、僕を逃がしてくれるように頼むのだ。


「ああ、ハヤテくん。そろそろ風呂入れたろか。着替えもしたいやろうし」

「そうですね……制服のままですし」

「さすがに手錠外すかぁ」


 ケントさんは玄関に行って、スニーカーの中から鍵を取り出して手錠を外した。そんなところにあったのか。


「ほな入ろかぁ」


 そう言ってケントさんがためらいなく自分の服を脱ぐので、僕はたじろいでしまった。


「えっ……一緒にですか?」

「目ぇ離したらあかんねんもん。風呂の窓から出られても困るしな。まあ、ここ九階やけど」


 狭い浴室に男二人ぎゅうぎゅう詰め。僕は小柄だが、ケントさんは身長は百八十センチくらいはありそうだ。それに……かなり鍛えられた身体をしている。力ではまず勝てないだろう。

 ケントさんは長い腕をにゅっと伸ばしてシャワーヘッドをつかみ、僕にお湯をかけてきた。


「……自分でできますってば」

「洗ったるって」

「えっ……ちょっと……」


 ケントさんはボディーソープを手に取り、僕の肌に塗りたくっていった。肩、腕、腹……までは我慢できたが、股間をいじくられてさすがに手で制した。


「や、やめてくださいっ」

「乱暴はせぇへん約束。でも、気持ちええことやったらええやろ?」

「やだっ……!」


 わめこうとすると、唇を唇でふさがれた。頭の後ろに手を回され、舌が口内に入ってきても抵抗できなかった。


「んっ……あっ……」

「ちゅーすんの初めて?」

「はい……」

「可愛い。どうせ俺も出られへんねんもん。楽しいことしようなぁ」


 ――こいつ、ヤバい奴だ。


 一日十万円で高校生を監禁するバイトをしている時点で、ヤバいのはわかっていたはずなのだが。さすがにこんな事態は想定外だった。


「ケントさん、やめて……こわいっ……」

「じきにようなるから。男の子やねんし、たまるもんはたまるやろ? 手伝ったるって」


 僕は追い詰められ、壁に背中をつけた。ケントさんは僕の耳を唇ではさみながら、下半身に手で刺激を加えてきた。


 ――殴られたり蹴られたりするよりはマシか。


 観念した僕は、ケントさんに身体をゆだねた。ケントさんは慣れているのだろう、簡単に僕は達してしまった。

 バスタオルと、新しい服を手渡された。自分の一番恥ずかしい姿を晒してしまったことで、ケントさんの顔はなかなか見ることができなかった。


「ハヤテくん、そんな泣きそうな顔せんでも」

「だって、だって……」

「気持ちよくなかったん?」

「気持ちよかった、ですけど……」


 それが問題だった。性の経験なんてこれが初めてだった。僕にだってそういう欲求くらいはあるが、まさか自分を監禁している男に導かれるだなんて思ってもみなかったのである。


「あはっ、えっちなことすんな、とは言われてへんかったからな。大丈夫やて。痛いことはせぇへんから」


 着替えた後は、ベッドに座らされて後ろ手に手錠をかけられた。ケントさんは洗濯物を干した後、玄関を開けて、外に置いてあったらしい大きな段ボール箱を部屋に運び込んだ。


「ケントさん、それは……?」

「食料品とか日用品。あと昨日の分の報酬。ここに持ってくるバイトがおるねん。逆にそいつがゴミ持って行くっていう寸法。言ったやろ、俺も出られへんって」


 複数人が僕の監禁に関わっている。祖父を脅しているのだと仮定して……祖父は、どう動くのだろうか。僕は祖父の初孫だ。僕の命を優先してくれると信じたい。

 ケントさんは箱から次々と物を取り出しながら言った。


「なんや、ラーメンばっかりやけど……まあええか。ハヤテくん何味がええ?」

「あっさりしたやつがいいですね……」

「ほなしょうゆにしよかぁ」


 ケントさんがカップにお湯を入れて、三分待つ間、手錠を外された。


 ――このカップのお湯をケントさんの顔にかけてひるませたら、逃げれるか。


 しかし、失敗すればどんな目に遭わされるかわからない。ケントさんには優しいままでいてほしい。僕はぐっと耐えてラーメンをすすった。ケントさんが言った。


「ハヤテくんははよ帰りたいやろうけど、俺は一日でも長い方が稼げてええんよなぁ。何日かかるんやろ。まあ、何がどうなっとうんか、だーれも教えてくれへんねんけどな。ははっ!」

「ははっ……」


 ケントさんがタバコを吸うのにもちろん付き合わされたわけだが、僕もだんだんやけになってきた。


「僕にもください……」

「おう、ええよ。ほい。息吸い込みながら火ぃつけるんやで」


 そんな、初めてのこと尽くしの一日だった。

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