外来種

益井久春

外来種

私は女神。この世界を創造し、人々を生み出した存在。

普段は天界でただ様子を見ていますが、多数の人々が同じ願いを込めて祈りを捧げた時にだけ人々の前に姿を現し、その願いを聞き入れるか拒否するか選ぶのが仕事です。


今日はたくさんの東の大陸にいる人間から祈りがあったので、地上に降りて祈りがあった国にいた聖職者から事情を聞くことにしました。


「女神様、南の大陸から持ち込んだライトスライムが野生化し、あちこちで家畜を襲っています」


「……本当に魔物を、他の大陸から持ち込んだのですか?」


「はい」


「それはいけませんね。魔物といえど自然の一部、生物であることに変わりはありません。そんなことをすれば、あなたの国の生態系が崩れてしまいます。あなたたちで魔物を倒してください」


「わかりました……」


自分がやったことの始末は自分でするもの。何もかも甘やかせば、人間は向上心を失ってしまいます。


私はそれだけ言うと天界に戻り、対処を人間に任せることにしました。


人間は私の言うことを聞いて、すぐにライトスライムの処理に取り組みました。20年もすると、東の大陸からライトスライムはいなくなりました。


そこから100年ほどの月日が経ちました。魔物の中から人間と同じ言葉を話すものが現れ、人間はそれを魔族と呼ぶようになりました。魔族は次第に集まって魔王と呼ばれる大魔族を中心に独自の国を作り、人間の国を襲い始めました。


人間の数が4分の1ほど減った頃、人間たちはそれまで自分たちの間でずっと続けていた戦争をやめ、皆一斉に私に祈りを捧げました。それを聞いて、私は地上に姿を現しました。


「女神様、どうか私たちを助けてください!このままだと魔族に人間が滅ぼされてしまいます」


聖職者が私にそう告げます。


「わかりました。それでは別世界から救世主を呼んできます」


私はそう言って地上から姿を消すと、別の世界から人間を探しました。


私がついた先は、「地球」という世界。ここにも人間がいますが、この世界の人間は魔法ではなく、「科学」という別の力を使っているようです。


私はそこから何十人か人間を私の世界に呼び込みました。できるだけ地球に影響を与えないように、社会の陰にいる目立たない人々や、社会に影響をもたらしていない人々を選びました。


無論、そのままでは魔族に負けてしまいます。私は彼らに最大級の加護と魔力を与え、ちゃんと説明をしてから私の世界に送り出しました。


幸い、彼らのほとんどは驚くほどすんなりと私の説明を理解してくれました。急に連れ出されたことを不満に思うばかりか、皆喜んで私の天啓を引き受けてくれました。


「来たぞ、勇者様だ」


「ようこそ、私たちの世界へ。まずはゆっくりしていってください」


「どうか中央の大陸にいる魔王を倒してください、お願いします」


世界各地の村に召喚された彼らを見て、私の世界の村人たちは大喜びで迎え入れました。


勇者たちは私の世界と私から授かった力を快く思い、皆それぞれのタイミングで冒険を始めました。


勇者たちは各地の魔族の巣窟を攻略し、各地の村を訪れ、各地で仲間をつくりました。


勇者は誰一人として死ぬことなく、1年もたたずして魔王城のところに辿り着きました。


「ついに来たか……勇者よ。我に挑む覚悟はあるのか?」


魔王は自信を持ってそう言いましたが、戦いは1分と経たずして決着。勇者は圧倒的な力を振るい、あっという間に魔王を倒してしまいました。


魔王が討伐されたことが村人たちの知るところになった頃。世界各地の村人たちは皆魔王を倒したことに感謝し、それぞれの村を出発した勇者を祭り上げました。


「魔王を倒した勇者が帰ってきたぞー」


「きゃー!勇者様、素敵」


「魔王を倒してくださり、ありがとうございます」


私も村人たちと同じように魔王が倒されたことに安堵しました。


次に私が私の世界の人間からたくさんの祈りを受け取ると、世界は目まぐるしいほどに変わっていました。


各地では私が地球から呼び出した元勇者たちが気に入らない村人を圧倒的な力で虐殺し、気に入った人間を強引に奴隷にして慰み、各地から法外に高い金品や優秀な装備を略奪していました。


彼らは魔王を倒した後に各地の王からその功績を称えられた結果、みな王族や貴族の地位を手にし、合法的に村人たちを支配していました。彼らの悪口を言ったり、彼らの邪魔をしたりして逆らった村人たちは、勇者の強大な力により、一瞬で殺されてしまいます。


そう言った事情により、勇者が呼び出された時の半分ほどにまで、私の世界の人間の数は減っていました。


祈りを受け取ったので、私は生き残っていた聖職者から事情を聞くことにしました。


「女神様、勇者をどうか元の世界に帰してください」


「なぜそんなことをしなければならないのですか?」


「勇者のせいで私たちは大変な目に遭ったんですよ。魔王が倒されて勇者が王族や貴族の地位についてから、勇者たちは我が物顔でこの世界の人々を乱暴に扱い始めました」


「それで?続けてください」


「元からいろんな家に勝手に入って壺を破壊したり、箪笥の中などからお金を奪ったりしてはいたんです。でもその時はまだ魔王を倒してくれると思って誰も何も言わなかったんです。でも魔王がいなくなった今でも勇者が同じことを続け、エスカレートした結果がこの有様ですよ」


私は眉をひそめてそれに答えます。


「いいですか。私がなんでも言うことを聞いてくれると思わないでください。自分がやったことの始末は自分でするものです。あなたたちが彼らを呼んだから彼らはここに来たのです。自分のワガママで呼んでおいて都合が悪くなったら神に頼るなんてとんだ烏滸がましい行為ですよ。ですから私に頼らず、あなたたちで勇者を倒してください」


私は聖職者にそう言って、地上を後にしました。

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外来種 益井久春 @masuihisaharu

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