その他
その刀の名は? ~武器職人物語~
『帝国』で四年に一度開かれる天覧武器品評会。
武器を育てるのはたいへんだ。
まず、よい素材を吟味して、武器の原形を造る。それに追加の素材を加えつつ、他の武器職人やモンスターと戦って成長させる。属性や追加効果を付け加える。
それは何年どころの話ではない。みな、長い年月をかけて武器を育てる。
私が手にしている『名無し』は、いまの帝国が成立する以前から、先祖代々、受け継ぎ、
品評会の決勝戦。
相手は、背中の曲がった老人だが、まったく油断はできない。
なぜなら、アーテズンたちによる長年の研鑽の結果、武器の威力が高まりすぎたため、もはや、その使い手の技量などは、勝敗を決めるうえで、ほとんど関係がなくなってしまった。
品評会に持ち込まれるような武器には、使い手の体力や力、魔力などを強化する効果が備え付けられている。
老人と私は、まず、闘技場の
それからそれぞれの武器を構えた。
私の『名無し』は何の飾りもない、古戦場などでいくらでも転がっていそうな刀である。
しかしながら、その切れ味はすさまじく、帝都の民の中には、帝国一の刀と言ってくれている者も少なくない。
それに対して、老人の武器は、異形の
薔薇の枝を思わせる鞭で、それで彼が床をひとつ打つと、鞭から枝が伸び、老人の体を覆った。それから、ところどころに、青い薔薇が咲き始めた。
ブルー・ローズ・ウイップ。それが老人の武器のなまえだった。
武器の素材はいろいろだ。基本は金属で、鉄や銅など手に入りやすいものから、銀や金など値の張るものまである。これにさまざまな素材を加えて強化するのである。
聖獣の角や皮から造る者もいれば、霊木を元にする者もいた。
聞いた話によると、老人の場合は、長い間、山に籠り、鞭を鍛えに鍛えて、この品評会にやって来たそうだ。
おそらく、高価であったり、めったに手に入らなかったりする素材を配合しているのだろう。
老人が山の奥にある、だれも
さて、いよいよ勝負の時が来た。
私は『名無し』を
しかし、それから私も老人も動かず、ときおり、老人が鞭を鳴らす音だけが、静寂に包まれた闘技場に響いた。
万を数える観客たちの視線が、私たちにそそがれた。
やがて、しばらくしたのちに、私はもう良いだろうと、『名無し』を鞘に収め、深々と老人に頭を下げ、降参した。
場が騒然となる中、つづいて私は陛下に一礼した。
武器にはさまざまな効果を与えることができる。
たとえば、戦場で使いつづけて、人の血を吸わせることで、呪われた武器を造ったりと。武器に使用者への呪いの効果をつけ、使用者が呪われる代わりに、強大な力を付与させるのである。
我が『名無し』の場合は、遠い先祖が逆転の発想を行い、使用者ではなく、刀自身に呪いをかける方法を編み出した。おそらく、広い大陸の中でも、この手に気がついている者は稀であろう。
『名無し』は、本当の名を『花切らず』と言う。それを知っているのは、隠居した父と、この私だけである。長男が大きくなり、私の後を継ぐことになれば、家督相続の際に、彼へ知らせる予定だ。私が父からそうされたように。
ご先祖が『花切らず』にかけた呪いは、植物を傷つけることはできない代わりに、その他のものは何でも斬れるようにする、というものであった。
だから、私は老人との戦いを避けて、不戦敗に甘んじたわけである。
負けて私が死ぬだけで済むのならばよい。
万が一、『花切らず』を折られるようなことがあれば、何百年もかけて、刀を育てて来た先祖に申し訳がない。
品評会での試合を通じて、『花切らず』はさらに成長した。品評会の準優勝で、その名声もいっそう高くなった。
ただ
老人と戦わなかったことで、陛下のご機嫌を損ねて、国外追放にでもなれば一大事である。
武器を鍛えるのには金がいる。そのため、私も含めた有力な
追放になれば、工房を没収されてしまう。
そのために、私は陛下の側近を買収して、「達人同士の戦いでは、このようなことがたまに起きます。それも試合の醍醐味でございます」と言わせた。
陛下はすこし不満げであったそうだが、戦わなかった私を罰する話にはならなかった。
やれやれである。
私の夢はさらに『花切らず』を成長させ、長男へ渡すことである。目下のところは、もっとオリハルコンの含有量を増やしたいところなのだが、さらに工房を大きくして、たくさん金を稼がないと、手に入れることはできない。
扱う武器の質だけではなく、種類も増やして、もっと帝国の民に買ってもらわないと……。
短編集「バー・ミード」 青切 @aogiri
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