#09 異世界転生を知らない異世界転生希望者
§ § § §
とある現実世界と虚実の世界のはざまで、二人のこの世ならざる存在がいた。
一人はスーツを纏った渋い叔父さんのような姿を、一人は若い女子学生の姿をしているかのように見えた。
二人は手元にある書類を見ながら、次々と部屋に入ってくる迷える魂を様々な異世界へと送り届けていた。
「次の方どうぞ~」
新人プランナーの声に反応して一人の男性が扉を開けてきょろきょろと周りを見ながら入ってくる。
「あ、どうも。って、なんですかここは?? 白い部屋……どうなってるんだ?? あの世ってやつかここは?」
「N士さん、あなたは残念ながら亡くなりました」
「……やっぱり……」
N士と呼ばれた男は前世の死ぬ間際の事を回想する。
白い部屋には突然宙に浮くディスプレイが表示されて映像が流れる。N士は消防士の様で火を消す際に爆発事故に巻き込まれた感じだった。
「すごい、こんな鮮明に映像が……って、助からないよねこれじゃ……」
「そうですね。ただ、あなたの行った行為により、あたなが助けようとした人は助かったようですよ」
「それはよかったです。レンジャーとして本望です。ですが……」
「お子さんたちですね、そちらの方も……悲しみに包まれていましたが残された奥様、親族の支援で無事大人になり成長をしている様ですよ」
「そうですか……ってはやっ!! え? えぇっ? 大人?? 何年たったんですか? まだあの子、保育園ですよっ?」
「ええっと……」
説明しにくそうにしていた新人プランナーの代わりに渋い叔父さんがN士の質問に答える。
「ここは時間の概念が地球と違うからねぇ。あれだよあれ、君の年齢の文化だと……あ、「精神と時の間」的なやつだ」
「「精神と時の間」……あ、わかりました。ありがとうございます!」
「なんですかそれ?」
「あ、分からなくていいよ。世代にしかわからない魔法の言葉だからね」
「承知しました……それでが……ええっと、まずあなたの前世を軽くおさらいしましょう」
新人プランナーが空中に浮いた光るウィンドウを何やら操作をすると、N士の生前の映像がダイジェストが所狭しと大量に流れ始める。
「おおっ!すごいっ!! 過去の映像がこんなに沢山!! ……懐かしいなぁ……ああこんなこともあったのか……小さいなぁ……」
空間に映像が流れるとN士は懐かしさで涙を流し始めた。
渋い叔父さんはしばらく静観していたが、新人プランナーも見入って涙を流しているのを見て先を促す。
「新人君、先に進めてくれるかい?」
「あ、すいません。もらい泣きをしてました……えっとですね、あなたの積んだカルマの清算を開始します」
「……え? 「かるま」ってなんですか?」
「あなたが前世で行った行動で、助けた人間、世界に恩恵を与えた事などを数値化してポイントとして加算したものになります」
「……すまない、えーっと、もっとわかりやすい言葉でおねがいできますか? 自分、そこまで頭良くないんで……」
「は、はい。要するに前世で良い事をしたポイントですね。ポイントカード的な?」
「なるほど! Tポイントみたいなもんですね!」
「……え?」
「ああ、それだな。それ。新人君、ポイントカードの項目をダウンロードして勉強しておいてくれ。割と会話に出る」
「しょ、承知しました……すみません不勉強で」
「問題ない。「じぇねれーしょんぎゃっぷ」だ」
「え、神様って年あったのか?」
「……それは極秘事項です」
「わかりました。極秘、ですね」
(若くてきれいに見えるんだけど……凄いおばあちゃんなのかな?)
N士の思考を読める新人プランナーは照れ隠しをしながら空中の端末を操作する。
「……ではN士さん。あなたのカルマだと……あれ? 転生希望先が空欄?」
「え? なんですかそれ?」
「? この部屋に来る前に取ったアンケートですが……」
「あ、すみません、よくわからなかったので夢だと思って適当につけちゃいました……」
「しょ、承知しました……えっと、異世界転生にチェックがついていますので、N士さん、あなたのカルマなら選び放題ですね、色々な世界が……」
「……す、すいません。イセカインテンセイとは??」
「え? そこから? えっと……」
渋い叔父さんがN士の人生のキャリアから判断をして簡単に説明する。
「あー、あれだ、あれ、地球だけじゃなくて、ほら、ドラゴンクエストみたいな世界とか、ハリーポッターみたいな世界に行けるんだ」
「……え? どらごんくえすと?? えっと、自分、また人助けする仕事に就きたいので、日本でいいんですけど、あとレンジャーの本場のアメリカでも!」
新人プランナーはN士の希望に絶句して言葉が出てこない
「っ……え、ええっと」
「……なるほど……勢いだけでかいちゃったか……」
「い、勢いですか?」
N士は初めて元気のない声で質問をする。
「あの……もしかして戻れないんですか?」
「あー、選んじゃったからなぁ……戻れはするけど……転生先でカルマを積んでもらえれば戻れなくはないな……」
「わかりました。イセカイテンセイとは派遣任務みたいなものですね! 人助けをして帰ってくればいいんですね!」
「……そ、そうなります」
「って事は、人助けを望んでいる人が多い世界に行けば「かるま」とやらがたまりやすいんですね?」
「そうなるなぁ……物分かりは早いんだな」
「自分、頭の回転は速いバカと言われてました!」
「す、すごいですね、では……ええっと……カルマの高い人に救援要請が出ている世界は……こちらになります」
N士の目の前には空中に浮いた画面が大量に出現し、色々な異世界の映像が紹介文と共に流れ始める。
「すごいっすね。なんか随分昔な……世界史に出てきそうな世界ですね……うお! 映画で見たようなモンスターが動いてる! すげぇ!!」
「ではNさん、この中でなかったら他にも候補は上げられますのでじっくり考えてください」
「あ、この世界すごい! なんか「ゴクウ」みたいな動きしてる!!」
「あー、そこはスキルアシストが一応ある今人気の世界だなぁ……Nさん、君のカルマなら色々とその「ゴクウ」みたいな動きが出来るけど、どうする?」
「これに行ってみたいです。こんなスーパーヒーローみたいな動きが出来るんですか? 自分も?」
「ええ、あなたのためたカルマを利用すればすぐにでも」
「ではこの世界でお願いします! これならたくさん人を助けられる!」
「あ、スキルポイントの振り分けをしっかりとしてください!」
「えっと、すいません、意味が……」
「……はぁ、叔父さんが「ゴクウ」になれそうなスキル割り振りしておこうか?」
「あ、頼みます! うちの隊長みたいに面倒見がいいですね!」
「お、おう。ありがとう。ではこんな感じかな……動きのイメージはこんなんだ」
渋い叔父さんが端末を操作し、N士に転生後のプレビュー映像を見せる。
「すごい! 本当にマンガの世界の人みたいだ!」
「あと細かい説明は一応頭の中に流し込んでおいたから……あちらの世界で有効に活用してくれ」
「……は、はい……自分、頭がパンクしそうです……」
新人プランナーが手続きをしながらN士に次のフェーズの質問をする。
「はい、それでは魂の洗浄は行いますか?」
「なんですかそれ?」
新人プランナーは答えを予測していたのか落ち着いて答え始める。
「……もう慣れましたよ……ふふっ……要するに、ええっと、記憶や知識をリセットしてあなたの人格だけを残して転生、生まれ変わると言う事です」
「え? それだとこの世界に戻ってこれないんではないですか? 子供たちにも会いたいですし」
「……その理由で洗浄しないを選択する人は初めてですね」
「……まぁ、たまぁにいたが……たまにだな」
「承知しました……はいこれで手続きは終了ですね」
新人プランナーが空中の端末を操作し終えると、何もない空間に光るボタンが出現する。
「ではそちらの合意ボタンをおしてください。新たな人生が良い旅になりますように……」
「凄い世界ですね……では神様達、行ってきます! 早めに戻りますね!!」
N士は空中に浮いたボタンを押すと、一瞬にしてその場から消えていった。
§ § § §
新人プランナーは一呼吸を終えた後、渋い叔父さんに思わず感想を話す。
「凄い人でしたね……勢いが……」
「ああ、たまーにいるんだよね。たまーに」
「あの、局長、私ちゃんとできてたでしょうか?」
「あー、最初があれじゃな。判断しにくいな。まぁ、良い方で変なやつもたまに来るから慣れておいて」
「承知しました……彼、戻れると良いですね……」
「難しいだろうな……ああいう輩はどこの世界でも……引っ張りだこになるからなぁ……」
新人プランナーは書類を整理し、次の魂の情報を見ながら疑問を局長にぶつける。
「……なんか、生まれ変わったところにそのまま戻れると思っている感じが……だました事になりません?」
「多分、理解しても、考えても無いだろうな。そこまで。まぁ、いいんじゃないの?」
「そんなものですか?」
「そんなもんだ」
新人プランはーは初めての顧客が気になったので人生をみれるウォッチリストに彼の人生を登録しておいた。
§ § § §
N士は転生し剣と魔法の世界に生まれ落ちた。細かな設定をしなかったため、赤子から記憶を持ち、不思議な感覚を楽しみながら幼少のころから鍛錬と、彼が意識していない「スキル」を利用して人助けに明け暮れていた。
12歳になると、家族と村人総出で見送りされていた。
N士は子供ながらも数多くの魔獣を打ち倒し、水路を魔術砲撃で堀り、強化された体で森を切り開き畑にし、あらかた人助けをやりつくしたので、豊かになって来たこの村を去ることにしたのだった。
「N士、達者でな!」
「手紙を送るんだよ!? わかってるよな!? 代筆でもいいんだからな?」
「ああ? もちろんだ!」
「あまり人の事に首を突っ込みすぎるなよ! 人間関係には手を出すなよ! 金の話には乗るなよ!」
「わかってる? って……多分。それじゃみんな! さよなら!!! お世話になりましたっ!!」
N士まだ少年といった風貌だったが、歴戦のつわもの様な大剣と鎧を携え、荷物一つで村を出て行った。
(それにしても、どれだけ人を助ければあちらの世界に帰れるだろう? 結構助けたよな?)
N士は完全に勘違いをしていた。異世界転生局の職員は、人助けをし、カルマが溜まった状態で人生を終えて転生をすれば戻ってこれると伝えたつもりだったが、彼は人助けを沢山してポイントが溜まればすぐに日本に帰れるかと思っていた。
N士は国中の街や村を転々とし、人助けをし続け、マンガの様な強さで魔獣を葬り去り、少年のあどけなさが消えるころには「流れの英雄」とも呼ばれるほどになっていた。
ある時、王に呼びつけられ王都に来ていた。謁見の前日に、とある城下町の酒場で、彼と似たような風貌の人間が集まる酒場に来ていた。
魔獣討伐の際に出会った顔見知りの人間と久々に出会い、思い出話や噂話などをしていたが、会話の中の知らない言葉に思わず彼は聞き返していた。
「ボウケンシャギルド? なんだいそれは?」
「……えっ?? ここの酒場の事だぞ? ほら、あそこに受付けがあるだろ? あの辺がギルドの受付嬢だよ」
「……宿屋の受付けかと思ってた……」
同年代の女性がびっくりしながら詰め寄るようにN士に質問をする。
「N士さん、冒険者じゃなかったの? 報酬はもらってないの?? 生活はどうしてたの??」
「ボウケンシャ? じゃないなぁ……たまに質問してくるアレか……あ、いや、なんか行った先とか、道中でいろいろ貰えるので……お金には困ってないんだよね……宿屋も大体無料だし、なんか武具の手入れもしてくれるし……お金、やっぱ必要だったんだよね?」
「……割とふんだくられるよな……」
「さすが「流れの英雄」ね。確かにN士さん目立つものね」
「なぁ、討伐報酬ってすごいよな……」
「ああ」
「この間のドラゴン討伐の報酬、今から登録してももらえそうよね……」
隣に座っていた同年代の女性がN士の腕をつかみ、彼を立ち上がらせる。
「登録しておきましょう……報酬が追加でもらえそうだったらN士さんのおごりよ!」
「わ、わかった」
同年代の女性が笑顔で冒険者ギルドの受付けに向かってN士を引っ張り、手続きを開始する。だが、N士はめんどうくさそうに戻りたそうにしてふらふらとしていた。
「N士さん、ふらふらしない、あんなに強いのに……」
「あ、いや、自分、手続き……書類仕事が苦手で……」
「しょうがないわね……代わりにやるわ……えっと出身を書かないと駄目なんだけど……」
「でかい橋のある町の隣にある村だ。ほら、あの二本角の山のあるふもとの……」
「……何となくはわかるんだけど……村の名前くらい覚えておいてよ……「ステータスウィンドウ」……オープン……N士さん……凄いパラメータね……本当に人なのかしら? ……えっと、「始まりの村H」出身っと……」
N士は目の前の女性が空間に出した光る板をどこかで見た記憶があったので思わず質問をする。
「なぁ、その空中に光る板みたいの、なんだ? アレ……どこかで見たような……」
「え?? これが見えるの? これって特典のはずじゃ……」
「トクテン? 自分も使えるのかな?」
「……」
目の前の女性はしばらく考え込んだ後、言語を切り替えて「日本語」で話しかけてくる。
「ねぇ、もしかして……N士さん、あなた「転生者」なんじゃないの?」」
「テンセイシャ? 懐かしいな……この言葉」
「あ、やっぱり日本語分かるのね……んと、この世界に生まれる前に……面接みたいの受けた?」
「受けたなぁ……ああ、それで困ってるんだ。あちらの世界に帰るためにがんばってんだけど戻れなくてなぁ……」
「……え? 帰れないでしょ? だって転生よ? 死んだ後は戻れるかもしれないけど」
「……え? それってマジっすか?」
「ええ、だって転生だもの、生まれ変わりってやつよ?」
「え!! なんだって!! テンセイって、生まれ変わりだったの??」
「え??? 知らないでこっちの世界に来たの?? 異世界転生希望にチェックを入れないとこちらの世界にこれないはずなんだけど???」
N士はもうかすかにしか覚えていない転生時のやり取りを思い出していた。
「あ、その、夢だと思って適当にやったら……こっちにきちゃって……」
「なるほど……と、なると、戻るために頑張ってきたからこの戦果ってことか……」
「な、なぁ、戻れないのか??」
「カルマを積んで貢献値稼いで、徳を高めれば……戻れるって話だった気がするわよ?」
「カルマってのは見られないのか? その光る板で!?」
「それは見れないのよね……そうねぇ……私の記憶だと、確か貢献値は……人助けや世界の発展に貢献、子孫を残す……なんて感じだったかしら?」
「人助けは頑張ってしているはずだ……」
「そうね、あなたの活躍は聞いているから……」
「後は子供か……困ったな、浮気にならないよな……」
「ん~しょうがないなぁ……私がこの世界の事を手取り足取り教えてあげましょうか……フフッ」
目の前の優しい女性の目は、徐々に目の前にいる最上の獲物を狩る目に変わっていった。
§ § § §
新人プランナーは一日の業務を終え、帰り支度をしていた。
ふと通路を歩いている局長を見つけ声をかける。
「局長、この間の勢いがある方なんですが……」
「ああ、あの件か、結局どうなった?」
「あちらの世界の「救国の大英雄」と言われる人間になったそうですが……その、人生を終えた後、次の転生時に「あちらの世界の家族」と「こちらの世界の家族」をまとめられないか……など少々変わった要望を出しているそうです……」
局長はこめかみに指をあててトントンとしながら考え始める。
「ふむ……その場合は、さっさと魂の浄化をする様に誘導した方が良いな……」
「え? それってひどくないですか? 忘れてしまうんですよ?」
「転生するたびに家族全員の魂と一緒になりたいとしたら……一体何人の魂を彼と一緒にしないと行けなくなるのか考えた方が良いな」
「なるほど……そのための魂の浄化ですか……基本的には魂の浄化が基本ですものね……」
「だな。次からはチェック欄が空欄の場合は要確認にするかぁ……文章読まない人間もそれなりにいるんだよなぁ……この時空なら誰でも文字が読めるはずなんだけど」
「仕方ないですね、勢いで生きている人なので……」
「勢いは重要だな。貢献値が凄くなる傾向にあるからな……」
局長は転生希望欄の項目を読んでいない輩を判別する方法を模索し始めると同時に、「勢い」をパラメータ化できないのか思案していた。
§ § § §
異世界転生プランナーの備忘録 ~あなたの希望に沿った世界はこちらでしょうか? 藤 明 @hujiakira
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます