第31話 ルルージュへの悪魔の囁き

 ジンブンさんの記事はとても面白いです。

 彼女が最初に私とクレン様の記事を書いたとき、少し脚色されつつもあり、それでも偽りなく描かれた内容は読んでいてとても気持ちの良いものだった。


 どこから調べ上げたのだろうという驚きの情報もありつつ、私の知らないクレン様の過去まで少し書かれていて驚いた。


 そのジンブンさんが書いた最近の朝刊が、今王都を賑わせている。


 なんと、私は聖女の暗殺者じゃなかったみたいです!

 ていうか、私元聖女の暗殺者だったんですか!?


 そういえば、クレン様も以前二人っきりの室内でそんなことを謝罪していた気がする。

 いつも楽し気に過ごしているクレン様が、凄く真剣な表情をしていたので、てっきりそういうことなのかと身構えていました。

 貴族の結婚は子を残すのが目的だというし、あの夜は相当ドキドキしました。あっ、これはエッチなことが起きると!それなのに、ずっと辛く当たっていてごめんなさい、と謝られた。


 ……一度も辛く当たられた記憶なんてないのに。フェーヴル領の人たちはとてもやさしくて暖かいし、クレン様はたまに厳しいことを言うけれど、どれも領主として当然の発言というか、むしろ立派だなぁと思っていた。


 なのに、本人は辛く当たっていたと思い込んでいたらしい。

 その理由がこれか、と今更に知ることとなった。


 私って聖女暗殺犯だと思われていたから、フェーヴル領に送られたの?

 あそこは美味しいパンをくれるし、魔石加工業も盛んだし、クレン様は格好良くて頼りになるし、てっきりご褒美だと思っていました。


 なぜご褒美かというと、フェーヴル領に行くまで、私の心の支えはずっと思い出の母だけだったからです。


 サーペンティア家は母の実家。病弱な血筋は母を残して一族みんな死んでしまい、婿として頭の良い父が迎え入れられたと聞きました。


 父は頭の良い人だけれど、昔から怖い人でした。人の感情を感じられない、冷たさがいつもどこかに……。


 そんな父を、母は良くこう言っていました。

「みんな色んな事情があって今があるんですよ。あんまり怖がってはいけません。あなたの父なのですから」

 母が生きていた間、その言葉を信じて無理にでも父の前では笑っていました。怖くても、絶対に笑顔を絶やさずに。


 けれど、母が死んだその日、父は葬式に来ることもなく、代わりに兵を寄こして、私の軟禁を始めました。

 なぜという気持ちと、悲しさ、そして母の別れ際に来なかった父への怒りもありました。それでも、数か月も軟禁されていると次第に父への関心が薄れて、これからどうなるんだろうという不安の気持ちが徐々に芽生え始めて、夜がなかなか眠れない日々。


 それでも、初めの頃は一日三食は出され、本も自由に読ませて貰えました。退屈な老後の人生といった感じでしょうか。まあ悪くはなかったです。友達には会いたかったですけど。


 それが変わったのは、1年くらいしたころです。徐々に食事の量が減り、本の差し入れも無くなり、お風呂に入れて貰える回数も激減しました。


 別邸からは私と同じ年頃の子供がはしゃぐ声がするのに、なぜ私はこんなところに閉じ込められているんだろう、と毎日悩みました。


 けれど、考えても出られないし、何よりお腹が空いて、部屋は寒し、一人きりで寂しい。

 しかも母が生きていた頃はみんなあんなに親切にしてくれたいた使用人たちが、食事を持ってくる際に私のことをゴミの様に見るようになってきた。なんでだろう?私が悪いことしちゃったのかな?とそれもまた辛さに拍車をかけた。


 なんども消えてなくなりたいと思った。この地獄のような仕打ちはいつまで続くのだろう。なぜこんなことをされるのだろうと延々と考えた。そんな折れそうな心を、母の言葉だけが救ってくれた。


「聞きましたよ。今日喧嘩したんですって?」

「だって、キミちゃんが私の服を汚したんだもん!ルルージュ悪いことしてないもん!」

「キミちゃんのおばあちゃんが先週亡くなったそうよ。昔からおばあちゃんっ子で凄く懐いていたみたい。人にはみんな色んな事情があると言ったでしょう?キミちゃん、辛くてルルージュにあたっちゃったのかもね」

「え……。でも、そんなこと知らなかったもん」

「そうよね。でもルルージュは強くて優しい子だから、これからは辛いことがあっても許してあげてね。人にやさしいルルージュには、きっと将来良い人たちが集まってくるから」

「ほんとうに?」

「ええ、本当よ。ルルージュの未来には幸せが待っているの。お母さんにはわかるわ」

「うん!明日キミちゃんと仲直りしてくる!」


 その暖かく懐かしい光景が、あの地獄の10年間を支えてくれた。

 そして、やっぱり大好きなお母さんの言う通りだった。なんの力が働いたかわからないけれど、私、今とても幸せです。なんかフェーヴル領に送らて、すんごく毎日が楽しいです!


 だから記事を読んだとき、自分が監禁されていた理由が暗殺犯に仕立て上げられたからとか、実家の都合の良いように使われていたとか知った時、少しだけ悲しみで泣いちゃった。


 でも、母の言葉をまた思い出す。憎しみで生きていても仕方ないもの。私は別にもう彼らとは関わらない。これからはクレン様たちと一緒にフェーヴル領で生きていきたい。ただ、それだけなのだ。サーペンティアの家でのことは、母との思い出だけ覚えていればよい。


 すーと心の重荷を下ろすことができた時、私の室内がノックされた。

 ……!!


 クレン様だ!!


 うっきうきな足取りで扉を開けると、そこには思わぬ人がいた。

「……アンネさん?」

「お姉様!」

 扉を開けるや否や、私にそっくりな顔の女性が抱き着いてきた。


 彼女は、あのクレン様が激怒していた恐ろしい魔力の覇気を放っていた会議室で裁かれていた人。聖女様に「超こっち」と指名されて、新聞でも矢面になっている人だった。


 そして監禁されている間、別邸で聴こえていた声でもある。


「お姉様?……私が?」

「はい!ルルージュお姉様!ずっとお会いしたかったのですよ!……わたくし、ううっ。……お姉さまが実家で閉じ込められていたなんて露知らず。そんな悍ましいことがあったと知っていれば、父上と母上に働きかけて解放してあげていたのに!」


 その目に涙を浮かべ、アンネさんが力説する。

 私と彼女は、腹違いの姉妹ということになるのだけど、実は先日の会議で初めて会った。

 お互いに面識がないので、姉と呼ばれることん違和感がある。


「アンネさん、落ち着いて下さい。なぜこのような場所へ?」

「だって、皆わたくしを犯罪者のように見るんですよ?王太子も父上も皆自分の保身に走り、誰もわたくしの話を聞いて下さらないの。もう本当に辛くて。でも気づいたの。そうよ、私には同じ父の血を分けた姉がいるということに」

 涙を拭き、彼女は尋ねてきた理由を話してくれた。


 あの会議には大物貴族が勢ぞろいだったし、新聞でもジンブンさんに全ての罪を書かれていたからね。彼女は今、さぞ大変なのかもしれない。


 私は泣きついてくるアンネさんをどうしようかと悩んだ。正直、記事を読んだときは少しだけ憎かった。でももう許す、関わらないと決めた以上、彼女をどうこうしてやりたい気持ちはない。

 しかも、ジンブンさんが嘘を書くとも思えないので、彼女の言葉をどこまで信じていいものか。


「罪を償いましょう、アンネさん。きっと正直に向き合えば、皆そんなに恐ろしいことはしないはずです。クレン様もお優しい方です。謝罪して、聖女様暗殺の罪と向き合って、また一からやり直しましょう」

 私にできる励ましはこのくらい?

 ごめんなさい、あんまりこういうの慣れてなくて。


「……いいえ、お姉様。わたくし、それでは納得できません。だって、わたくしとお姉様は同じ悲劇の運命を辿っています。わたくしたちは、姉妹揃ってあの聖女に罪をなすりつけられているんです!」

「……えーと。私にはどちらが真実を言っているかの判断がつきません。公の舞台で今のことを伝えたらどうでしょう」

 彼女の泣き顔は真に迫るものある。本当に、私ではそれが嘘か誠か判断できかねる。


 この涙も本物っぽいし、ジンブンさんの記事も頼りになる。しかもあっちにはクレン様の信頼している爺の情報源もある。

 うーん、やっぱり私には荷が重い。


「皆の前では難しいのです。けれど、お姉様からクレン様だけにでも言って貰えませんか?あの方がもっとも怒っている方なのです。影響力も図り切れないですし、クレン様が許すと申せばきっと今回のことも大事にはならないはずなんです」

「私からかぁ。でも聖女様も関わっている件だし……」


 正直、これは断りたかった。

 だって、クレン様に余計な迷惑をかけたくない。私はクレン様が好きなので、彼が思ったように判断して行動して欲しい。私の邪な頼みで、彼の信条をまげて欲しくないのだ。


「大変なことだとは理解しています。わたくしの頼みを聞いて下さった暁には、これをお姉様に」

 差し出されたペンダントに、全身の身の毛がよだつ。


 そこには、母の形見であるペンダントがあったのだ。

 自然と涙が流れる。


 監禁されたときに使用人たちに母の形見のことを聞いたが誰も知らず。家からフェーヴル領に追放されたときに最後の頼みとして、母の形見を何でもいいから下さいと頭を下げたものの、そんなものは一切残っていないと突き放された。


 それなのに、母が一番大事にしていたペンダントが目の前にあった。

 涙が止まらない。どうしても、涙が止まらなかった。まるで母がそこにいるみたいに、これを身に着けていた母の姿を鮮明に思い出せる。


「ねえ?いいでしょう?お姉様。これが欲しくないのですか?」

 私の心は、大いに揺れ始めていた。



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王家の嫌がらせで追放された極悪令嬢と婚約。後に職人夫婦と呼ばれる領主が誕生するまで スパ郎 @syokumotuseni

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