第30話 知れ渡る

 会議は衛兵がやって来て、これ以上事態が悪くならないようにと一人ずつの退室を命じられた。

 特に私が怒っていたからだろう。近衛騎士まで出てきて10数名に囲まれて退室することとなる。


 婚約者なのでルルージュも一緒に退出することになったが、少し浮かない表情をしていた。


 いろいろ思うこともあるだろう。

 どう声をかけたらよいかと思っていると、向こうから話しかけて来た。


「クレン様」

「どうした?」

「フェーヴルの土地を危険にさらすようなことをしたと聞きました。だから呼ばれて慌てて私もこの場に来ました」


 ああ、そのことか。

 怒りに我を忘れて、全員を敵に回すところだったな。たしかに軽率な言葉を発した。結果として、ユリウス殿がうまく場を収めてくれたが、あのまま私の支持に従わずに誰かが席を立てば、私は実力行使に出ていただろう。


 貴族同士の揉め事はあ、それすなわち領地同士の揉め事に発展する。危険に晒したとはそのことを言っていた。


「すまない」

「私に謝ることじゃありません。ただ、クレン様はいつだってフェーヴルの土地を最優先に考えて動く人なのに、今日はなんだかいつもと違うから少し心配でした」


 ……この人は。

 今、怒り悲しむ権利があるのはルルージュの方だ。自分が濡れ衣を被せられ、聖女の暗殺犯に仕立て上げられていたことが明るみになったあの場で私の心配を?


 ルルージュがやってきたときのあのやつれた姿。それをやったであろうアンネとサーペンティア伯爵を前にして、恨みの感情を抱かずに他人を思いやれる人が一体どれほどいようか。

 彼女の優しを思うと、涙まで出そうだった。


「ルルージュ、心配してくれて感謝する。ただし、私は至って正常だ」

「本当ですか?」

「ああ、本当だとも」

 その理由を説明してやる。


「フェーヴルの土地は、一人の為に全員が。全員の為に一人が立ち上がる土地なのだ」

 つまりは。

「お前はもうフェーヴルの人間だ。お前の為にフェーヴルの土地が戦うことの何がおかしい。そうだろう?」


 この言葉に、ルルージュが目を潤ませた。

 辛いことには滅相強いルルージュが、優しさには脆いことが判明する。


「……はい!おかしくありませんでした」

「ルルージュが怒っているなら、私をはじめ、フェーヴルの者たちはどこまでも戦うぞ」

 今度は一転して、ルルージュが困った表情をする。

 大きく首を振って、身振り手振りでそれは嫌だと伝えてくる。


「そんなことしないで下さい!もういいんです。前にも言いましたけど、私の大事な母はもうあの家にいませんので。だから、過去のことなんてもう……だって今、幸せなので」

 うつむいて、恥ずかしそうにルルージュがそう言ってくれた。


「やっはははは。陰気臭い会議はもう懲り懲りだ。なんだか私も怒りがどこかえ行ってしまった。あとはユリウス殿に任せて、私たちは残り少ない王都を楽しもう」

「はい、賛成です!」

「折角だし、市場を見に行こう。我が領地で加工された純魔石がどう扱われているのかを見てみたい」

「いいですね!とてもいいです!」

 ルルージュ、やはりお前にはフェーヴルの土地が似合っている。純魔石のことでそんなに楽しめるなら、こんな王都よりもいつだって魔石加工に携われるフェーヴルが良いに決まっている。


 午前中に貴族同士の緊迫した会議など嘘のように、午後はルルージュと穏やかな時間を過ごした。

 常に監視の衛兵はついていたものの、それでも好きに動くことができた。


 市場に行き、実際に純魔石の取引を見て回る。

 まだ腕の未熟な者が加工した物は、それでも高価な値段で商いされているようで、露天商などが扱っていた。


 まとめ売りなどで販売し、主に庶民層がターゲットとなっている。

 そして、腕の良い職人が扱った魔石は、高級志向の店に並び、ちょっと目を疑う価格で販売されている。といっても、純魔石はエネルギー源として長く使用可能なので、日にちで割るとそんなに高くないのかもしれない。


 最後に最高級のものは貴族向けに売られており、そちらは店頭には並んでおらず、どうやら直接貴族の邸宅に運ばれて販売されるとのことだった。


 実際の王都での販路を見たことで、また少し自分の仕事に誇りを持てた。

「なんか、早く帰ってまた魔石加工をしたいです!私の加工した魔石がこうして取引されてお客様の手に届くって思うと、凄く感無量です」

「同じことを考えていた。本当に誇らしいよ。今後もいい仕事をしなければな」

「はい」

 2人して満足度の高い視察を終えて、また部屋を用意してくれている城に戻ろうとしたところで、女性が私たちの前に立ちはだかった。


 その怪しい様子と、はじめ伏せられた顔に監視の兵たちが慌てて駆け寄ってきたが、私が腕を伸ばして制する。

 王太子やアンネとの揉め事が原因でやってきた回し者ではない。面識ある人だった。


「確かジンブンと言ったか?」

「ぐふふふふ。覚えて頂き、光栄です。先日の記事はお気に召しましたか?」


 新聞社の怪しい女だった。

 前回の朝刊に、私とルルージュのことが書かれていたんだっけ?結構評判だと聞いた。


「ああ、おかげで狩猟祭も気分よくいられた。これでフェーヴルへの観光客が増えたら、そなたにはまた後日礼の品でも送らせて貰う」

「いえいえ、それには及びません。あの日の売り上げは凄いものでしたから。また特集記事を組ませて頂ければ、それで結構」

「うむ。前回のような内容を書いていただけるなら、こちらとしては一向にかまわない」


 てっきり偶然見かけたから挨拶しに来たのかと思ったが、ジンブンはルルージュに近づいていき、嬉しそうに手を取って縦にぶんぶんと振っていた。


「信じていましたぞールルージュ様。あなたのような美しい方があんなことをする訳がない」

「なんのことだ?」

「おっと、これ以上はまずいです。とにかく、私はあなた方夫婦の味方だということを知らせに来たまでです。ぐふふふふ、任せて下さい。貴族にいくら権力があろうと、逃がしませんよぉ。人の口に戸は立てられぬということです。こちらにはこちらの武器がある!」

 そう言い残して、ジンブンは走り去っていった。

 遠く離れた場所から、「明日の朝刊を楽しみにー」と大声で叫ぶ。それは私たちに向けられた以外にも、市場にいた大勢の人たちへの宣伝にも見えた。


「夫婦……」

「ふ、ふうふ」

 ジンブンの言葉に、私たちが少しだけ気まずくなった。


 次の朝、少し気になっていたのと、やたらと城の中が騒がしかったのですぐに知ることとなった。

 皆、ジンブンの新聞社から発売された朝刊を見ていたのである。


 そこには大きく見出しでこう書かれていた。

『聖女の暗殺の真犯人はアンネ・サーペンティア!!濡れ衣を着せられたルルージュ様の悲劇の過去とは!?』


 あの会議の場での情報の重大さから、緘口令が敷かれたハズなのに、普通に情報が漏れていた。しかも軽く読んでみると、一日で情報を得たとは思えない確かな裏のとれた情報まで載っている。おそらく、爺が持ってきた証拠資料まで手にしているな。


「やってくれる」

 思わず、笑ってしまった。

 あの怪しげな女。仕事はできるみたいだ。情報を漏らした貴族は信用を失うだろうが、新聞社からしたらこんな目玉情報飛びつかない訳がない。


「さて、どうなるか見ものだな」

 これで王太子とアンネに逃げ場はない。もう王都中に、その醜聞が知れ渡ってしまったのだから。


 城の中が騒がしいのは、他の理由もあった。

 私がこっそりルルージュに会いに行こうと思っていると、ルルージュの部屋の前に人だかりができている。皆ハンカチを持って涙しながら、ルルージュに面会を願っている。

 ルルージュが濡れ衣を着せられていたことも書かれていたからな。なんか後日ルルージュの真実!という題で特集も組まれるらしい。ルルージュが良いなら構わないが、やりすぎた場合ジンブンに説教をかます準備も出来ている。


「ぐぬぬっ、私がルルージュに会えないではないか」

 やたらと面会者が多いせいで、ルルージュに会えたのは昼過ぎのことだった。

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