第29話 超こっち

 場の空気は完全に決した。


 聖女召喚はほとんど決定事項となっており、使いの者が急ぎ足を走らせている。


 刻々と時間が進む会議室内では、普段は聞き逃す秒針の音が良く響く。セルギウスとアンネが顔色を悪くし、裁きの時を待っているようだった。


 第二王子ユリウスにとって、最悪とも呼べるシチュエーションが訪れてしまった。考えていた中で最も悪い想像が現実味を帯び始めている。


 カトラス元将軍の持ってきた資料に目を通しているのはユリウスだけだった。どれも裏の取れた情報で、この後のショーと呼ばれた聖女による真犯人探しも既にどうなるか見え見えである。


 兄やアンネの様子からもそれが簡単にわかる。


 2人の罪が明らかになり、サーペンティア伯爵もそれに関わっていたことが公の事実になった場合、影響力は計り知れないだろう。しかし、それ以上にユリウスが懸念すべきは、その存在感だけで場を掌握してしまったクレン・フェーヴルについてである。


 話してみて感じた柔らかい雰囲気。そして狩猟祭を楽しむ姿。最後には優勝を捨てて少女の命を助けた情の深さ。

 ……こういう人物は怒らせると大層面倒なことを、ユリウスはまだ未熟な経験からも理解していた。


 しかも、悪いことに相手はあのフェーヴル家である。

 辺境の要であり、近年は魔石加工業での発展目覚ましい。王国にとってこれほどに重要な貴族は他にいないだろう。


 だが、ユリウスはそれ以上の懸念をしている。

 兄上は事態の重さを理解していない愚か者だ、と内心悪態をつく。なぜよりにもよって、フェーヴル家に手を出したのか。


 ユリウスの懸念は、クレンの父と母の家系に起因する。

 フェーヴル家は王国建国に貢献した一家だ。もともとバラバラだった都市国家が、東の帝国の侵略に一致団結したのが全ての始まり。それから脅威に対処し続けるために、王家を中心にできたのが今の王国なのだ。


 フェーヴル家なくして今の王国はない。恩義の話だけならよかった。しかし、そうではない。


 フェーヴル家は王家を助けた一家なのだ。『魔力を雷に変換する力』はもともと才能などではなかった。あれは王家の人間に引き継がれた呪いなのだ。

 それを建国当初の貴族たちが知恵を振り絞って制御することに成功し、今もなおこうして集まっている建国に携わった20の貴族家の支えで王家はなりたっている。


 不思議と、魔力は気持ちと同じ様に着いたり離れたりする。もしも20の貴族家全てが王家を見放したとき、王家の体を支える魔力も離れ、王家の力はまた呪いとなり、我らの体を焼くことになるだろう。

 そのきっかけを作るわけにはいかない。


 そして、クレンという男にはもう一つ秘密がある。

 既に亡くなった母は、南の精霊族と呼ばれる国の姫君であった人だ。


 カトラス将軍、グールモール子爵、援軍に駆けつけたフェーヴル伯爵が活躍した北の大戦にて、最終的にその停戦協定を結んだのが精霊族の姫君であった。

 当時若かったフェーヴル伯爵とその時に恋仲に落ち、カトラス将軍もその時に将軍の職を辞したと記録があるが、詳しいことは分かっていない。


 つまりは、クレン殿を敵に回すというのは、南の精霊族を敵に回すも同然。

 兄上とアンネはもっとも踏んではならない地雷を踏んだのだ。


 噂ではクレン殿は酷い容姿の持ち主だった。ルルージュ様への嫌がらせでクレン殿に嫁がせたのだろうが、寄りにもよってあのフェーヴル家だとは……。


 内心で不平不満が止まらない。腹違いとはいえ、兄には敬意を払っていたユリウスだった。しかし、今はその面殴り飛ばしてやりたい気持ちだった。


 クレン殿はおそらくルルージュ様を愛してしまった。もう、その怒りは収まらない気がした。


 最悪の事態に備えねば。ユリウスはまだ幼さが残るその顔に、苦悶の表情を浮かべた。



 ――。


 聖女が到着したという知らせと同時に、室内に盲目の少女と手を取って導くルルージュが入ってきた。


 先ほどまで王都を焼け野原にしてやってもいいと粗ぶっていた感情が、ルルージュを見た瞬間スーと楽になった。不思議だ。彼女は癒し効果か何かがあるのかもしれない。


「あっ」

 事態を理解していないルルージュが手を振ってきたので、軽く振り返す。

 ま……まあいいか。そういう事態ではないだが。


 ルルージュから聖女を引き継ぐように、ユリウス殿が聖女を引き取る。王の隣へと連れて行き、そっと声をかけていた。


「すまない。少しばかり迷惑をかけるよ」

「ううん。ユリウスの頼みなら大丈夫」


 2人の健気なやり取りも、今はあまり興味がない。私が興味あるのは、ルルージュの潔白だけである。


「騒々しくてすまないな。私からも謝罪をした。しかし、今はそなたの特殊な力に効きたいことがあるのだ」

 ルルージュの手を引いて、聖女の前に連れて行く。もちろん、傍にはアンネもいた。


「頼みは至って単純である。この場に、昨年そなたを毒殺しようとした人物がいる。目は見えずとも、聖女には特殊な感覚があることを皆がご存知のはず。もしも今、その人物が分かるのであれば指さして欲しい」


 願いはたったそれだけだ。

 私が先日の様に少し怒っていたのが伝わったのだろう。聖女は少し怖がっていたが、ユリウス殿に支えられて勇気を振り絞って室内を見渡し始める。


 そして、コクリと頷くと、手をスーと上げた。

 指を一本立てて、その人物を指名する。


「普通にこっち。この人犯人。超こっち」


 その指は、間違いなくアンネに向けられていた。

 聖女の宣告が告げられた。


 ふう、と思わず息が漏れた。

 爺の証言が正しかったこと、そしてルルージュの潔白が正式に晴れたことがまずは嬉しかったのだ。先ほどルルージュが私の怒りを沈めてくれたのも、冷静でいられた故だった。


 私とは対照的に、会議室は騒々しくなる。

 どういうことか、と声を上げて騒ぎ始める者まで出始めた。


 呼ばれたルルージュが犯人ではなく。新しい婚約者として発表されたアンネが犯人。では、皆が知らされていた事実は嘘だったのかと怒り出すのも無理はない。

 ことは聖女暗殺である。王国の安定、そして自分の領地にも関わってくることだから、騒ぐのも無理はない。


「うそよ!こんな目も見えない小娘に何がわかるっていうの!?どうせ、王太子に捨てられた腹いせに適当なことを言っているのよ!」

 聖女の力は誰もが知っている見苦しくももがくアンネ。たしかに聖女が適当を言っている可能性はある。


 しかし、彼女は盲目だ。静まり返った室内にて、的確にアンネを見つけた時点でもう我々と違う感覚があることは疑いようがない。


「馬鹿言わないで!」

 この場に現れてずっと受け身だった聖女が少し反抗的な態度で口を開く。その語気はかなり強いものだった。


「王太子に婚約破棄されてショック?こっちだってタイプじゃない」

「うっうそよ!強がりね。そうなんでしょう!?」

「全然。本当に婚約破棄されたと知って泣きそうなくらい嬉しい」

「は?……ありえないわ。ふざけないで頂戴。これだから、庶民の出は。皆さま、こんな聖女だかなんだか得体のしれない者のいうことなんて信じてはなりませんわ。わたくしは由緒正しきサーペンティアの娘。信じるべきは、生まれの良いわたくしですわ!」


 聖女とアンネまでが口論を始めてしまって、いよいよ会議室は本格的に荒れて来た。

 その場で、テーブルを叩いて、ユリウス殿が注目を集める。


「一同、落ち着かれよ。この件は再度精査する必要がある。この場でこれ以上話しても混乱が広がるばかりで良いことにはなりません」

「それがいいじゃろうな」

 グールモール子爵も同意する。


「それでよろしいか?クレン殿」

 私にも尋ねて来たが、考えるまでもない。


「断る。私の婚約者に罪を着せ、のうのうと生きてきたその女のことを考えると、はらわた煮えくり帰りそうだ。それに助力した王太子、そして生家であるサーペンティア伯爵まで協力していたとはな。聖女が証言した今、ただで帰す訳がなかろう」

「クレン殿!」


 ユリウス殿がこちらに視線を向けつつ、ふと何かを思いついたらしい。急いでルルージュに駆け寄ったかと思えば、今度はルルージュが目を輝かせた。


 ルルージュがこちらに駆け寄って来て、私に告げる。

「ここは手を引きましょう!私、全然もう怒ってないので。なんだか事態が良く分かっていないのもありますし、もともと父とは疎遠でした。アンネともほとんど面会したことがなく、憎悪も感じていません」

 そういえば、ルルージュは爺の証言を聞いていなかった。自分が実家でひどい目に遭わされて、罪を被せられたことも、その理由も全容を理解していないのか。


「しかし……!」

 それでも酷い目に遭っていたのは事実だ。

「いいんです!私、今幸せなので。クレン様とこのまま無事にフェーヴルの土地に帰れたらそれで」

 またスーと怒りが一段階静まるのを感じた。


 不思議だ。この人に頼まれると、どうにも断れない。


「……わかった。この件はユリウス殿に一任する。王太子やサーペンティア伯爵が関わっていようと、抜かりなく事実を明るみにし、公表するように。その後、再び罰を与えるということでよろしいか?」

 私の視線は王に向けられている。

 王太子も関わっている事件だ。王には、今後の後継者のことも含めて熟考して欲しい意図を向けた。


「……了解した。ユリウスが事実の確認をする間、セルギウスとアンネを軟禁する。連れてゆけ」


 暴れて、暴言も吐く二人が衛兵に連れていかれる。王太子とサーペンティアの娘を拘束するのは衛兵も初めてなのだろう。随分と遠慮していたが、にらみを利かせると真面目に職務を全うし始めた。


 それにしても、ルルージュはユリウスに何を言われたのだろうか?あの耳打ちで。


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