第28話 証拠は?証拠見せてよ!

 爺がなんか突然場違いなところに来たかと思えば、皆の注目を掻っ攫って行った。


 王と顔見知りなだけでなく、グールモール子爵にも知られている。なんなら他にも知っていそうな貴族もいて、サーペンティア伯爵も顔を青ざめさせて、視線を伏せ始めた。


 え?なに?

 子供の頃から一番お世話になっているはずの私が、一番爺のことを知らない?

 そんな恩知らずいます? はい。私です。


「坊ちゃん、しばらく外してしまって申し訳ございません。少々、ルルージュ様のことで調べ物をしていましたので」

「ルルージュのことで?」

 この場では意外な名が出たことで、少し戸惑う。


「無礼者!ここがどこかわかっておるのか!そして今は俺様が大事な要件を話している最中であるぞ!」


 爺の登場で一気に主役の座を奪われた王太子が、怒号を上げて再度主導権を取り戻そうとする。

 しかし、爺はその姿を見て「ふんっ」と鼻で笑っただけだった。豪胆……あまりにもその背中がでかい!爺、頼みになるとはずっと思っていたけれど、今日は一段と背中が大きいです。


「やめぬか、セルギウス。カトラスは元将軍。この国に多大なる貢献をして来た男だ」

「元……?知らぬな!王よ、どうかお命じ下さい。この不届き者を斬り捨てるようにと」

 王太子があろうことか、剣を抜いた。

 国の要人が集まるこの場での武装は当然許されておらず、武器の持ち込みも許されていないはず。どこかに短剣を隠していたのか。


「この場で剣を抜いた重みを理解しているのか?セルギウスよ。この者は我が家に仕える者だ。理由なく斬るというのなら、こちらも実力行使するまでだ」

 国の運営を話す場から、私の断罪場になったかと思えば、今度は血生臭い展開になりそうだ。


 相手は武装しており、王族の特異な能力もある。しかも王太子だ。だが、爺に手を出すというのなら、容赦はしない。


 やる気満々で迎え撃つ気でいたが、どうやらセルギウスは言葉程に行動力はなかった。辺りの反応を待っていたが、場を収めてくれたのはユリウス殿だった。


「双方落ち着かれよ。兄上の無礼を代わりに謝罪致しますが、クレン殿も言いすぎです。王族への礼を欠かれては、黙っている訳にはいきません」

「……失礼した。ユリウス殿の仲裁には感謝するが、武器をしまわない限り話し合いの継続は難しいだろう」

「兄上! 武器を御捨て下さい!」

 覇気の籠った声でユリウスが注意する。


 圧倒されたようにセルギウスが指示に従い、剣を床に投げて、血生臭い事態を避けることに成功した。


「カトラス元将軍、あなたの功績は耳にしております。今はその職を離れてはいるものの、かつての貢献への感謝として、特別に今日だけこの場での発言を許します」

「感謝致します。ユリウス様」

 恭しく爺が頭を下げ、腕に抱えていた資料を会議室の円卓に置いた。


「どうやら坊ちゃん……我が主クレン・フェーヴルがとんでもない言いがかりをつけられていたので、会議の終わりを待たずに助太刀に参った次第です。サーペンティア伯爵、そしてアンネ殿。地獄を見る覚悟はおありか?」

 じ、地獄を見せるカウンターだと?爺、いつの間にそんな須吾技を!


「は? なによ、このジジイ」

 アンネの不安そうな声を無視して、爺が淡々と説明していく。


「およそ2か月前、我が主クレン・フェーヴルが野盗の襲撃に遭いました。完璧なタイミングでの襲撃は、はじめ我が主を狙ったものだと思っていましたが、犯人の目星がついて調べたところ、そうではないと判明しました。犯人と黒幕の真の目的はルルージュ・サーペンティアの暗殺だったようです」

「聖女暗殺未遂のあの女か」

 王も知っている程の有名な事件。王だけでなく、この場にいる全員がその名を知っているようだった。


「多くの恨みを買っているお人だ。はじめは仕方ないのかとも思ったが、暗殺依頼をしたのがその父サーペンティア伯爵と妹アンネともなれば、随分と様子がおかしくなってくる」

 一つ一つ、情報を整理するように爺が説明していく。室内をゆっくり歩くその姿に、全員が虜になり始めている。


「ルルージュ様を消して、その父と妹が得するのか。家名を汚した人物を消せるから?そうしたいならタイミングがいくらでもある。わざわざフェーヴルの土地に送った後に消そうとしたのか。鍵はそこにありました」

「……黙りなさい。今すぐに黙りなさい、ジジイ!」

 何を焦っているのか、アンネがキーキー耳に響く声色で大声をあげた。

 しかし、私も頭に来ていた。

 なぜなら、話がルルージュのことになってきたからだ。真実をしりたいというのに、それを遮ろうとする存在にいら立ちが募る。


「黙るのはお前だ、アンネ。次、爺の言葉を遮ってみろ。その口を二度と開けなくしてやる」

「……何よ!セルギウス、あなたからも何か言いなさいよ!」

「文句がおありか?王太子殿」

 私の殺気の籠った視線がセルギウスに突き刺さる。反論はなかった。怒りの気持ちが伝わったようで、良かったよ。


「黒幕たちは、しっかりとルルージュを送り届けた後、目撃者がいる中でルルージュ殿に死んで欲しかったのですよ。それこそ、クレン様に直接死んだと証言させるために」

「なぜそんなことを?」

 王以外には誰も口を開こうとはしない。それは私がずっと怒気を放っているからだ。貴族の魔力の籠った怒気は、並みの人間なら気を失う程の圧がある。それを皆にビシバシと浴びせてしまっている。失礼極まりない態度ではあるが、そんなことを気にしている事態ではない。むしろ、私の怒りを直に知らせてやりたかった。


「本物のルルージュ様に全ての罪を被ったまま死んでもらうために、ですな。この場で全ての真実を申し上げましょう。昨年起きた聖女暗殺事件の真犯人は、そこにいるアンネ・サーペンティア殿です。そしてそれを匿ったのがセルギウス王大使とサーペンティア伯爵。それを申し上げるためにやって参りました」


 全て告げたと言わんばかりに、涼し気な表情のまま爺が目を瞑る。

 しかし、当然納得いかない人物たちはいる。


「ふざけるな!」

「そうよ!何を勝手な!……証拠は!?ねえ、証拠見せてよ!」

「そうだ、そうだ!一方的な話を言われたところで、説得力などないぞ。皆もそう思うだろう!」


 証拠は!?と聞いてくるやつ100%犯人説を提唱している私だが、確かに証拠はない。

 全て納得できるような話ではあるが、証拠がなくては皆の説得は難しいだろう。相手は王太子と伯爵、それにその娘なのだから。影響力を考えると、事実と違っていた場合、立場がまずくなるのは爺の方である。


「だから少し時間がかかったのですよ。テーブル上の資料に目を通していただければ十分な証拠になるでしょうが、実は先日面白い話を耳にしました」


 爺のどこにそんな情報網があるのかと驚かされていると、続く言葉に更に驚かされる。なぜならば、それはすぐ先日に起きたことだったからだ。


「聖女は焼かにてルルージュ様を見たとき、毒を盛ったのはこの人ではないという発言をしたそうです」

「……どこでその話を。情報は漏らさないようにしたはずですが」

 ユリウス殿も驚いていた。あの場は限られた人しかいなかったし、口封じがされていないはずもない。

 しかし、人の口に戸は立てられぬか。情報を得るのが得意な者ならば、得るのは容易なのかもしれない。


「資料を地道に読むのも良いですが、一つショーをしませぬか。我が王国に恵みを齎す伝説の聖女様。そのお方をお呼びして、指さして貰えばいい。どちらが聖女の暗殺を企てたのか。ルルージュ様か。アンネ様か」

「ふっふざけないで!やらないわ!そんなこと許されるはずがない!」

「同じ意見だ!王よ、今すぐこのようなふざけたことをお辞め下さい!」

 二人が必死に爺の提案を却下するように働きかける。


 国の要人たちが集まる場だ。聖女の証言があれば、とんでもない事態になるだろうな。

 潔白なら断る必要はないはず。


 爺の調べ上げた情報は、ほぼ真実だと確定した瞬間である。私の怒りは頂点に達していた。


「聖女を呼べ。ルルージュもだ。誰一人席を立つな。我々は王家の名のもとに集り、建国に携わった貴族家だ。王家への敬意と感謝を忘れたことはないが、今は王とてこの場から動くことを許さぬ。動けば、クレン・フェーヴルをはじめ、フェーヴル家を永遠に敵に回すと理解しろ」

「くっかかかか。おもしろい事態になってきたのぉ。カトラス相変わらず聡い男じゃ。ワシもフェーヴルの倅に賛成じゃ。この場で真実を見届けようぞ」

 頭に血の登った私に、グールモール子爵も助け船を出してくれた。流石にこれだけの大物貴族が集った場だ。やりすぎな気持ちはあったので、助け船があるのはありがたい。


「聖女を呼ぶえ!ルルージュに会いたいえ!話はよくわからないけど、呼ぶえ!」

 クロアン殿……!!



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