第27話 断罪のとき

 王との謁見の後は、主要貴族たちとの話し合いだ。


 20名を超す、国の要所を領地に持つ貴族が集まり今後の王国について話す場。

 そこには王も、王太子セルギウスと弟君のユリウスも同席する。


 円卓を囲った面々はどれも有名で、グールモール子爵やカスペチア辺境伯の顔も見えた。

 手を振ってくるカスペチア辺境伯クロアン殿。こちらも手を振る。……なんだか先日の件で懐かれてしまったようだ。ルルージュにも会いたがっているようだし、この後時間でもあれば少し話したいと思う。


 そうそうたるメンツの中にはサーペンティア伯爵もいた。

 やせ細った長身の男で、顔に影が差した野心的な表情を浮かべている。あれがルルージュの父親か……。あまり好きにはなれないな。


 ルルージュが罪を被せられたことをもっと知れる立場にいながら、何もしなかった。黙って辺境に流されるのを見過ごしていた男だ。


 主なメンツが全員揃ったところで、王が口を開く。

「皆良く来てくれた」


 形式的な挨拶から始まり、今日の議題についても少し触れる。近くやってくる魔物の大量発生が今回の一番の議題のようだった。その件について私も思考を巡らせていると、王の発言を中断する者がいた。


「父上、少し時間を頂けるかな?」

「セルギウス……?」


 王太子が声高々に立ち上がり、皆の注目を集めた。


「話し合いの前に、皆に大事な宣言がある」

「……どうぞ」

 サーペンティア伯爵が話の先を促す。


「先日の狩猟祭で見事華々しくも優勝を遂げたこのセルギウス。数年前には王都貴族学院を首席で卒業した実績もある。主要貴族の皆が集まったこの場にて、改めて俺こそが王太子に相応しいことを宣言したい!」


 ……誰かが反対決議を出したわけでもないので、変な沈黙が流れる。というか、王太子の熱量に誰も付いていけてなかった。


「俺は父上の跡を継ぎ、王国にこれまでない繁栄を齎すと皆に誓おう。王位を受け継いだ暁には皆に支えて貰いたい。そして何よりも、もっとも支えとなる妻となる人物を自身の手で選びたいと考えている」


 この言葉に合わせて、会議室に一人の女性が入ってくる。また一瞬見間違えるかと思ったが、そこにはルルージュに似た女性がいた。しかし、あれは違う。


 つい先日会った美人局だ。たしかアンネといったか。なぜここに。勝手に入ってきたことを怒鳴りつける者もいたが、王太子が許可したことで制御できる者はいなくなった。


「今日この日を持って、聖女との婚約を破棄することを皆に伝えたい。そして、ここにいるサーペンティア伯爵の次女、アンネ・サーペンティアを我が正式的な婚約者として迎え入れることを宣言する!」


 あまりの急展開に皆がまた沈黙する。国のことを話し合う場で、すんごい個人的な情報が出て来たからでもある。

 王太子はいずれ王になる人だから、影響力を考えるとまあギリギリ許容範囲ではあるが。


「アンネ・サーペンティアです。昨年は姉が聖女暗殺未遂を行いました。その罪は一生消えることはないでしょう。しかし、我がサーペンティア家はその罪から逃れることはせず、一生向かいあっていくと決めています。その過程で王太子と知り合い、彼の深い優しさに触れ、一人で立ち向かう必要はないのだと悟りました……。わたくしとセルギウス様ならば、きっとこの難局も乗り越えられると信じております」


「うおおおおお、良い話だえ!!泣けるえ!!」

 皆がしらけている中、クロアン殿が感動に涙していた。結構感受性豊かなんだよなぁあの人。


「しかし、法が許すまい」

 冷静にグールモール子爵が指摘する。

 その通りである。別に恋愛感情や運命的な出会いも関係ない。この国では聖女が生まれたら王太子と結婚すると決められている。


「それも問題はない。私が王になれば、そんな悪法すぐに消し去ってやる!」

 つまり法を無視するという訳だ。やれやれ。頭の痛い王太子殿だ。

 我々支配階級がそれでは、国の秩序はどうなってしまう。


 民たちも法を守らねば、それこそ国の終わりだ。それを王太子が堂々とやっているのだから、頭も抱えたくなる。


「そして、皆に大事な話がまだある。俺の大事な婚約者に、先日手を挙げた者がいる。その者の乱暴な行いによって、我が婚約者アンネは腕に痺れの後遺症が残り、小指は動かない始末。そんな不届き物を、俺は許さない!」


 ……げっ。そう来るのかと思わず、顔を背けた。

 確かにあの美人局とはひと悶着あった。しかし、手を離さないし、私の前に立ちふさがるからだ。ルルージュに会いたくて仕方なかったのに、邪魔をする方が悪いと言いたいが、かなり部が悪い。


 見た目は可憐な女性だ。その腕をひねり上げたのは事実であるし……。


「クレン・フェーヴル! 自覚はあるな!」

 全員の視線が私に向かう。このような形で断罪が始まろうとは。


 王もこちらを見ていた。私がどう出るのか、皆気になっているのだろう。


「腕をひねり上げたのは事実です。それと道を開けなければ、組み伏せて強引に通ることも考えておりました」

 この言葉に皆が動揺した。事実を認めた形になるからな。


「聞いたか!皆者の!この男は辺境での戦いに明け暮れる屈強な武人であるにもかかわらず、守るべき国民、それも戦闘のせの字も知らない可憐な乙女に暴力を働いたのである。……俺はそれが許せない!考えるだけで腸が煮え来る変える思いだ!皆者の、クレン・フェーヴルに裁きを与えたいと思うが、どう思われるかな?」


 うーむ。非常にまずい。

 全くその通りだ。腕をひねり上げたのはまずかったか。

 うざかったんだよなぁ、あの時のアンネという女は。思い返してみるが、やはり何度あの場にいても私は腕をひねり上げる気がするから、まあ別に後悔はない。


「ふふっ。だから言ったじゃない。絶対に地獄を見せるとね」

 アンネから得意げにそう告げられた。

 そういうことはあまり皆が聞こえる場で言わない方がいいぞと思ったが、忠告してやる義理もない。性格の悪さを露呈している自覚は無さそうだ。


 どうしようか、このまま裁きを待つか?

 変に言い訳はしたくない。腕をひねり上げたのは事実であるし。腕をひねり上げた暴力に対する罰だけならば、甘んじて受けてもいい気がした。


「一領主の嫡男ともあろう者がこのように粗暴では困る。皆の意見次第だが、俺はクレンを時期フェーヴル領の後継者から外すべきだと思う」

「……よろしいか?」

 椅子に座ったまま、腕を組んで、目を伏せて思考を巡らせながら口を開いた。

 これにはさすがに黙っていられない。

 私がようやく口を開いたことで、会場が少し固る。


 先ほどまでは一方的に攻撃を受ける立場だったからな。口を開いたということは、バチバチやりあうことが確定したということでもある。


「フェーヴルの土地のことに口を出すのならば、こちらも容赦はしない。王太子、先ほどの言葉を撤回するつもりはあるか?」

「……なっなんだ、俺を脅すのか?」

「脅されているのは私だ。逆襲を受けたくなければ初めからこのようなことはすべきではない」

 睨みつけるように王太子に視線を向けると、少しひるんだように後ずさりをした。

 その背中を実際に押して、アンネが王太子を勇気づける。

 なるほど、王太子自身はそれほど肝が据わった男ではないらしい。悪い虫がついて、そそのかされているというところか。


 ならば、手段は幾らでもあると考えていると、ここで思わぬ展開が訪れた。


「少しよろしいかの?」

 また新しい闖入者がやってくる。


「……カトラス将軍!?」

 真っ先に驚きの声を上げたのは、この騒動中ずっと口を閉じていた王であった。

「お久しぶりです。王よ」

「生きておったのか!」

「はい。戦場で奇跡を見ましてな。その感動を忘れぬため、今は主を変えてひっそりと生きておりました」

「ふはははは!友よ!こんな場所に何をしに来た!」

 グールモール子爵も大きな声でその人を出迎える。


「爺!?なんでここに!?」

 そう、そこにはいつも私を子供扱いする爺がいたのだ。カトラス将軍?なにそれ。



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