第26話 やんのか?

 社交界の本番とも呼べる日がやってきた。

 王への謁見である。


 正装に身を包み、ルルージュを待つ。

 謁見には彼女も連れて行く予定だ。もともと私の婚約者として王都に連れて来た。正式に皆に知らせる意図と彼女の素晴らしさを知って欲しかったからだ。


 そして王の前にも彼女を連れて行くのは、大事な宣言のためでもあった。


「うわぁ」

 一人でいろいろと思考を巡らせていると、突如目の前に現れた美しい存在にため息が漏れた。

 ドレスを見に纏ったルルージュが慣れない足取りでこちらへとやってくる。ヒールも慣れていないのだろう。酒に酔った千鳥足くらい不安定な歩き方で、それがどうにもおかしくて愛おしい。


「わっわっわ!クレン様、お待たせしてすみません。なっ、なんだか慣れなくて!スース―します、このドレス」

 フェーヴルの一番有名な花と同じ薄い青色のドレスは、ちゃんと夏仕様にシースルーになっている部分があったり、ノースリーブだったりと彼女には味わったことのない露出度だったみたいだ。


「気にすることはない。とても似合っていて、綺麗だ。これからたくさん着て慣れていけばいい」

 気に入ったのなら幾らでも着させてやるさ。美しい人が綺麗な格好をするのは、誰にとっても得のある話だからな。特に私の得になる!


「嬉しいですけど……普段の服装の方が楽です。これだと、汚したら心が痛んじゃいますし、魔石加工業なんかもできませんから」

 そんなことを考えていたのかと、少し笑った。


「そんなことを気にしているのは君くらいだぞ」

「ううっ……。こけちゃいそうです。泥んこの中に突っ込んで行ったらどうしましょう」

「白の中にそんな不衛生な場所はないから安心してくれ」

 まあ、泥の中にツッコめば、それはそこで面白く見てみたいものだ。私の一生の思い出にはなるだろうから、悪いこととは思えない。


「クレン様、おそろいですな?王がお待ちです」

「はい」

「では参りましょう」

 あまり話し込んでいるわけにはいかない。

 できれば、あと3時間くらいルルージュをからかいながら、その美しさを誉めたいのだが、この国のトップを待たせてしまっている。


 案内人と警護兵に連れられて、謁見の間へと向かった。

「私、王様と会うのなんて初めてです!」

 こっそりとルルージュが耳打ちしてきた。

「実はな。私も初めてだ」

「え!?」

 こういう仕事は父がやってくれていたからな。夜会こそ経験したことがあるし、貴族との話し合いの場ももちろん何度も経験しているが、こと王との面会は初である。


 謁見の間は近衛騎士が2列に整列しており、その間の絨毯を歩いて玉座へと近づいていく。

 跪いて、王からの許しを待つ。


「顔を見せなさい。クレン・フェーヴル」


 王の言葉に、顔を上げた。

 そこには好々爺を思わせる白髪の男性がいた。装飾品なども最低限しか身に着けておらず、質素で上品な見た目。王は思っていたよりも高齢であった。セルギウスは私と同年代であるが、王は我が父より一回り以上も年上に見えた。


「おや、随分と噂と違うようだね」

「噂というのは当てにならないものです」

 私と言い、ルルージュと言い。


「そのようだ。会えてうれしく思うぞ。そなたの辺境での活躍ぶり、余の耳にも入っておる」

「当然の働きです。我が領地だけでなく、祖国にも愛着があります故」


 ちらりと隣を見ると、ルルージュが青ざめた表情をして固まっていた。なので手短にことを勧めようと思う。私の大事な婚約者が卒倒しないように。


「王よ、会えて言葉を交わせるのは光栄です。ですが、早速本題に入りたい。大事な話が2点御座いますので」

「ほっほ。若い者は話を急かしたがるのぉ。どれ、申してみよ」


 挨拶をしにきただけではない。王には2点お願いと忠告がある。


「一点目は王室税について。王家には国をまとめて頂く立場。その義務と恩に報いるため、領地領民から分けて頂いたものの一部を王家に差し出しています」

「ふむ」

 思いっきり喧嘩腰だが、すまない王よ。私にも守るべき領民がいる故、手加減はしない。


「ここ数年、我が家の魔石加工業の発展と共にこの王室税が増えております。その額が年々看過できないレベルにまで」

「ふむ、それでもう一点は?」

 ちゃんと聞いていたのかと思うくらい、テンポよく話が進められていく。


「……もう一点は、今隣にいる私の婚約者ルルージュ・サーペンティアについてです」

「聖女暗殺の娘か」

「いいえ、違います。それを伝えに来ました。てっきり王太子の嫌がらせで聖女暗殺犯が我が家に送られて来たのかと思いましたが、どうやらそれは真実ではない。ルルージュ・サーペンティアは聖女を暗殺の罪をなすりつけられた存在です」

「ふむ……あまり軽々しくそういう話をするものではない」

 軽々しくなど。どれほど私がこの件に腹を立てているか。


「証拠を見つけてきます。その際には、王自ら彼女の潔白を宣言して欲しい。そして、黒幕には手厳しい罰を」

 要求はこの2点だけだ。

 といっても、二つとも政治にかかわる大事な話だから王といえども簡単に返事はできないだろう。


「クレンよ。実はその二点、繋がっておるのだよ」

「……ん?」


 玉座から立ち上がった王、リシウスは、どこまで話して良いのかと考えているように歩きながら考えこんでいた。


「余はこの通り高齢じゃろ。なかなか子に恵まれて無くてな」

 何の話だ?

「それ故、セルギウスが生まれた時には天にも登る思いだった。だからこそ、誤った。あれには全てを与えすぎた。曲がってしまったことに気づけぬほどに」

「何が言いたいのです?王よ」


 トントンと足を鳴らし、少し間をおいて話始めた。


「王室税もルルージュ・サーペンティアの件も全てセルギウスの頼みじゃ。余はもう王として高齢である。次代の後継者の意向は無視できんよ」

「力なき王は国を支えられませぬ」

「辺境の男は身も心も屈強だと聞くが、随分と手厳しいようじゃ」

 私の吐いた毒がちゃんと伝わったらしい。

 王にチクチクモラハラするなど、私自身も想定していなかった。


 王家の影響力は絶大だ。王家無くして貴族のまとまりはない。王がしっかりしなくては国が脆くなるのは事実だ。


「文句はセルギウス様に言えと申されていますか?」

「そう聞こえたなら、そういうコトにしておこう」

 随分と心が弱っているな、王は。無責任ともいえる。

 ならば、こちらもきっぱり伝えておこう。


「王ではなく、王太子なら私は手加減致しませぬ。幸い、王太子は所詮王の候補。恩も義理もなければ、情も沸いていない。それに、どうやら弟君の方がふさわしい器に見える」

「……クレンよ。王家を敵に回すこと、怖くはないのか?」

「怖くはありません。大事なものを守るためならば。しかし、出来れば仲良くしたいものです」

「……そうか。もうよい、下がれ」

「はっ」


 謁見を終えた。盛大に喧嘩を売ることで。我ながら随分と大胆なことをしたと反省中だ。しかし、領民とルルージュのこととなるとついつい熱くなってしまう。


「クレン様、婚約者様が……」

 謁見の間を後にしようとしたとき、ようやく気付いた。

「ルルージュ!?」

 ルルージュが青ざめた表情のまま気を失っていることに。


 慌てて医務室に運ぶと、ただの貧血による卒倒だと判明。

 後で本人から話を聞くと、どうやら呼吸するのを忘れていたらしい。


「だって、だって!王様ですよ!王様!しかもなんかクレン様が喧嘩腰で!呼吸くらい忘れますよ!」

「そ、それはすまん」

「でも、滅茶苦茶格好良かったです!なんか背負っている男の顔って感じでした!」

 ははっ。

 それが伝わったのならいいか。


 ……今格好良いって言った!?言ったよね!!

 私は少しだけまた嬉しくなった。


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