第25話 すみません、どいてください

 ぐふふふっ。

 ぐふふふっ。あーっはははははは!


 昨日のことを考えると自然とニヤけてしまう。こんなニヤけた顔を誰かに見られたら最高に恥ずかしいだろう。自室にいるうちに盛大にニヤニヤしておこうと思う。


 というのも、祭の後にルルージュと共に王都1のパン屋に行ってパンを食べたのだ。

 私の出発点であったパン屋に2人で戻ると、夫婦は快く出迎えてくれた。優勝はできなかったけど、私の活躍に感動したらしく『秘伝パン』を提供すると張り切る。


 秘伝とは、と困惑する私の隣でルルージュが目を輝かせていた。凄く嬉しかったらしい。


 出てきたパンは発酵バターをふんだんに使用し、カスペチアのチーズと南から取れる岩塩を隠し味に使用して焼いたモッチモチパン。


 しっかり噛むと顎がめちゃくちゃ疲労して大変だったが、味は確かに最高だった。別に美味しいパンを食べられたからニヤニヤしているわけじゃない。そこまで食い意地が張っているのはルルージュくらいだ。


 秘伝パンを食べたたときに、ルルージュが見せた嬉しそうな顔……おうふっ!

 あまりに美しかった。


 もういっそのこと抱きしめたい程に。しかし、モラハラチクチクの前科があるので急に婚約者らしく褒めるのも躊躇われ、その姿を脳裏に焼き付けて1人悶えていた。


「……ああ、彼女は美しいな」

 考えるだけで素敵な気分になってくる。毒美令嬢のフィルターを通して見ていた頃が非常に勿体なく感じられた。ずっと共にいたのに、随分と時間がかかってしまった。


 なんだか会いたくなってきて、自室を抜ける。

 しかし、部屋を出てから気づいた。

 婚約者相手と言えども、用事無しに会いに行くのはどうかと。


 うーむ、何か手はないか。

 城の中をウロウロしていると衛兵に怪しまれたので、逆に背筋を伸ばして堂々としてやった。

 私は社交界に招かれた来賓である。決してストーカーではない。


 まあルルージュの部屋に到着すればなんとかアイデアも出ようと楽観視して足を進めると、思わぬ幸運があった。


「……ルルージュ?」


 廊下を歩き、中庭が見える場所についたとき、中庭で寛ぐルルージュらしき女性を見た。私の会いたい気持ちが彼女を引き寄せたか?


 髪色も長さも同じ、横顔もソックリだった。優雅に佇み、茶を嗜む姿には違和感を覚えたが、他は全てが本当に似ていた。しかし、どこか違和感を覚える。


 目を擦りもう一度見る。本当に似ているが……別人だ。


「いるものなのだなぁ」

 ドッペルゲンガーとかそういう類ではないだろう。めっちゃ日に当たる明るい中庭にいるし。


 世界には自分に似た容姿を持つ者が3人いると聞く。

 ふふっ、ルルージュに会ったら教えてやろうかな。さっきすんごい人がいたよ!まじまじ!これは立派な会う口実だな!勝った。


「よければ一緒にお茶でも?」

 中庭から、かの女性に声をかけられた。

 向けられた正面の顔までルルージュそっくりで、驚いた。非常に美しい容姿だ。


「いえ、結構」

「そう言わずに」

 彼女は立ち上がり、こちらへと歩み寄ってきた。私の手を取り中庭のテーブルへと誘導しようとする。


「離していただけるかな、お嬢さん」

「寂しいことを仰らないで。女性が1人で退屈してるのよ?相手をしてくれるのが紳士ってものじゃない?」

 さてな。王都の貴族の常識はそうでも、私は辺境の田舎貴族だ。興味のない人物と時間をともにするほど暇ではない。ルルージュに会いたいのだ。


「何度も言わすな。手を話していただこう」

「お断りしますわ。あなたが共にお茶してくれるまで、わたくしこの手は離しません」

 なんだこの女は。


「同じことを言うのは好きじゃない。それに今は会いたい人がいるのだ」

「ふふっ、わたくしを知れば、そんな小さな存在なんて露と消えましょう。さあ、こちらへ。無価値な今までの世界とは違い、色のついた世界を教えてあげますわ」


 何を言っている。酒でも飲んでるのか?

 致し方ない。フェーブルの土地では男も女も差別無く対等に扱う。この度もそうさせて貰おう。


「ほっ」

「ああああ゛っ」


 私の手を掴んでいた手を捻り上げ、腕も拘束した。関節を固めているので、もがけば靭帯と骨を痛めるぞ。


「ああっ、なんてことを!」

 テーブル付近に控えていた側付きの老人が駆け寄ってくる。


「お手を離しなさい。クレン殿!」

 素直に離す。面倒を見る人間が来たなら、もう拘束も必要あるまい。さっさと引き取って頂きたい。それと尋ねたいことがある。


「なぜ私のことを?」

「はっ!?」

「ほお、この茶会は練られたものだったか。全く、私と近づきになりたくば、もっと上手にやることだ」

 やれやれ。どうせ我が領地の魔石を買って下さい!という類の頼みだろう。こちらにも付き合いがあるし、質の分からないものをそう簡単に引き取れるわけがなかろう。


 わざわざ私の婚約者に似た女性を用意して色仕掛とは、全く質が悪い。ちなみに全然タイプじゃない。似てはいるが、近くで見るとルルージュの方が数百倍美しい。


「待ちなさい!」

 叫び声を上げて、廊下を塞ぐ女性。うーん、やはりルルージュに似ているが、なんだか邪気がある。どうにも好きになれない感じだ。


「良くも恥をかかせてくれたわね。わたくしを誰だと思って?アンネ――」

「お嬢様!それ以上は」

アンネ?……知らんな。


「……とにかく、わたくしの魅力に抗える男がいるはずありませんわ。見なさい、このシルクのような髪」

「すまない、さっき手荒いことをしたから乱れて山姥みたいになってしまった」

 本当に申し訳ない。しかし、フェーブルの土地では男女平等でして。立ちふさがったのが筋骨隆々の巨漢でも私は同じように腕を捻り上げるから、誤解なきよう。


「肌を見なさい。艷やかな白い肌。ふふっ、この柔肌に触れてみたいんじゃないの?」

 少し目を近づけて見てみる。


「ダメだな」

「は?」

「皮膚組織が薄い。寒い土地の育ちではないな。フェーブルの土地の冬ではさぞ体に堪えるだろう。長生きは出来んな」

「そっそんなことは話していないわ!美を、美を評価しなさい!」

「そうは言われてもな。体も細すぎる。特に腰が細く、脚の筋肉が貧弱だ。フェーブルの土地では安産型が好まれる。畑仕事が出来れば、さぞ喜ばれよう。もう少し食った方がいいぞ」

「ぐっ」

 その貧弱さでは誰が家を守るのだ。旦那が安心して外で仕事も出来やしない。フェーブルの土地ではモテないだろうな、この女は。


「すまんが、そろそろどいてくれ。用事があるので」

「覚えてなさいよ、クレン・フェーブル。あんた、今日のことを一生後悔させてやる。絶対にね。死んだ方がマシってレベルの地獄をその体に教えてあげるわ。わたくしに逆らって無事で済んだ者はいない」

「つまらん脅しは、効く相手にやることだ。いい加減邪魔だ。5秒やる。どかなければ、地面に組み伏せ、強制的に通らせて貰う」

「……クズ男」

 流石にどいたか。迷惑なことだ。


 全く、ルルージュへの面白い手土産の話ができるかと思ったのに、ただの美人局だった。

 やれやれ、またルルージュへの訪問要件を1から考え直さなければならない。






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