第14話 一歩

 七月十九日。夕方、五時のチャイムが街を包み込む。

 床に散らばっていたプリントたちはまとめられ、畳んだ服はきちんとクローゼットに。

 ついさっき、一時間ほどそうじをせっせとして(いや、させられて)自分の部屋は以前よりもきれいだ。

 そんな部屋の中、ぼくは机にかじりついて、国語の勉強をしていた。

「はじめー」

 ガチャリと扉を開け、お母さんが顔を覗かせた。

「ココア入れたから、ちょっとこっちでひと休みしよ」

「うん。ここ終わらせたら行く―」

 えんぴつを走らせながら、ふと、この間のことが頭に浮かぶ。

 あの不思議な扉を開いた日から五日たって、明日からは夏休みだ。

 あゆみちゃんは無事にピアノのコンクールを受けることができ、全力をつくせたと話していた。

 そのときの写真も、あゆみちゃんから見せてもらった。

 お母さんとお父さんとあゆみちゃん、三人で写った写真、みんな楽しそうに笑っていたのを思い出して、ぼくまでふふっと笑う。

 動かしていたえんぴつを止め、背伸びした。

 立ち上がって窓を開け放つと、すずしい風が部屋を満たす。

 外には、立ち話をしているおばさんたちや自転車をこぐ学生さん、ぼくよりも小さな男の子と女の子が並んで歩いていたりして……。

 ぼくはその様子を窓辺で頬杖をつきながら見つめる。

 昨日、ぼくは勇気を出して、「夏休み、どこか遊びに行こう」とあゆみちゃんを誘った。そしたら笑顔で「いいよ」と言ってもらえたんだ。

 これがいい、ぼくはぼくの力で、あゆみちゃんに振り向いてもらうんだ。

 どれだけ汚い顔で走り続けても、くじけても、それひとつひとつがかけがえのない、ぼくだけの力。

 空はまだ明るいけど、もうすぐ日は落ちて、明日が来る。

 よし、がんばるぞ!

 窓を閉めると、ひと休みしに扉を開ける。

 きらきらかがやく希望はいつだって胸に、ぼくは努力することをあきらめない。

 ここからがぼくの、はじめの一歩。


 完結

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希望の一歩 入夏千草 @himira

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