柑橘
sui
柑橘
そこにいたのは偶然。
目に止まったのもやはり偶然。
手に取ったのは、或いは運命。
私はそれを持ち帰ろう。
僅かな凹凸に光らんばかりの艶。
イエロー、それはまさに太陽を想わせる色。
収穫までに果たしてどのように育てられてきたのか。
温かい空気と触れ合っただろうか。深く茂った緑の中に包まれて、風を浴びながら空を見つめてきたのだろうか。
爪を立てればしっかりと育った外皮が果敢に跳ね返そうとし、しかしそれ以上の力を与えればズブリと破れる事だろう。
その瞬間に広がる、得も言われぬ芳香。僅かな飛沫。
瑞々しさ、清涼感。若さと、土によっては熱の象徴。
広がる唾液が口蓋を擽る。
湿った指先に舌を伸ばす。体温に染まってしまったそれは然して美味くない。
親指の力で引き剝がし、中身を露にすれば白く柔らかな部分が現れる。
ただ淡く繊細な姿に見えて、その質はほろ苦い。そして人生の助けでもある。
そこを嫌って衣を剥ごうと試みるならば、無垢な姿の整列が目に飛び込んでくるだろう。
僅かな力でさえも傷になる。寄り添い合うものを無理に引き剥がせば途端に崩れてしまう。がさつに扱ってはならない。壊してしまっては元も子もない。
そっと、そっと時間をかけて丁寧に暴ききれば、漸く目当ての形になってくる。
硝子の器。銀色の匙。
宝石の様な輝きがその内に灯る。
冷えた金属の白々しさと張りつめた柔らかい果肉。舌に触れた瞬間のコントラスト。歯で刻まれる鮮烈。
弾けたのは酸いと甘い。遺伝子が歓待の声を上げる。
清き水の潤い。新鮮な流れ。血肉の始まり。
ごくり。
飲み込まれる。
嗚呼、もう無くなってしまった。
柑橘 sui @n-y-s-su
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