37 予感は当たる

 ◆◆◆


「しゃら、くせぇぇンだよォ」


 周囲を燃やし尽くす勢いで炎をまき散らす。


 ただ、それでも今相手取っている存在は消し飛ばない。



「カ、カル……オム、オ、オマ、……ツロ」



 目の前にいる敵は炎による攻撃を防ぐ様子はない。

 それなのに体を不定形に揺らすのみでダメージが入っていない。

 時折聞こえる音はモンスターが発する咆哮とは違い、どこか意味が込められた言語のようにも聞こえる。


「テメェさっき、虫を潰した瞬間に一瞬こっちをのぞき見したな?

 そんでそれを私が感知して補足したことに気づいたから今こうして姿を現したってんだろォ?」


 戦闘中ではあるが相手に声をかける。

 本来であればそんなことはしない。


 ただ、今はまだ全力が出せない。



 間違いなく相手には知性のようなものが見られる。

 迷宮のモンスターの中には時にずる賢く知恵の回る類のモンスターもいるが、


 こちらの動きを見て仕掛けてくる、その程度の生易しい半端な賢さではない。

 明らかな計画的な動き。



 おそらくは駒場こまば会長の懸念していた『何か』とつながりがある存在。

 いつもならせいぜい原形が残る程度に燃やして、残った死体から情報をとる程度しかしないが、全力が出せなければ燃やしきれない相手であるならばこの時間で少しでも情報を稼ぐ。


 そのためにもわざわざ声をかけたが相手からの返答はない。



「チッ、しゃべれんのかしゃべれねえのかはっきりしろや……」


 つぶやきながらも相手からの攻撃をかわす。


 現在判明している敵の攻撃手段は一つだけ。


 その体と言っていいのか分からない靄のような体に大量に生やした目玉からのレーザーのような攻撃だけ。


 攻撃自体は速いが、事前に目が光ることと目線の方向にしか飛んでこないことを考慮すれば大した攻撃ではない。


 相手からの攻撃は通じないが、こちらからの攻撃も靄を揺らすだけで効いている様子はない。

 お互いの攻撃は通じず相手から情報を抜き出すこともできないない千日手。そんなもどかしい時間が過ぎる。



 自分の中にだんだんとイライラが募ることが自覚できる攻防の中、視界の端に碧の衝撃が弾けるのが見えた。


 場所はおそらく領外地帯アドバンスド・エリアの端。

 弾けた位置が上空なのはモンスターに対しての攻撃ではなく、こちらへの合図だからだと推察できる。



「やっとか。ナイスだ!伏野ふしのォ!!」



 脱出途中の人間がいる中では出せなかった全力。

 今、自分を縛る要因は全て消え去った。

 後は目の前にいる存在を全力で始末すればいい状況を作り上げてくれた男に感謝しながらその力を開放していく。


「ごっこ遊びはお終いだ。

 テメェ物理攻撃が効かねえあたり、多分霊体系のモンスターかなんかだろ?

 それが無敵だとでも思ってんなら――——さっさと燃え死ね」



 お互いに決め手に欠ける攻防で敵の特性は既に把握している。

 相手が霊体系の場合倒してしまった後は体は残らない。

 唯一残るであろう魔石を回収することだけを考慮する。



 目の前の相手を倒すにはいつもよく使う『灰式』では不向きと判断して違う技を使う。

『灰式』でも倒せないことはないだろうが、その場合魔石ごと燃やしつくすことになる。


 

 この戦いをさっさと終わらせる。

 そのために敢えていつもとは真逆——体から炎を垂れ流した状態にして、どんどん周囲に広げていく。



 霊体系のモンスターにありがちな分体や、存在を極限まで薄くしての逃亡などを許さぬように攻撃範囲と威力は最大にする。


 その大きさは領外地帯アドバンスド・エリアの内部を覆いつくすほどに大きくなり、端に到着した炎はそこから火柱のように立ち昇る。


 作り上げられたのは逃亡も生存も許さない炎で満たされたフィールド。



「ほらよ、テメェを消し去る舞台の完成だ!『浄炎の祭壇アルタートーチ』!!」



 それは霊体系モンスターに対して有効な浄化の炎を生み出す技。


 靄目玉のモンスターは炎が広がる様子を見て違和感を感じたのか、途中で逃げ出そうとした。

 しかしながら既に逃げられる場所などないため、そのまま淡い光を発する炎に包まれて、一切の抵抗も許さずその存在をかき消される。



 倒すべき敵が消滅するのを確認した後、万が一にも逃げられることがないようにと広げた炎を消し、魔石の回収に向かう。


「ったく、めんどくせえ奴だったな……ッチ、やっぱりか」



 そこに残ったものを見て思わず舌打ちをしてしまう。


 当然敵の体は浄化の炎によって消し去っているため存在しない。

 その場に唯一残る残骸は、やはり予想通り駒場会長から伝えられていたモノ――白黒魔石であった。



 ◆◆◆



 領外地帯アドバンスド・エリアを脱出してすぐに何が起きても対処できる状態を作り上げた。


 まずアリアと柴犬君には絶対に気を抜かず警戒することを厳命して待機させた。

 おそらく二人は何が起こっているるのかを知りたいだろうが、あいにくと俺も何が起きているかなど把握できていないため詳細な説明はできない。


 一応朱王すおうさんが警戒していた何かがあることと、現在の状況が普通の訓練の想定を超えているということは伝えておいたが、説明としては不十分もいいところである。



 申し訳ない話だが、最初から俺は普通に実力不足もいいところなので許してほしい……



 現在は領外地帯アドバンスド・エリアを脱出してから既に二時間が経過している。

 なるべく早く朱王さんには戻ってきてもらいたいところではあるが、こちらから中の状況を確認することはできない。


 脱出してから一時間ほど経ったころからアリアと柴犬君は中の様子の確認だとか、加勢にいくことを提案してきたが、当然却下した。


 内部で万が一敵と苦戦していた場合や、敵の撃破は済んだがそのまま領外地帯アドバンスド・エリアの消滅に取り掛かっていた場合、確認のためだろうが安易に踏み込めばいきなりこんがり焼き死ぬ可能性を否定できない。


 ともすれば、普通の領外地帯アドバンスド・エリアよりも危険な状態の場所にホイホイと乗り込むのは危険すぎる。



「中、大丈夫ですかね……?」


「姐さン……」



 ちょくちょく二人とも領外地帯アドバンスド・エリアの方に視線を向けながら心配している。

 しかしながらその心配はまったくもって余計なものである。


「二人とも、まずもって朱王さんは君たちが心配しなくちゃいけない人じゃない。

 それよりも現状一番しなければいけない事は君たち自身の心配をすることだよ……」


 どちらかというとあの人は心配することが失礼になるような人だ。


 現状一番危険なのはこの場を襲撃される事態。

 ここを強襲されれば俺一人でどうこうできるかは不明なのだ。



 だからこそ朱王さんの一刻も早い帰還が望まれる。




 心の中でそう祈っていたら領外地帯アドバンスド・エリアの境界が徐々に縮小いくのが目に入る。


 やはり、朱王さんは一人で領外地帯アドバンスド・エリアの消滅を行っていたらしい。


 出来ることなら消滅作業前に一度こちらに顔を出してほしかった……






――――――――――――――――――――――――――――――

内部状況:もし入ってたらお手軽に地獄体験ができた。

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