36 中止

 ◆◆◆



 ボスの討伐が終わったことを確認してアリアと柴犬君に近づく。


 ただ、近づく朱王すおうさんの顔には喜びのようなものはない。

 どちらかというとなにかを警戒しているような張り詰めた表情をしている。


 俺には分からない何かを感じたせいだろう。


 それに合わせてこちらも周囲を警戒しながら一緒に進む。


 朱王さんでも分からなかったなにか。

 それだけでも十分に警戒する理由にはなる。



「とりあえずお疲れさん」


 戦っている最中だった二人は当然ながら気づいていないため、いったんはねぎらいの言葉をかける。

 ただ二人はこちらの様子に気づいたようで、先ほどまでのボスを倒せた高揚感のようなものを消している。


「一応ボス相手にも苦戦することなく倒せましたが……」


「何か問題点でもあったんすか?」


 二人が気にしているのは今倒したボスとの戦いの評価だろう。

 倒し方に問題があったか、あるいは時間がかかってしまったのかどうかを気にしている。



 その懸念は外れている。

 ボスとの戦いだけを見るならば十分な戦いぶりであった。

 二人掛かりとはいえ短い時間で苦戦することなく即座に倒しきれたのは十分に評価できる。

 本来は一人で、かつ狩り続けなければいけないものではあるがとりあえずは十分な働きではある。


 だからこそこの二人は困惑している。



「いや、問題は無え……というか、わんこ、まだスキルを解くんじゃねえ」


「あ……うす!」


 ボスを倒し終えたことで気を抜いてしまったのだろう『犬化』のスキルを解除してしまっていることに注意が飛び、柴犬君は即座にスキルを再度使用する。


 それを見てアリアも喜びの感情をしまい周囲のモンスターへの警戒を強めるが、おそらく朱王さんが警戒していることは別のことだろう。


「チッ……伏野ふしの、どう見る?」


「……中止すべきですね。我々が警戒すべき事柄がある中で訓練を続けさせる必要はありません」


 朱王さんがこちらに向けて確認をとってくるが、出来ることならこちらに話を振らないでほしい。

 俺だって『一瞬何かに見られた気がする』なんてことは感じていなかったのだ。

 どちらかというと俺の立場はアリアや柴犬君側のものである。


『我々が』なんて口にしたが実際に警戒しているのは朱王さんだけであり、俺は朱王さんが警戒する何かがあるから警戒しているだけに過ぎない。



「そうだよな……お前ら、今日の訓練は現時刻を以て終了とッッ――」



 朱王さんが訓練の中止を告げようとして途中で切り上げ神速で移動する。

 動いた先は固まった状態のアリアと柴犬君の背後――元ボスであったモンスターの残骸が落ちている地点の十メートル先。


 一瞬での移動を終えた朱王さんが掴んでいるはこの領外地帯アドバンスド・エリアに入ってから確認してきたどのモンスターとも違う大きな虫のような生物。

 正面に大きな目玉のようなものが一際目立つシルエットをした謎のモンスター。


「てめぇじゃねえけど、てめぇだなァ」


 ギリギリ聞き取れる声量で一言つぶやき、掴んでいる手ごと一気に燃やす。

 当然掴まれている虫型のモンスターは灰になって崩れ落ちる。



 朱王さんが移動を開始した瞬間。俺は即座に抜刀してアリアと柴犬君を守れるように移動した。


 現時点で俺よりも強いと言ってもいい二人が反応できずに俺が反応できたのはある意味では当然。

 俺は最初から朱王さんの動きに注意していた。

 自分では何が起こったか理解できずとも朱王さんならば反応できると信用していたからこそ、向こうの動き出しに合わせてこちらも動けた。


 朱王さんからの援護がない状態で何が起こっても確実に二人を守り抜けるように、全力で周囲すべてを警戒する。

 ほんの一瞬——わずか数秒ではあるが、それでもその一瞬が過ぎるまでにこれまでにない緊張が全身を駆け巡った。



「伏野ォ、訓練は中止!二人を守れ!!」


「了解!」


 交わされる言葉は短く、されども的確に意図の伝わる指示。



「二人とも全力でついてきて!」


「え……はい!」


「う、うすッ!」


 二人の言葉を確認すると同時に走り出す。



 朱王さんの指示は『二人を守れ』。

 何からかは指示されていないが、おそらく意味は二つ。

 一つは未知の敵性存在から。

 そしてもう一つは朱王さんじぶんじしんから。


 同行者がいる状態では全力で戦うには向いていないからこそ俺に二人を守らせる。

 具体的にはこの領外地帯アドバンスド・エリアからの脱出を急がせる。



 そのためにも来た道を全力で駆け戻る。

 後ろから二人がついてくるのが確認できるがその足取りは少し遅い。


「周囲への警戒はいらない!今はここから出ることだけを考えて足を動かせ!

 敵が出てきても交戦はせずに振り切ることだけを考えろッ!」


 遅い理由を潰すように声をかける。

 そうすれば二人のスピードは一段速くなる。

 もしこれが、連戦の疲労で足が動かないとかだったら俺が担がなくてはいけなかったかもしれないが、どうやらそんなことはなかったらしい。


 来た道は朱王さんの攻撃によって森が消し飛んでいるので幾分進みやすい。

 しかしながらそれは身を隠す森が無いということでもあり、当然高速で移動する俺たちは周囲からモンスターを引き寄せることになる。

 脱出を試みる侵入者を許さないとでもいうかのように周囲から気配が集まるのが分かる。


 先ほどまでアリアと柴犬君が警戒していたモンスターたちは姿を現すが、立ち止まって相手をしたりしない。

 目の前に現れた猪のようなモンスターに対して腕の装甲から棒手裏剣のようなものを取り出し、投擲。

 七体に対して五本の投擲で終わらせ、足を止めることなく脱出を急ぐ。

 後方や横から来るものはスピードに任せて引きちぎり、正面から出てくるモンスターのみを轢き潰す。


 相手がどうなったかを確認せずにそのままスピードを上げる。



「はぁ……はぁ……へ!?」


「ッッはっや!!?」


「急げ!死ぬぞ!というか殺されるぞッ」


 未知の敵ではなく、どちらかというと朱王さんによって。



 その言葉を聞いて二人ともさらに加速する。


 時に走りながら地面に転がる岩や木の残骸を蹴り飛ばしてモンスターにシュートしたり、装甲の機能である煙幕を前方に打ち込み敵の目を潰してスルーしたり、すれ違いざまに足だけ切って移動力をなくしたりしながら全力で脱出を目指す。




 途中現れるモンスターをなぎ倒しながら全力で駆け抜け、ようやく領外地帯アドバンスド・エリアの境界部分までたどり着く。


 脱出開始からおよそ十分で端まで到達する。

 入ってきたときから考えると超短時間での猛進であった。

 途中から後ろでは朱王さんが攻撃をしだしたのか轟音が響いてきたが、こちらには衝撃なんかは飛んできていない。


 どうやら気を使ってくれたらしい。



「二人は、外に出て」


「「……はい」」



 二人とも今まで以上の疲労を見せながらも境界に足をかける。



 それを見ながら振り向きく。


 俺にはまだ仕事がある。

 今なお中央付近で戦う朱王さんに脱出完了の合図——全力を出しても構わないことを知らせるという仕事が。


 腰だめに剣を構え、その柄尻にこの領外地帯アドバンスド・エリアで採取した魔石を押し当てる。

 狙う方向は上。

 敵ではなく上空へ向けて合図のために。


 踏みしめた足から腰、背中、肩、腕へと力を伝え、剣を振り抜く。


「『白舞閃はくぶせん・碧』」


 小さくつぶやいた技名と共に、振り抜かれた剣から斬撃のようなものが空中へと飛び出していく。

 そのまま空中で大きな衝撃を伴って炸裂する。


 それを確認してすぐに境界を跨ぐ。


 例え朱王さんまで衝撃届かずとも、あの人なら気づくだろうし、そうなればここにいること自体が危険になるのだから。






――――――――――――――――――――――――――――――

白舞閃:実はもっと前に出そうと思ってたけど忘れてた。必殺技というよりも強攻撃みたいなモノ。

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