35 嫌な予感

 ◆◆◆


「あれがここのボスモンスターですか……面倒くさそうですね」


「随分と……弱そうだな」


 ボスとの戦闘が行われているところから大きく離れた場所で観察していた二人がその感想を口に出す。



 朱王すおうさんからすれば弱そうに見えるらしいが、俺からすれば十分にやっかいそうな敵である。


 敵は鉱物系のモンスター。

 この手のモンスターは大抵核のようなものを壊さない限り、周りの大地から資材を吸収して体を回復したりするので、非常に面倒な敵となる。


 回復の隙を与えないか、もしくは一撃ですべてを吹き飛ばす必要がある。


 何よりの問題は領外地帯アドバンスド・エリアを消滅させるためにはあれを一匹狩る程度では足りない。

 この後も連戦となることを考慮して、どれだけ体力を残した状態で勝てるかも重要な点となる。


「まあ、あの二人なら大丈夫そうですけどね」


「そうだろうな。つまんねぇけど仕方ねえか…………ん!?」


「どうしました?」


「いや、なんか……見られた……気がする……のか?」



 突然反応した朱王さんに尋ねれば返ってくるのは曖昧な答え。



 だが、それは……おかしい。


 生息するモンスターであれば朱王さんが『気がする』なんて曖昧な表現をすることはあり得ない。

 現状この領外地帯アドバンスド・エリアに入っている人間は四名だけ。

 この四名が朱王さんを一瞬だけ見るなんてことをする必要はない。

 

 ならば、誰がそんなことをしたのか?


 どちらにせよ、確認すべきは――



「敵……ですか?」


「いや、分からん。一瞬だったからな」


 朱王さんの知覚においてすら敵かどうかの判断が下せないほどの一瞬で見られたと考えると、相手は相当の強者であるとも考えられる。



 これが勘違いだったのならばいいが、そうでないなら――なにか嫌なことが起きる予感がする。



 ◆◆◆



 顔の半分を抉られながらも平然と立ち上がってくるボスモンスターを見て、アリアも柴井も警戒の構えをとる。



「ギギグギアアアァァァ」



 ボスの口から咆哮というよりも鉱物同士が擦れ合って発生した不協和音のようなものが鳴り響く。

 それと同時に顔の周囲の鉱物が盛り上がり元に戻っていこうとする。


「……面倒くさいですね」


「やっぱ、そうかヨ。鬼嶋きじまサンは弱点の位置とか分かル?」


「分かんないですね。頭かと思って攻撃したんですけど、ちょっと削れただけでしたし……」


 アリアは自身の攻撃力の低さを悔しく思いながら答える。

 そもそも事前に設置したカウンターの技でもっとダメージを与えられれば、もしくはその後の一撃で確実に頭全体を吹き飛ばしていれば倒しきれたか、最低でも頭部に核が無いことが判明したはずである。



「次は頭を確実に壊します!」


「なら俺は心臓を狙おウッ!」



 二人とも自分がどこを攻撃するのかを口に出しながら、移動を開始する。


 既にボスの顔は回復されており、身を低くしている。

 ただ、動きはせずに警戒するように首を振って周囲を確認している。


 おそらくは、初撃で食らったアリアによる不可視の罠カウンターを警戒しているのだろう。

 仕掛けた分は既に発動してあるのでその警戒は無駄だが、どうせ警戒しているなら存分に使った方が良い。



 そう判断したアリアは鞭を大きく振り回す。

 あたかもその行為に何か意味があるかのように。

 紅い軌跡を残しながら、あえてボスの体に当たることが無い位置に鞭を走らせる。


「フフフ、もう一歩も動けませんねぇ」


 ボスが言葉を理解できるとは思っていない。

 それでも余裕を見せた感情が相手に伝わればいいと思いながら、あえて口に出す。


 そのまま鞭を振る手を止めることなく、悠々と近づいていく。



 既にボスの視線はアリアへの警戒に染まっていて、それ以外を見ていない。

 周囲を走る紅い軌跡も何かの意味があると警戒を解かない。



 そんなボスの足元。

 ボスの警戒を一身に受けるアリアとは違って、最初から何もしていなかったゆえに警戒を向けられていなかった男が近づく。

 ボスも気づかぬ間にその足元には獣人が立っている。



「よぉ、少しはこっちも見てくれヨ。寂しいだロ?」



 そう言いながら柴井は力を込める。

 最初の戦いで使ったブレスと同じ要領で、体の内側に炎を溜める。

 さっき使ったときは広範囲を殲滅したかったからブレスの形で出した。


 だが今は核と思われるものを破壊したい。

 ブレスでは表面を焼くだけで内側まで貫通しない可能性も考慮して、違う技を出す。


 炎を溜めるのは拳。

 煌々と輝くその拳を固く握りこむ。


「俺のはまだまだだけどよォ……お前を怒らせた一撃と同じもんだゼ!

灰式はいしき灼煌拳しゃくこうけん』!!!」



 師匠である朱王萌美が考えた炎系統スキルを使った戦闘方法の極致『灰式』。


 ボスをここまで呼び寄せるほど怒らせた衝撃波を生んだ一撃はそのうちの一つである。

 今はまだあれほどの火力を出すことは不可能でも、それでも圧倒的な破壊をもたらすその一撃をボスの胸に向けて打ち込む。




 完全に警戒の外側からの攻撃を食らったボスは、真下から胸に向かって撃ち込まれた衝撃でその足が地面から離れる。


 空中にはね上げられるほどの衝撃を食らい、圧倒的な熱量の爆発によって胸部の構造が崩壊する。



 しかしそこは弱点ではない部位。

 いくら体を壊されようとも自身の核を壊されなければ自身がやられることはない。


 どちらかというと今の攻撃よりも先ほどの女の顔面への一撃の方が危なかった。

 それでもこの火力を核に向けられたらと考えると目の前の男が一番の危険ではあることが事実。



 体を崩壊させながらも、この場において一番の破壊力を持つと判断した者を首だけになっても食い尽くさんと牙を向ける。




 もう少しで牙が届く距離まで迫ったとき、ボスの視界に紅い線がこちらに向かってくるのが見える。


 先ほどまでは何より警戒していた色。

 自身を一撃で破壊するほどの衝撃を受けて切り替えてしまった優先順位の元一位。




「せっかく気を付けてたのにね」



 つぶやいた声は聞かせるためのものではない。

 事実を述べるだけの声。

 ただし、それは実質処刑を告げる声と同じモノ。



「『鬼食きしょく乱杭掴らんくいづかみ』」



 首だけになったボスに向かって一直線で進み、直前で鞭が分裂する。


 貫いて破壊するためではなく、取り囲み縛り上げて捕えるための技。



「よいしょおぉぉぉ」



 首の上だけ縛られた状態のボスを全力で引っ張る。

 抵抗など当然許さず手元まで引き寄せる。


「いらっしゃ~い。『鬼食きしょく崩刃通ほうじんどおし』」



 今まで使わなかった左手に握った短剣に紅いオーラを流し込み、引き寄せたボスの頭部に向けて勢いそのままに突き刺す。


 短剣の先端が触れた瞬間ボスの頭部に直線で穴が開く。

 一切の抵抗を許さずにぶち抜かれた穴の周囲の顔にも罅を入れて崩壊させていく。

 そのまま引き寄せた顔全てが砕けたのと同時に空中に残骸として残る下半身も崩壊する。


「よし!核の崩壊も確認!」


「そっちが正解だったカ……」


「いや~、柴井さんハズレでしたね~!」


「うるせえよ、俺が体を破壊したおかげではあるだろうが……」


 はじめての領外地帯アドバンスド・エリアのボス討伐だというのに、二人はどちらの攻撃が有効だったかを言い合っている。


 気負いなく当然とばかりの態度をとる二人の姿はまさしく特級と言ってもいい姿であった。






――――――――――――――――――――――――――――――

灰式:柴井の使う灰式はまだ人の範疇の技。

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