盆灯籠の宵

小野塚 

『法照寺怪談会』橋下恵

私が、まだ小さかった頃の話です。

中学からは父の仕事の関係で、家族で

海外に引っ越したので、矢張りあれは

小学生の頃の出来事だったと思います。



お盆の時期には、毎年 母の生家 に

泊りがけで行くのが私たち家族四人の

慣例となっていました。


尤も、母の生家は地方にある訳では

なくて、それはずっと昔からの所謂、

のようでした。勿論、当時の

私は特段それを疑問に思う事もなく、

夏休みの楽しみなイベントの一つとして

お盆の数日間を家族揃って母の生家で

過ごしていたのです。



母の生家は都内にあるにも関わらず

広い庭に囲まれていて、鯉が沢山いる

大きな池もありました。

主に生活の場としている『母家』と

『大きい離れ』が橋を介して繋がって

いて、行き来する度に池を望む事が

出来るのです。

 池には何匹もの錦鯉が悠然と泳ぎ、

へりに腰掛けて手や足を出すと、餌を

貰えると思うのか、寄って来ます。

そんな遊びに興じては、祖母や母から

叱られたものでした。



先程、私は『大きい離れ』と言いました

が、母の生家の広い敷地にはもう一つ。

『小さい離れ』と呼ばれる建物が

ありました。



『小さい離れ』は極普通の日本家屋では

ありますが、玄関から三和土を介して

先ず目に入るのは十二畳の和室です。

トイレや台所は申し訳程度にありますが

部屋と呼べるものは、その十二畳間の

和室一つだけしかありません。


 そして、黒い 仏壇 が

       たった 一つだけ。


離れの主の様に置かれてありました。


通常、そこには人を泊める事はおろか

鍵がかけられていて お盆の時期 に

限って解放されるのです。

 だからなのか、仏壇の前にはいつも

縄で仕切られた『精霊棚』が設置され

細い笹竹に渡した鬼灯に、下り提灯


  そして


   両脇には 盆灯籠 が。


涼やかで幻想的な美しさを以って左右に

対で据えてありました。



勿論、この『小さい離れ』の玄関横にも

盆灯籠 は設えてあります。


  いえ、敷地の入り口からずっと



 盆灯籠が。



等間隔で敷地の門扉から幾つも幾つも

『小さい離れ』の前まで並ぶのです。





母の生家には、祖父を早く亡くした

祖母が、伯父の家族と住んでいました。

伯父夫婦には高校に通う息子が一人

いましたが、いつも勉強や部活で忙しく

殆ど顔を合わせた記憶はありません。

 寧ろ、母のすぐ下の叔父の一家の

従姉妹たちとは年も近く、又

という事もあってか、毎年会うのを

楽しみにしていたのです。


叔父には、私と同い年の長女を頭に

一つ年下の男の子、更にもう一人、

小さな男の子がおりました。

私が 一人っ子 だった事もあってか、

彼等と寝食を共にするのはとても楽しい

夏休みのイベントでした。


私と同い年の従姉妹をミハルちゃん、

一つ下のケンヤ君、そして更に三つ

歳の離れたトモキ君。



広い庭は子供の格好の遊び場でしたが

鯉のいる池に近寄る事と、もう一つ。

大人達から絶対にしてはならないと

言われていた  がありました。


それは こと です。



門扉から『小さい離れ』迄、きちんと

並べられた盆灯籠には、戻って来た

御先祖様が様にという心違いが

あったのでしょう。

 少なくとも、ミハルちゃんと私は

そういうものと理解していました。でも

悪戯盛りのケンヤ君は違っていました。


「これ、お盆ダンジョンにしよう!

阿弥陀籤アミダくじ みたいにしようよ。」

「何言ってるの、お祖母ちゃんから

叱られるわよ?」「そうよ、絶対に

やっちゃダメって言われたじゃない。

それに御先祖様が迷ったら可哀想。」

私たちは口々に言いましたが、彼は

「庭で迷うかよ!」と聞きません。




結局は、子供というのは面白そうな

方へと流れてしまいます。


私たちは夜になると、こっそり庭に

出ました。




「お姉ちゃんたちも、手伝ってよ!」

ケンヤ君は盆灯籠を池の淵に二つ、

まるで誘い込む様に据えました。

「これ、池に落ちる罠だよ。」さも

自慢げなケンヤ君は、車寄せの木の陰、

母屋の裏の竹藪へと盆灯籠を運びます。

私達も 彼の指示 に従って、灯籠を

庭のあちこちに移動させました。






翌朝の事です。



私は祖母に揺り起こされて、目を覚まし

ました。祖母だけではありません。

沈鬱な顔をした私の両親と伯母さんが、

心配そうに私を見つめていました。



「着替えたら直ぐに『小さい離れ』へ

行きなさい。」



私はそこで、昨夜の悪戯が露見したと

思ったのです。叱られる、という事が

先ず頭の中に浮かびました。

「…ごめんなさい、でもケンヤ君が

やろうって言うから。」




「…ケンヤって、誰?」



母の声は震えていました。その途端、

祖母は慌てて立ち上がると部屋を出て

行ってしまったのです。

その時、私は自分の髪が濡れている事に

初めて気がつきました。




その前後の事は、曖昧模糊として、

実はよく覚えていません。



私は両親と一緒に『小さい離れ』へ

連れて行かれましたが、そこにはもう

線香が焚かれ、お坊さんの読経が響いて

いました。




           ただ



後から知った事が、幾つかあります。



母には歳の離れた兄はいますが、弟は

いないこと。伯父夫婦には幼くして

亡くなった娘がいたこと。私は本当は

という事。


その後、直ぐに父の海外赴任が決まり

私達家族がお盆の時期に母の生家に

帰省する事はなくなりました。





盆灯籠ですか。




それは今でも毎年並べられています。

祖母が亡くなってからは、伯父が。

きっとその後は、従兄弟がそれを

引き継ぐのでしょう。






語了


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盆灯籠の宵 小野塚  @tmum28

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