九死に一生! 死に神ちゃんリタイア!
渡貫とゐち
死に神ちゃんの椅子取りゲーム
赤信号にもかかわらず突っ込んでくるトラック。
つまり歩行者の信号は青だった。
「え?」
接近に気づいたものの、前のめりだったせいかバランスを崩してたたらを踏み、引き返すこともできないのに重心を前から後ろへ移動させようとして体が硬直してしまう。
その少女はなにも悪くないのに、大型のトラックが少女の命を奪おうと迫ってくる。
運転席を見れば、ハンドルに顔を突っ伏している運転手がいた。居眠り運転だ。いや、あの体勢を見ればもはや熟睡運転になるだろう。
当然、運転手はブレーキを踏むこともハンドルを切ることもなく――トラックは真っ直ぐに進むしかない。
大型のトラックが風を切りながら少女に突っ込んだ。
…………はず、だ。
トラックが赤信号を抜けた後、その少女はまだ生きていた。
尻もちこそついているものの、怪我は一切なく、擦り傷さえなかった。
通り抜けたトラックが横転した。
すぐ傍のガソリンスタンドへ突っ込んでいき、幸いにも怪我人も死亡者もいなかったが、機械を破壊し派手に炎上していた。
ざわざわと、野次馬が集まってくる。
横断歩道上で尻もちをついた制服姿の少女が、立ち上る赤い炎を見上げ――そして。
自分を助けてくれた、隣に立っている同い年くらいの少女を見る。
黒髪で、ツインテール。
頭の上には白い輪っかと、片目には骸の眼帯をしていて……
短いスカートを揺らしながら、振り向いた彼女が今まさに九死に一生を得た少女をじっと見る。ゆっくりと近づき、身の丈以上の長さを誇る鎌を、少女に突きつけた。
…………。
……助けてくれたわけじゃない……?
「わたしは、『うい』。はじめまして」
「え、あ……うぃ……? だれ……?」
「死に神」
と、言った。
頭の上の白い輪っか。
骸の眼帯。
大きな鎌……死に神。
そう言われたら、死に神の要素はあるのだが……。
「あなたが死にそうだったから助けたの」
でも、助けてくれたのに今は殺されそうになっている。
首元に突きつけられたこの鎌はなんなのか。
「あの、さ……これ、どけてくれるかな……?」
「どうして?」
「どうして、って……助けてくれたのに、こんな物騒なものを向けられたら……だってトラックに轢かれるより危ないというか……」
「でも。だってわたし、あなたを殺すつもりだし」
「助けたのに!?」
鎌の刃が少女の首元をぐっと押した。
そこからさっと引けば、簡単に首を掻っ切ることができる。
「うん。助けることで【死に神】は外に出られるから。でも、そこから先、死に神にさらに助ける義務はなくて……あなたを殺すことで空いた枠にわたしが収まることができる。あなたの立場に立って、わたしはこの世界を満喫したいの――」
そう、世界は椅子取りゲームなのだ。
だから目の前の少女をどかして自分が座る。
主人の危機を救うことで存在が生まれ、今度は主人を殺すことで枠を作り、そこに自分が収まる……死に神は、例外がなければ乗っ取ることを目的としている。
「そう、なんだ……」
刃を突きつけられながら。
死に神の主人こと『九死に一生を得た少女』が呟いた。
「でも、大変だよ?」
こんな状況でも、彼女は冷静だった。
「なにが」
「私のことを知った上で出てきたわけじゃないんだね。……死に神は主人を選べないのかもしれないけど……。――これまでの私の生い立ちが分かっていれば、私の立場でなにかをしようだなんて考えないと思うけどね」
――
九死に一生を得たばかりの彼女は、心の底では今ので死んでいたらそれはそれでよかったか、とも思っていた。だって死んでしまえば、もう苦悩することも苦労することもないのだから。
「うち、厳しいのよ。お勉強に、習い事、スポーツ、芸事、常識に風習……その全てでトップを獲りなさいと言われてるくらいには超がつくスパルタ。正直、もう嫌なのよね……もしかして、自殺をしたらあなたが出てきてたのかしら」
「……一度目は、うん」
「もしかしたらもっと早くに出会っていたかもしれないわね。まあ、思ってもする勇気はないから、言っても仕方のないことだけどね」
衝撃と動揺で腰が抜けていたが、やっと元に戻った香月が立ち上がった。
時間が経ったことで周囲が騒がしくなり始める。
それに、スマホで時間を確認すれば、さっさと学校へいかないと遅刻してしまうだろう。被害者という立場なので言い訳はできるが、厳しい彼女の家がそれでも遅刻は許さないと言うかもしれない。
今回の事故については、後々に警察から連絡があるだろうと踏んで、香月は早々に立ち去ることにした。
「ま、待ってっ、あなたの椅子にはわたしが座、」
「それってすぐじゃないとダメなの? 座る椅子から見られる景色がどういうものなのかを先に見ておいた方がいいんじゃない? 私と入れ替わったところで自由を満喫できるわけじゃないんだから……。結局、未成年は親や大人に生殺与奪を握られているようなものだもの」
そう、今の香月のように。
香月からすれば、親と死に神は似たような――いや、同じようなものだった。
「え。え、……え?」
「私の権限であなたを同行させてあげるから、ついてきて……えっと、うい? ちゃん?」
「あ、はい」
そっと鎌をしまった死に神――『うい』が、香月の背中についていく。
……ちなみに、鎌はあっという間に手のひらサイズまで小さくなって、ういのスカートにストラップのように引っかけられていた。
ふたり、並んでみると、ういの方が頭ひとつ分も大きかった。
それでも制服を着てしまえば中学生と名乗っても違和感がないが。
「しばらくは、私の側近ということにしておきますか。服装は……あとで整えるとして。ひとまず家に連絡をしてから……。もうこれは仕方ないわね……遅刻しちゃうか」
「え。大丈夫なの……?」
「なにが?」
「遅刻……」
「あ、心配してくれてるの?」
あなたの命を奪ってあなたの居場所をわたしが乗っとる――とまで宣言したのに、まったく抵抗されなかったことで出鼻を挫かれ、同時に闘争心も失った死に神はまるで従者のように香月に付き従っている。彼女は素直だった。
「別に平気。普段のスパルタが功を奏して意外と私が使える権限も多いの。
ほら、いきましょ。――ところで、もう一度トラックに轢かれかけたら、新しくあなたみたいな死に神が出てくるの?」
「ううん。九死に一生を得るのは一度だけだから」
「ふーん。九死に一生を得ることを、あなたが強制的に起こすってことなのね」
となると、偶然ではなかったのだ。
誰もが、死にかけた時は彼女のような死に神が現れ、命を救われていた……らしい。
まあ、そのあとはせっかく得た一生を死に神に奪われてしまうらしいが……。
「いつでも奪えるんでしょ?」
「それは、うん。……香月が抵抗しなければ」
「しないわよ。代わってほしいくらいなんだから。私が死んでいなくなっても、お母様があなたを代用して悲しまないなら、私が死ぬデメリットはないようなものだし」
「…………」
「もう、死に神が悲しい顔をしないの」
死に神らしからぬ、だ。
「……まだ死ぬ気はないからね。この世界をひとまずたくさん見てから決めればいいんじゃない? このまま放浪するか、私の椅子に座るかはゆっくり考えてから決めればいいってことで」
「……うん、じゃあそうしてみる」
「ん。一応、面倒は最後まで見てあげるから……安心しなさい」
その後、死に神である『うい』は若月家の従者として身を置くこととなり――――
一ヵ月、香月の横で香月のがんばりを見てきたういは、握り締めていた鎌を気づけば手離していた。さらには若月家の倉庫の奥の奥へしまいこんでいて……。
今では香月の従者として、最も従者らしく従っていた。
「香月様のように課題をこなすのはわたしには無理です……」
「でしょう?」
「はぃ……げ、現世が、こんなにも大変なことばかりだったなんて……。限界まで使われて、使い潰される……これは毎日、九死に一生を得ているようなものですよ……っ」
「そうよね、生きているのが不思議よねえ」
最大の敵は積み重なるストレスだったわけだ。
「はい、うい。肩揉んで」
「かしこまりました」
ベッドに横になった香月がふと、
「そう言えば、持っていた鎌はどうしたの?」
「今は倉庫だと思います」
「え、いいの?」
「はい。あの鎌は見映えが良いだけですので。あんまり切れないですから」
「へえ……」
実は、鎌を押し付けられただけでは危険がなかったのかもしれない。
とは言っても、あんまり、なので切れないわけではないのだろうけど。
「今度、試しに振り回してみようかしら」
「教えますよ……手取り足取り」
「これまでに色々な技術を身に着けてきたけど、次は死に神とはねえ……。我ながら多才だと思うわよ。まあ、死ねないみたいだけど」
ちらり、と
香月の命を狙っていたういは、今や香月の身を守る優秀で最強の従者だ。
絶対に守ります、と、ういは宣言している――だって。
香月が死ねば、その椅子に座るのはういになってしまうのだから。
「わ、わたしにはできません! 香月様の椅子に座るのは……リタイアです!」
「座ってもいない内からリタイアとか言わないで。あなたのはただのギブアップだから」
…了
九死に一生! 死に神ちゃんリタイア! 渡貫とゐち @josho
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