三十四歳トーシュルツパニック-23

 江川は逮捕、送致された。行いからして起訴は免れ得ないと考えられる。

 高橋チハルは一年も経たぬうち社会復帰を果たすだろうが、離婚後の両親の不仲は今回を機に決定的のものとなる。

 朝山はやがて職を追われる。全国ニュースで公開される江川の顔を目にした同僚たちがあらぬ視線を向けてくることによる。

 この一年弱の流れのなか幸福を勝ち得た者は一人もおらぬ。他者への依存に光を見出したとして待ち受けるは関係への隷属に他ならない。

 江川はチハルを案ずる言葉ばかりを口にするという。意思無能力による減刑を装っているのだとワイドショー内の専門家はしたり顔で述べる。

 高橋チハルの産まれた年は酷い寒波で、大型連休に差し掛かるころようやく桜が開花した。だから母は春にちなんだ名をつけたかった。いつまでも息災で生きられるよう千春とした。しかし総画数の吉凶があり両親はカタカナ表記で出生届を申請した。チハルはこのことを知らぬし江川は名の由来など思い浮かびもしていなかった。込められた願いになど全く至りもしなかった。

 江川はこれから春が来るたび目を腫らす。

 江川チハルになど一生ならぬ。もう二度と邂逅することもない。囚われる間あの子が何を思い日々をやり過ごしていたかなどこの男に感ずる頭は無い。それでも江川は身勝手な思慕をし続ける。それは呪いのごとくチハルにまとわりつく。

「チハルは気難しい子だった。親しくなることすらできなかった。何を話しかけても拒絶ばかりで、俺を避けてばかりいた。ああ、父親失格の日々だった。初めて口をきいてくれた時のあの感動を俺は一生忘れないだろう。チハル、風邪をひいていないか。彼氏はできたかい。いつまでも健やかに生を謳歌してほしい。君の奥底にはたくさんの感情が仕舞われてあるはずなんだ。俺がいなくても、どうか元気でいてほしい」

 江川はこれからこの一年の体験だけを胸に生きる。捩くれた心が復調することなど、もう一生あり得ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三十四歳トーシュルツパニック 佐藤佑樹 @wahtass

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ