第二十八話

「二号……?」


 呼びかけに、彼女は応じない。ピクリとも動かない。

 光を失った彼女の瞳は、永遠と俺のことを見つめているように思えた。


「おい、二号……?」


 何度読んでも、二号は反応を見せなかった。


水流フロー!」


 ライラが放った水魔法は、赤龍の目に直撃した。

 赤龍は勢いよく遠くまで飛ばされ、木に背中を打ち付けた。

 目を両腕で隠し、藻掻もがき苦しんでいる。

 しばらくの間、あの赤龍は戦闘どころではないだろう。


 ライラはそれを確認すると、俺と二号のもとへと駆け寄ってきた。


「ユウ殿! 二号殿はどうなったのじゃ……!」

「……分からねえ。でも、腹に穴が……」


 俺に覆いかぶさっていた二号の腹には三つ、小さくない穴が開いていた。

 その穴からは、止まることなく血が流れ出していた。

 俺は二号を仰向あおむけに寝かせて、傷口に手を添える。

 俺がどれだけ押さえても、血は止まらない。目に見える効果は得られなかった。


「……止まらねえ。なあ、どうすればいいってんだよ……」

「布で巻くのじゃ。ユウ殿、何か巻くものはあるかの?」

「……それならこれ使って。ハンカチだけど」


 俺は二号が差し出してきたハンカチを受け取った。

 それをそのまま二号の腹部に押し当てた。

 血は止まっていないが、それでも先ほどよりは幾分かマシになったように思う。


「すまん、助かった。……って、うお!?」

「二号殿……!?」


 俺とライラはり、突如喋りだした二号から反射的に離れた。


「大丈夫なのか……? ていうか……え? 生きてるのか? 腹、けっこう穴開いてるみたいだが」

「……大丈夫。ちょっと痛いけど」

「ちょっと痛いで済んでるのか……」

「……血が止まらないから、そんなにはもたない。意識を保ってるのがやっとだから」

「ウオォォォォォ!」


 背後から赤龍の咆哮が聞こえ、俺は反射的に振り返った。

 そこには怒り狂ったようにイエローの瞳を血走らせている赤龍の姿があった。

 先ほどのライラの攻撃がだいぶこたえたようだ。


「この状況は、さすがにまずいのう……」

「……ッ」


 ライラの言葉を聞き、俺も自分が置かれている状況にようやく気が付いた。

 俺たちへと意識を向けている赤龍は、目の前の一匹だけではなかった。

 見れば、それ以外にも五匹の赤龍が俺たちを囲っていた。


「なんでだ? 何で、こんなに俺たちの方に……」


 辺りを見渡して、ハッとした。

 既に、ほとんどの兵士たちが地面にひれ伏していた。

 ちらほらと赤龍に向かっている者はいるものの、その人数も数えられる程度しかいない。


「ウオオォォォォォ!」


 赤龍は歓喜するかのように吠えた。俺にはそう見えた。

 共鳴するように、彼らは叫び続ける。


「ウオオォォォォォ……オ?」


 その時だった。

 一匹の赤龍の角が折られたのだ。

 なかなかの重量がありそうな金色の角は、ズシッと音を立てて地面に落ちる。

 赤龍の咆哮ほうこうがピタリと止んだ。やがて訪れたのは静寂だった。

 その場にいる全員が落ちた角に集中していると、いつの間に現れたのやら、背後から声が聞こえてきた。


 反射的に振り返ると、そこには鎧に身を包んだ騎士が立っていた。


「アイリーン騎士団長……?」

「ああ。生き残りはお前たちだけなのか……」


 アイリーンの言葉に、俺はコクリと頷いた。

 悔しそうな顔を浮かべながら、アイリーンはその場で声を張り上げた。


「騎士団よ、よく聞け! たった今、調査は中止になった! 代わりに、ここにいる全ての赤龍を討伐することを任務とする!」


 その合図で、それまで気配すら感じなかった騎士たちが一斉に赤龍に切りかかった。

 その身のこなしはやはり見事なもので、目で追うのもやっとだった。

 俊敏性で言えば、彼らは明らかに赤龍以上だ。


「どいて」

「何を……」


 騎士の猛攻撃を遠目に見ていると、突然肩を強く押された。

 見れば、魔法の杖を持った少女が二号のお腹に触れていた。


「重症ね。生きているのが不思議なくらいだわ……」

「あの、何を……」

「黙ってて」


 少女は仰向けに寝ている二号に手をかざすと、何やら呪文を唱え始めた。

 それを呆然として見ていると、やがて二号の腹にあった傷が光り始めた。


「傷が、癒えていく……?」


 光が収まると、そこにはもとのきれいな肌が現れた。

 あれだけの致命傷を一瞬で治せるなど、この人物は一体……。


「死んでないなら治せるの。他に怪我人は?」

「え? ああ、あっちにいっぱい転がってます……」

「そう。それじゃ、あなたは下がっていなさい。見るからに戦えなさそうだし」

「聖女様! ここにも怪我人が……」


 聖女様、と呼ばれた少女は、俺からすぐに視線を外した。


「分かったわ」とだけ言い、そのまま駆けていってしまう。


 そこで、あの少女が勇者一行のパーティーメンバーであることを思い出した。

 駆けていく聖女を唖然として見ていると、二号がのそり、と起き上がった。

 足についていた砂を振り払い、「アディオス」のポーズを取る。

 

「……それじゃ、二号もそろそろ行ってくる」

「……は? どこに?」


 聞くと、二号は不思議そうな顔をして首を傾げた。


「……赤龍と戦いにだけど」

「バカかお前は!?」


 コイツ、ほんとに何考えてやがる。


「さっき回復してもらったばっかりだろうが! 傷が癒えたからって、血が戻ったわけじゃねえんだぞ!」

「……分かってる。でも、この状況でそんなこと言ってられない」

「それは……そうだが……」


 二号は俺の頭にポン、と手を置いた。

 顔を上げると、二号は優しそうな笑顔を浮かべていた。


「……大丈夫。さっきはマスターのせいで攻撃をくらったけど、一人なら問題ない」

「くっ……! やかましい! いや、確かに俺のせいだけれども!」


 優しく言葉をかけてくれるのかと思えば、なんだよお前は!?


 二号はいたずらっぽく笑うと、赤龍の方にかけていった。


 俺は、赤龍と対峙たいじする二号の後ろ姿を見つめた。


 俊敏性はやはり優れているようで、赤龍も彼女を目で追うので精一杯のようだ。

 赤龍はがむしゃらに攻撃を放つが、当然それがあたるわけがない。

 二号は完全に見切っているようで、必要最小限の動きでそれをかわした。

 膝を少し曲げ、一瞬のうちに赤龍の懐に二号は入る。


 この時、既に二号は攻撃体勢に入っていた。

 左手を赤龍の腹部に添え、右手を手刀に切り替える。

 その手には、少量ではあるが確かに魔力が含まれてあった。


 赤龍は、この状況になってようやく二号の姿を見つけたようだ。

 ギョッとした表情のまま、赤龍は固まっていた。

 ここから反撃に転じようと考えているようだが、この状態ではもう遅い。

 攻撃の機を……チャンスを逃す二号ではないのだ。


「……お返し」


 そう呟いた二号の手刀は、赤龍の腹部に深々と突き刺さった。

 赤龍はビクンッと身体を跳ねさせ、痙攣けいれんを起こす。

 

「……まだ生きてるの? なかなかしぶといんだね」


 二号は赤龍から腕を引き抜いた。

 赤龍は音を立ててその場に崩れ落ちた。

 しかし、まだ絶命したわけじゃない。

 何とか立ち上がろうと、赤龍は体勢を立て直す。


「……たしか、あと二発だったね」

「ウオオォォォ!?」


 二号は再び右手を手刀に切り替え、赤龍に向けて二度目の手刀をお見舞いした。

 鮮明な液体が飛び散り、赤龍は悲鳴を上げた。

 ビクンビクンと身体を大きく震わせている赤龍。

 赤龍から出た、大量の血液が地面を流れていった。

 力の差は歴然だった。


「……じゃあ、最後の一回」


 二号の顔には、少しの笑みが浮かんでいた。

 対照的に赤龍の顔は、既に恐怖で染まりきっていた。

 戦意は喪失しており、足はガクガクと震えている。

 緊張しているのか、はたから見守る俺の背中にも冷や汗が浮かんでいた。


「なんかアイツ、前よりも強くなってないか……?」


 以前の二号は、赤龍の皮膚すら破ることができなかった。

 それなのに、今の彼女は……。


「……ばいばい」


 それだけ言い残すと、二号は魔力を込めた右腕を振るった。

 赤龍の腹部に刺し込んだ右腕は、どういうわけかいつまでも引き抜かれない。

 二号は赤龍を見上げた。そこにはやはり、穏やか笑みが含まれていた。

 しかし今はそれが、不気味なものに思えて仕方がない。


 このまま時間が、どれだけ過ぎたことだろう。

 恐らく、実際には数秒しか経過していない。

 しかし俺にはそれが、とてつもなく長く、永遠のようにも感じられた。

 これを破ったのは……。


「……魔力開放マジック・リリース


 二号の攻撃だった。

 赤龍の肉体にとんでもない総量の魔力が流れ始める。

 血液中を巡り、心臓に到達し、やがてあふれ出てきた魔力に身体を侵食され……赤龍は爆散した。

 端微塵ぱみじんに消し飛び、散り散りになった。

 あの状態では、硬化している皮膚を目視することさえ叶わないだろう。


 二号の戦闘に歓声が上がった。

 見れば、聖女に回復してもらった者らしき人たちが、二号に声援を送っていた。


「……っと、そういえば、別の赤龍は……」


 俺は辺りを見渡して、絶句した。

 既に、全ての赤龍の皮膚が剥がされていた。


「さすがは勇者ルード様だ!」


 そんな声がそこかしこから聞こえる。

 どうやら後にこの場に駆けつけたルードが、残りの赤龍の皮膚を剥がしてしまったらしい。


「これが赤龍か。それなら、そのSランク相当の魔物っていうのも、案外弱っちいのかもな」


 歓声の中心に佇むルードは、血液がついた剣を振るって血を飛ばした。


「お前ら! 龍の皮膚は剥ぎ取ってやったぜ! あとはこのトロい龍たちの始末をするだけだ!」


 その言葉に再び、しかし先ほどとは比べ物にならないくらい大きな喝采かっさいが起こった。

 ルードに鼓舞された騎士たちは、我先にと赤龍へと向かっていく。

 手を切断され、足を切り取られ、喉元に剣を突き刺され……。

 生き残りの赤龍は、またたに数を減らしていった。


「……ッ」

 

 それだけされれば、当然赤龍の不満も溜まる。


「ウガアァァァァァ!」


 片足を引きちぎられた赤龍は、突如絶叫を上げた。

 最後の力を振り絞って、一人の騎士のもとへと一直線で進む。

 騎士は「ヒッ……」と悲鳴を上げて剣を引き抜くが、もう遅い。

 あれだけ気を抜いていたのだから、すぐに反応できるはずがなかった。


 その騎士には見覚えがあった。

 死刑の際、俺の首を飛ばした騎士だった。

 

 誰もが騎士の死を予感した瞬間、予想外のことは起こった。


「王女様……!?」


 赤龍は、リンの腕に噛みついていた。

 騎士と赤龍の間に割って入ったリンが、自身の身をていして守ったのだ。

 赤龍はリンの腕を噛み切ろうともがくが、なぜかそれは叶わなかった。


 赤龍の顎は強靭きょうじんだ。

 大岩さえ噛み砕く赤龍が、どうして……。


「……咀嚼筋そしゃくきんが切れてます」

「咀嚼筋? なんだそれ?」


 疑問に思っていると、どこからやってきたのか、トリスが横で呟いた。


「物を噛むために必要な筋肉です。どうやら王女様は、あの一瞬でその筋を切ったようです」

「あの一瞬でって……」


 騎士をかばった挙げ句、細工までほどこして身を守るとは……。


「グガアアァァァァァ!」


 赤龍は怒り狂ったように吠えた。

 首を振り回し、リンを投げ飛ばした。

 その衝撃で木にぶつかったリンは、背中を強打した。


「おいおい、どうしたんだ? まさか、押されてるのか?」

「バカお前、そんなわけないだろ。アレだよ、ショーだよ」

「剣聖だもんな。赤龍相手に負けるわけねえよ」


 周りの騎士たちは、そんな無責任なことを言ってリンを鳥瞰ちょうかんする。


 リンが押されている。剣聖が負けている。


 その考えに、この場にいる誰も思い至ってなどいないのだ。

 

 しかし、赤龍だけはその事実に気が付いていた。

 嬉しそうに表情を歪めると、リンめがけて突進し始めた。

 そうだというのに、周りの誰も動かない。

 リンが負けるなどとは、誰も思っていないのだ。


「くっ……」

「ユウくん!?」


 俺は、反射的にリンと赤龍の間に入り込んだ。


 別にリンを失うのが悲しいとか、そういうわけじゃない。 

 俺がリンをかばう理由は簡単、王族の悪行を知っているのが彼女だけだからだ。

 リンを今失ってしまえば、有力な情報源を失ってしまうことになる。


 「がはっ……!?」


 赤龍との接触を自覚するころには、俺は遠くにまで飛ばされていた。


 あばらにズキズキとした激痛を感じる。

 折れたのだろう、と俺は冷静な頭で推測した。


 動けない。立てない。


 損傷している部分は肋だけではないのだろう。

 片足を失った赤龍の突進でさえこの威力なのだ。

 万全の状態の個体であれば、きっと即死だっただろう。


 赤龍は未だ俺から視線を外さない。

 赤龍と無言で見つめ合い、数秒が過ぎた。

 その間、赤龍の表情はわかりやすいくらいに変わっていった。

 始めは、赤龍の視線ににも多少の警戒心が含まれていた。

 しかし俺に余裕がないと分かった途端、グニャリと柔らかく表情を歪めたのだ。

 再び突進してくるまで、そう長い時間はかからないだろう。


『……今のマスターはまだ初心者だから一日に一回が限度。これ以上使ったら死ぬと思うから気をつけて』


 その時、二号から言われた言葉が思い起こされた。


「俺だってもう、無力じゃない……」


 何のために死ぬ思いをして技を習得したと思ってる。

 こういう危機敵な状況のとき、一人でも対処できるようにするためだろうが。

 足手まといにならないようにするためだろうが。


 俺は心配そうな視線を送ってくるリンを見つめ返した。


 コイツを助けるのは不服だ。その気持ちには変わりはない。

 本心でいえば、このまま放っておいても良かった。

 ……むしろその方が俺としては幸せだった。

 俺を殺したくせに、裏切ったくせに、なぜ助けてやらないといけないのか。

 それは今でも思うことだ。


「くっ……」


 それでも、ここで殺してしまうのは駄目だ。ここで死なせるのは駄目だ。

 もっと苦しんで、奴隷になって、そして生涯を終えるべきだ。


 俺はうつ伏せの状態のまま、地上から魔力を吸い上げ始めた。

 一度心臓を経由けいゆし、それをそのまま右腕に送り込む。

 前回よりも、ずっと膨大な魔力を俺の右腕は吸う。

 魔力を取り込み過ぎたのか、俺の右腕は既に悲鳴を上げていた。


「……!?」


 遠目からでも、二号の表情に驚きが含まれているのが分かった。

 尋常じんじょうでない魔力量に反応したのだろう。


「もう少し……いや、まだだ、もっと……」 


 俺の右腕は、既にパンパンに膨れ上がっていた。

 限界まで吸った魔力は、想像も及ばないほどの総量になっているだろう。


 俺はドクドクと血液の流れを最大限に感じる右腕を赤龍に向けた。

 赤龍は、既に突進の構えを取っていた。

 俺と赤龍の視線が交差する。


 赤龍が俺に向かって一直線で走り出したその瞬間、俺は唱えた。


「……魔力放出マジック・リリース!」


 見たこともないような量の魔力が、赤龍に向かって放たれる。

 紫色の閃光は真っ直ぐに伸びていく。

 その光は、赤龍の首に触れてからも止まることはない。


 舐めるような視線を見せていた赤龍に、この時初めて焦りが見られた。

 それにしたって、今更だ。

 俺の右手から放出した魔力は、既に赤龍を貫通していたのだから。


 赤龍が崩れ落ちるのを確認する。

 その数秒後、俺も意識を手放した。



* * *



「……ん、あれ」

「ユウくん、目覚めた!?」


 気がつくと、目の前にリンの顔があった。

 心配そうな表情を貼り付け、俺の肩を揺さぶってくる。

 「大丈夫、大丈夫だから」とだけ言い、俺は体勢を起こした。


「このまま目を覚まさなかったらどうしようと思ってたよ……」


 リンはか細く震えた声でそう言った。

 俺は辺りを見渡した。

 どうやらテントの中で寝かされていたらしい。


「あれからどうなった? 他の皆は?」

「皆、無事だよ。騎士たちが残りの赤龍を討伐してくれたから」

「そうか……なら良かった」


 リンは俺の右手に、そっと自信の左手を添えた。


「……ありがとう、ユウくん。助けてくれて。あのとき私、けっこう危なかったんだよ」

「見れば分かるだろ、誰でも……」

「ううん、気付いたのはユウくんだけだった。……だから、ありがとう」


 そう言って、リンは微笑んだ。

 しかし一変して、リンの眉間にシワが寄った。


「でも、もう二度としないで」

「……え?」

「自分のせいで誰かが死ぬなんて、嫌だから。特にユウくんには、生きていてほしい」

「……」


 俺は何を言うべきか分からず、黙り込んだ。

 リンが今後することが分かっているせいか、全く響いてこなかった。


「ユウくん、ちょっと目をつむってて」

「……あ? おう」


 無抵抗に、そして言われるがまま、俺は目をつむった。

 額に何かが触れる感触がある。

 目を開けると、まぶたを閉じたリンの顔が目の前にあった。


「___接続コネクション


 触れた部分に……額に、魔力が流れてくる感覚があった。

 魔力枯渇を起こしてしまった俺に、魔力を注いでくれたのだろう。


「これ、何だ?」

「王族だけが知ってる、おまじないだよ。いつでも繋がりを感じられるように、っておまじない」

「なんだよ、それ……」


 そういえば、と俺はふと思い出した。

 前回もこのおまじないを受けたことがあった。

 あれはいつだったか……もう忘れてしまったが。


 その時、ふとどこからか視線を感じた。

 その方向に目を向けてみるが、特に誰もいなかった。

 そもそもここはテントの中だ。

 俺とリン以外、この場所には誰もいない。

 気のせいか……?


「じゃあ、私はそろそろ行くね。こんなとこ見られたら、うわさになっちゃうかもだし」

「それはまずいな。おう、じゃあな」


 リンは手を振り、テントから去っていった。

 するとそれを見計らったのか、これまで黙っていた一号が口を開いた。


「……いい恋人じゃねえか」

「おお。何だお前、随分久しぶりな気がするな」


 俺は一号の突然の登場に軽く驚き。


「……まあ、表面上はな」


 と曖昧あいまいに頷いた。


 確かに、あれを見れば誰だって素敵な恋人だと勘違いするだろう。

 しかし、実際はそうじゃない。

 今の仕草や表情だって、その全てが彼女の演技なのだ。


 リンの本性を知っているばかりに、いい恋人とはお世辞にも言いがたかった。


「あのリンってのが、主の恋人なんだよな?」

「ああ」

「主を裏切って、死刑にした張本人なんだよな?」

「……ああ」


 一号の問いに、俺は頷く。

 この状況で一号が声をかけてきた意味は……理由は分かっていた。

 既に聞く覚悟は決まっていた。


「……あの王女の、心の中を覗いた」

「……ああ」


 俺は、噛みしめるように頷いた。


 しかし一号は、暗い声色のままポツリと言った。


「……やっぱり、おかしいんだ」

「……は?」


 おかしい……?


 想像していたものとは随分と違う言葉に、俺は反射的に聞き返した。


「おかしいって……何がだ?」

「あの王女、王族の悪行について何も知らねえ」

「……は?」


 再び、俺は聞き返していた。

 一号の言葉が理解できなかったからだ。


 リンが王族の悪行について何も知らない……?

 そんなわけはない。そんなわけはなかった。


 死刑台で、その話を俺にしてきたのはリンだ。彼女だったはずだ。


「悪行について考えてなかっただけかもしれねえけど、今日一日見てみた限りでは、アイツは何も知らねえ。何一つそれらしいことを考えてなかった」

「……」


 そんな一号の言葉を聞き、俺は黙り込んだ。

 何も言うべき言葉を見つけられなかった。


「なあ、主……」

「なんだよ……」


 一号が何を言おうとしているのか、俺には既に分かっていた。

 突き放した言い方をしたのは、それを言葉にしてほしくなかったからだろう。

 自分の試みが無駄だったと、無意味だったと思いたくないのかもしれない。

 ……いや、そう思いたくないのだ。


 それでも一号は、その言葉を……言ってほしくなどなかった言葉を口にした。


「主を殺したのは、本当に王女なのか?」




第一章END


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 伏見ダイヤモンド

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冤罪をかけられた王都の下級兵士は恋人に見捨てられ殺されてしまった。目が覚めると交際記念日まで死に戻りしていたので恋人が忌み嫌うであろう陰惨な復讐をしてやろうと思います。 伏見ダイヤモンド @hushimidaiyamondo

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