第二十七話

「赤龍だ……」

「赤龍? いやでも、さすがにあの数は……」


 呆然ぼうぜんと呟く一号の言葉に俺は首を傾げた。


 夕焼け空には、いくつもも影がうごめいていた。


 目の前の相手を威圧し、圧迫感を与えるギラついたイエローの瞳。

 ロープよりも長く、風に吹かれて川のようになびく髭。

 そして高温を内部に秘めた、紅色の硬化した皮膚。


 そこにいるのは、間違いなく赤龍だった。

 それも一体ではない。


 十匹の赤龍が、うずを巻くかののように空中を徘徊はいかいしていた。


 木をへだてた向こう側からも、動揺の声が聞こえてくる。

 俺は騎士をゆっくりと仰向けに寝かせ、もといた休憩所へと急いだ。

 

「ていうか、何でこんなに赤龍がいるんだよ。この辺には生息しない魔物じゃなかったか?」

「……マスター、赤龍の生息場所はどこ?」

「どこって……北東大陸だよ。一年のほとんどが高気温だっていう……」

「……そう。でも今、北東大陸の気温は何だと思う?」


「あっ……」俺はハッとして声を上げた。


 現在、北東大陸の季節は冬である。

 この時期には、高気温でないと生存できない赤龍は中央大陸まで渡ってくるのだ。


 俺たちは先ほどいた休憩所まで戻ってきた。

 まだ被害はないようだが、それも時間の問題だろう。

 赤龍がいつ攻めてきてもおかしくはないのだ。

 兵士は空を見上げ、それぞれが恐怖心に染まりきった表情をしていた。

 

 その時、一匹の赤龍が地上へと降り立った。

 赤龍の姿は神々しく、神の姿形を想起させた。

 実際に神としてあがめている地域もあるという。


 ギラついた瞳が、付近にいた兵士を捉えた。

 それから事が起こるのは、まさに一瞬だった。


「ガハッ……!?」


 兵士が恐怖に悲鳴を上げるのと同時、彼の腹部に赤龍の爪が食い込んだのだ。

 爪は兵士をスルリと貫いた。

 何の抵抗力も感じさせないほど深々と突き刺さり、肉体を通り過ぎた爪からは血液がしたたる。


 兵士は赤龍と目があった瞬間に絶命した。


 誰もその状況を理解することはできなかった。

 いや違う。理解できなかったわけではないのだ。

 この場にいる誰一人として、理解などしたくなかっただけだろう。

 真っ先に殺されたのが、この場で最も力を持っているはずの兵士長であることを。


「う、うわああああああ!?」


 そんな誰かの叫び声を合図に、それまで空を舞っていた赤龍は一斉いっせいに地上へと降り立った。

 赤龍が地上に足をつける度、地面が揺れた。

 そのせいで足を取られてしまった兵士の末路など言う必要もないだろう。

 

「や、やめ……がはっ」

「ああぁぁぁ!? 俺の足がああぁぁ!? ま、曲がって……あああああああ!?」

「腕が……ひ、引っ張るな……ッ。ぐ、あ、ぐぎゃああああああああ!?」


 周りにいた兵士たちが……冒険者たちが次々に赤龍の餌食えじきとなる。

 中には、つい先ほど仲良くなった者たちの姿も見られた、

 ある者は手足をもがれ、ある者は骨を折られ、またある者は皮膚をえぐられていた。


 赤龍の強さは圧倒的だった。誰一人として太刀打ちできるものなどいなかった。


 俺だってそうだ。

 こうして赤龍が目の前にいる今でも、鳥瞰ちょうかんしていることしかできない。

 赤龍が、目の前に……。


「……っ」


 なんでコイツ、いつの間に……!?


 慌てて距離を取ろうとするも、既に赤龍の腕は動き始めていた。

 爪が俺の腹部へと向かってきているのはギリギリ目で追えている。

 だが、その速度に自分の身体を合わせることができない。


防御プロテクション!」

「がはっ……」


 腹部に重い衝撃を受け、俺は勢いに身を任せて吹き飛ばされた。

 目をつむったままゴロゴロと転がる。

 

 辺りが静かになったのを感じて目を開けると、赤龍との距離は数メートルにまで広がっていた。

 俺は慌てて腹部を確認した。

 少し皮膚が赤くなっているが、それ以上の傷はなかった。


 赤龍と俺との間にライラが立ちはだかっている。

 どうやら、赤龍の爪が腹に触れるかどうかのギリギリのタイミングで、防御魔法をかけてくれたようだ。

 

「ユウ殿、気をつけなされ。今の攻撃を受けていれば死んでおったぞい」

「ライラか! 悪い、助かった」

「それにしても、防御魔法の上からでもあれだけの衝撃を出せるとは……。ユウ殿、この赤龍らは、前回のよりもずっと強敵じゃぞ」

「なんとなく分かってるさ」


 俺は立ち上がり、瞬時に戦闘態勢を取った。

 幸い怪我はなかったが、それでも状況は絶望的だ。


 生き残りの兵士、そして冒険者の数は、既に半分以下にまで減少していた。

 騎士がいなくなっただけでこの有り様だ。情けないとしか言いようがない。


「でも、しょうがねえよな」


 兵士に戦闘面で期待するな、というのはよく聞く話だ。

 世間ではあまり知られていないが、基本的には騎士になれなかった者が兵士という職業に就く。

 言わば、騎士の劣化版……それが兵士なのである。

 戦闘力も、頭脳も、何もかも王国の騎士には叶わない。

 騎士がAランク冒険者と同等の実力を持っているとすると、兵士はDランクか、良くてCランク程度のものだろう。


「ユウ殿! 後ろだ! かがめ!」

「くっ……」


 俺はライラの指示通りに動いた。前に屈み、何とか赤龍の攻撃を回避する。

 しかし、そこで攻撃は終わらない。

 赤龍は「ウオォォォ!」と短く吠えると、再び腕を振り上げた。

 それに気が付いた時には、既に爪は腹部にあった。


 俺の実力では、見えていてもすことはできない。

 

「……危ない」

「うお……!?」


 二号から体当たりを喰らい、俺はその場から大きく突き飛ばされた。

 赤龍の爪は俺の鼻先をかすめていた。

 バチッと火花が飛び散った。

 見れば、その鋭い爪は偶然当たった大岩を粉砕ふんさいしていた。


 ……アレに触れればどうなっていたことか。

 それを考えるだけで自然と冷や汗が垂れてきた。


「すまん、二号。助かった」

「……さっきからマスター、足手まとい」

「うっ……すまん」

「……別にいい。役立たずなのは今に始まったことじゃない」

「ったく、お前は本当に……」

「ユウ殿! 二号殿! 早く体勢を……」


 ライラの声で我に返り、俺は赤龍を見た。

 赤龍は、既に俺のことは見ていなかった。

 弱いと判断したからなのか、興味がなくなったのか、それは分からない。

 攻撃の対象が俺でなくなったのなら、それが次、誰に移行するかなんてのは少し考えれば分かることだ。


 赤龍は俺には興味を示さない。

 ライラは全身を防御魔法でおおっている。

 二号は守るように俺に覆いかぶさっている。


 つまり、次に狙われるのは……。


「……ッ。二号! 今すぐ俺から離れろ!」


 言葉にした時には、もう遅かった。

 俺の視界には、一瞬で近づいてきた赤龍の姿があった。

 今、赤龍は二号の真後ろまで迫ってしまっている。

 この体勢に入られてしまっては、ライラの防御魔法も間に合わない。


「二号! 早く後ろを……!」

「……っ。……ああ」


 二号の身体がビクン、と跳ねた。

 腕を小刻みに震わせ、彼女はフッと微笑ほほえんだ。

 彼女がこれほど柔和にゅうわな笑みを浮かべたのは、初めてかもしれなかった。


「……言うのが遅いよ、マスター……」


 赤龍の爪は、二号の身体を貫通かんつうしていた。



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 伏見ダイヤモンド

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